長年の疑問の答え
高校の時、私は地元の進学校に通っていて
大学入試合格を目指すみたいな空気感。
進路指導室とかあるし、やたらと進路進路進路。当たり前のように目標にする大学を決め、偏差値であーだこーだ言われる。
ま、私がそこを選んで行ったわけだけど。
何でいつか死ぬのに
何者かにならないといけないんだろう?
って思って、生きてる意味が分からなくなっていた。イジメとかはない。友達みんな最高⤴︎⤴︎⤴︎
今思い返すと
"誰かに必要とされたい"
という欲求だけは強かった。
結果、数年後に
自分が続けられる事、楽しい事で、
誰かに喜んでもらえることをやるってことになってきて、今に至るのだけど。
誰かに必要とされたいってダレ?
という❓が昨日の夜湧いて来てね。
小さい頃からなぜかお母さんになりたい!って思ってたのは、
"お母さんは子供に必要とされるから"っていうとこだったのかな〜と。
でも実際お母さんになったら
ずーっと必要とされるのも、キツいし
いつか子供は巣立つし
私自身"お母さーん😭"ってタイプでも無い。
パートナーにか?うん、必要としてくれている。
だがしかし、何か腑に落ちない。
誰にワタシの存在を必要とされたいのか
朝お布団を片付けてるときにふと、
それってワタシなんじゃね?
つまり、今世のこの肉体を
私の魂が必要としてるから、私は今ココにいるんじゃない?って事が改めて腑に落ちてふわっとワタシを包み込んだ。
なおちゃんが居てくれるだけでほっとする
そんな風に言われると、私はめちゃめちゃ嬉しいんだということが、ここ数年で分かって。
いるだけでいい
例えば〜君がいるだーかで心がー強くなれるーことー♪(米米クラブ)
だから、肉体に感謝。身体にありがとう。
身体があるから出来ることを
私の魂は体験するべく地球に舞い降りた!
という感覚を
知識としてじゃなく、ブワッと感じることが出来た2022.1.31の記録。
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