SiMに出会った話

2年前から、SiMというバンドが好きでたまらない。

これはそのきっかけについて書いた文だ。

趣味への姿勢

 私には、ひとつのものにしか興味が持てない悪癖がある。
 例えば、アニメが好きな人は総じて「アニメが好き」だ。
 アニメというジャンル全体への愛があり、新作をチェックしては今季のアニメは何が好きだとか、どれもぱっとしないなあとか語っている。個々の作品は当然好きだが、「面白いアニメ」が好きな傾向がある。「アニメを観る」という行動そのものも好きなのだ。
 それに対して、自分は特定の作品だけが好きな人だ。好みのど真ん中にある少数のものだけを愛し、似たような別のものへの興味が薄い。一般的に、『マクロス』好きに『ガンダム』を薦めても問題ないが、自分は違う。全く別の作品と思っているし、片方を神と崇めながらもう一方は蛇蝎の如く嫌う、なんてこともある。ジャンルへの愛着もそれほど強くないため、今季どんなアニメをやっているか、ほとんど知らない。当然、新しい作品に興味を持つことはめったにない。
 ジャンルを音楽に変えても、構図は同じ。私は音楽が好きではない。たまたま一組の表現者に出会ってしまったために彼らを応援しているが、それは彼らのことが好きなだけだ。音楽への苦手意識は強く、似たような別のものを薦められても、別物としか思えない。

もし友達百人作りたければ、間違いなく障害になる性格だ。

衝撃


 そんな偏屈な人間が、ある時、邦ロックフェスに行った。当然、たった一組の推しを応援するために高額なチケットを購入したのだ。しばらくワンマンライブも対バンの予定もなく、この時期に観たければフェスに来るしかなかった。

 ただ、自分でもなんとなく、もったいないとは思っていた。彼らの持ち時間、40分しかないし。終了予定時刻も14時頃という中途半端な時間帯だった。
 夜までやっているイベントだし、せっかく来たんだから少しは別のステージでも観て帰ろう。興味がないとはいえ、推しの仲良くしているバンドの代表曲くらいは覚えていた。まあ、どれを観ても感動に震えるようなことはなく、「ドラマの主題歌にありそう」とか、「スーパーで曲かかってそう」とか、翌日になれば忘れている程度の感想を持って帰るのがいつものことだったが。
 SiMのことも名前は知っていた。たしか推しより先輩に当たるバンドで、悪魔を名乗るかなりコワモテのお兄さん達だ。それに、数か月前に自分の好きなゲームの主題歌を作ったのだった。その曲なら知っている。
 彼らの出番は大トリのひとつ手前で、全部観ても19時半過ぎには帰りのバスに乗れるだろう。ちょうどよい時間だと思った。もしかして、先輩バンドの演奏は、推しも観に来ているかもしれない。
 そのくらいの気持ちで向かった。少し疲れたので、苺のかき氷を買っていった。うっかり興奮した観客の押しくらまんじゅうに巻き込まれては大変だし、人の上にポーンと飛び込むダイバー達がいたら怖いので、端の方へ寄った。
 気づけば、歓声を上げていた。
 悪魔的な魅力に惹き込まれたとでも言おうか。
 今思い出しても、傍若無人な振る舞いだった。
 何せ、ボーカルのMAHさんは第一声で「準備運動お疲れ様でしたあ!」と言い放った。
 既に時刻は18時半を回って暗くなり出した頃。この半日楽しんだ全てのアーティストを前座と切り捨て、このSiMのステージこそが本番であると啖呵を切ったのだ。なんて偉そうな人だろう。
 しかも、それは始まりに過ぎなかった。ステージから目につくものは全て、その辺に生えてる木でさえも罵られたし、今日初めて観に来たファンには「今までどこにいたんだよ」と怒鳴り、周囲を見下すあまりにさながら涅槃のポーズのように地べたへ横になりさえした。SiMへリスペクトを向けるバンドのパフォーマンスにも、この後大トリを務める大物バンドも区別せず、容赦なくディスを放った。
 定番曲なのだろう、前奏からきゃあきゃあ声を上げ、メロディを口ずさむ観客を一瞥し、MAHさんは手を振って曲を取りやめた。ステージの中央で、呆れたように口を開いた。「勝手に歌ってんじゃねえよ」、と。全方位を振り回すような態度だ。
 だが、数分後には別の顔も見せた。次の曲を奏でるギタリストを鋭く制止した。先走ってミスしたようだった。素人には何が間違っていたかもわからなかった。
MAHさんは片腕をよく見えるよう突き出した。何の模様なのかわからないほど、黒いタトゥーで渋滞した腕を。「俺はこんなタトゥーを入れてて、わかると思うけど、中途半端なことが嫌いだ。100か0がの生き方しかできないんです」とこぼした。演奏は2度、やり直した。
 観客は彼の言うことをよく聞いた。「回れ」と言われれば大きな円を描いて回り、「座れ」と言われれば、ぎゅっと前方へ詰めかけた人々はじりじりと下がった。とまどい、視線をさまよわせれば、軽やかに「Sit down on the ground」と歌いかけて、うなずかせる様は人を惑わす悪魔そのもの。
 モーゼのように人垣を割ることさえ、彼はやった。暗黙の了解のうちに、両手の指を眼前に食い込ませ、左右にぐっと引き裂いた。空いた場所に体ごと飛び込ませる気だ、嫌いなウォールオブデスの前触れだとわかっていても、見入っていた。案の定、雪崩は起きた。その前で、迫力のあるがなり声を立て、艶を利かせてサビを歌うMAHさんの声は、天と地を行ったり来たりしているようだとぼんやり立っていた。
 不遜な態度でいながら観客を圧倒し、熱狂させている様は、もはや君臨していると表現してよかった。
 かき氷は色水になってカップの底に溜まっていた。

帰還

 SiMとの出会いはそれで終わりだ。
 ライブパフォーマンスについてばかり書いたが、曲も耳に残っていた。残念ながら、英語の歌詞がろくに聞き取れなかったために、感想の語りようがない。とはいえ、特徴的な一部のメロディが頭を離れず、眠りにつくまでぐるぐると同じ部分が回っていた。翌日、MVを探し出してもう一度聞いた。フェスで演奏する曲は、たいていバンドの代表曲なのだから、すぐに見つかったのは不思議じゃなかった。
 そのうち、どうしても対訳の付いた歌詞カードが欲しくなり、CDショップでアルバムを買った。正確にどの英単語を使っているのか、どんな意味を表すために書いたのか知りたかった。小さな字を目で追って、英語と日本語の両方を飽きるまで反芻した。
 曲を覚えればワンマンライブへ行きたくなり、一度行けば他にも観たくなり、彼らへの情熱は雪だるま式に大きくなった。
 思うに、音楽に興味の薄い自分にとって、カリスマ性の高いキャラクターは深く突き刺さった。音楽だけでなく、言葉や空間を使って楽しませてくれた在りようにも。
 ライブを入り口として、曲の中身にも心酔することになるのだが、それはまた別の話だ。

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