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軽蔑心を秘めて保った友情は、一突きで崩れた

懐いてもらうことは、実に気分が良い。
懐くという表現を人間に対して用いることはあまり歓迎されないかもしれないが、自分のことを良く思ってもらい、頼ってもらえるというのは中々悪くない気がする。

そう、今思えばあの友情は、自分が”懐かれている”ということだけを理由に成り立っていたのかもしれない。


これから、2人の人物A・Bを登場させる。
Aは人との繋がりに喜びを覚えるタイプ、Bは自分の世界にのめり込むタイプの性格だ。

両者は別々の大学に通っていたが、サークルの同期として知り合った。当初はサークル内で話す程度だったが、次第に個人的にも会うようになっていった。
性格も雰囲気も異なる2人だったが、Aは絡みに行っただけ相手してくれるBを頼もしく思っていた。一方でBも、普段人と群れて過ごすことが少ないだけに、時折無茶な誘いを持ちかけてくるAのことを楽しい人だと思っていた。

出会って1年半頃の話。
Aはあまり体が強くなく、病により休学や留年を伴ったため、サークルを辞めざるを得なくなった。次第にAは多くの人との繋がりを失ってしまったが、辛うじてBはAを心配して連絡を取ってきたことがあったため、AにとってBは数少ないサークル繋がりの友人となっていた。

時は過ぎ、Bが大学院に進学し、両者が23歳になった頃。
Aは学部生だったが、お互いの卒業が近付いたため、卒業旅行に行こうという話が持ち上がった。夢に見たヨーロッパ周遊。Aはバイトの合間を、Bは修論研究の合間を縫い、ちまちま会いながら計画を立てていった。
飛行機、宿泊施設、現地での交通など。色々と金銭のやり取りは発生したが、難なく準備を進めていった。

…と思いたいところだったが、計画にあたって一回一回会う日程を決めていたにもかかわらず、Aがバイト先に振り回されることが頻繁にあったため、直前で日時の変更を余儀なくされることが頻発した。
Bは研究があるとはいえ時間の融通が効いたため、Aの都合に合わせることは難しくなかった。しかしBは自らのスケジュールを乱されることに苛立つ性格であったため、態度には出していなかったものの今思えば、無自覚に溜まる何かがあったのかもしれない。

出発1ヵ月前。Aの身に不運が訪れた。
Aは、すかさずBに連絡を入れた。

「甲状腺の中毒症と診断された。
ドクターストップで、旅行に行けなくなるかもしれない。」

Bは苛立ちそうになったが、必死でそれを抑えた。
Aも旅行に行きたいことには間違いなく、望んでこんな症状を患ったわけではない。Bはそのことを念頭に置きつつ、半ば励ますようにAへ返信を送った。
「まあまあ。仮に現地でしんどくなったとしても、無理やり足引っ張って連れてくから!」
結局、この連絡から数日後、病状は大したことないものであると分かった。心配は杞憂となった。

日に日に出発は近づき、旅程の計画も大詰めに入ってきた。ちょうどBの研究が忙しく、直接会うことは難しかったため電話やLINE経由で話し合った。
さあ、もう出発も近い。

そして、出発5日前。
事態はAの身に発生した。
Aは戸惑いを隠せず、無心になってBに連絡した。

「何度も色々巻き込んでごめん。
父がなくなった。
あまりに突然で、もうどうしたらいいか分からなくて。
旅行に行くかどうかは、当日の朝に連絡する。あと、空港まで一緒に行く予定やったけど、地元から直で行く。返事は要らん。」

さあ、これを読んだB、今度はどんな言葉でAを励ますのだろう?
しかし、そんなことはなかった。
いや、突如としてBの頭の中で、何かが切れた。

『また??
こうして君に振り回されるのは一体何度目かなぁ?
君のごめんねは聞き飽きた。
ごめん言うたら何してもええ思っとんのか。
いやまあ、身内のことやし、大切な家族やったんやな思たら完璧に同情の余地あるで?
ちゃうやん。そもそもオトンはずっと別居してたか何か知らんけど、どうしようも無い屑や言うとったやん。
それでもって当日まで予定をはっきりさせんて、振り回しにも程があるんとちゃうか??
つーか何だ?このつっけんどんな物言いは?
何 様 だ よ。

いや、この事態は、どう考えてもAに非があって起こったものではない。
Bは、この怒りをどこにぶつけたら良いのか分からなくなっていた。しかしAの物言いに腹を立てていたことも事実だった。Bは一晩悩み、Aの傷口に塩を塗るのかもしれない…と思いつつ、翌朝に態度を示した。

「当日まで分からんのなら、ポケットwi-fiは自分名義で借りる。そっちで借りてる分の負担はしない。
あと、自分が立て替えてる電車代2万円強、振り込んで。」

その文面は、明らかに苛立ちを匂わせるものだった。
Aは失望したのだろう。
Bは、Bだけは、良い人だと思っていたのに……
その時のAに、Bと会おうなんて気は、もはやこれっぽっちも残っていなかったのだろう。
Aは、思うところを拙く示した。

「一応、こっちが大変な状況にあるってこと、分かってくれてるよね?
ごめんって言ってるのに。
弔いの言葉も示してくれないんだね。
分かった、電車代は振り込むよ。
旅行にはもう行かない。
しばらく距離を置きたい。
振り込みが済んだらまたLINEするけど、返事は要らんから。」


ここで一旦話をぶった切る。
自明かもしれないが、Bは自分だ。
そして最後のこのLINEを見た時、頭の中で切れていた何かが、見るも無様に崩れ落ちた。


>一応、こっちが大変な状況にあるってこと、分かってくれてるよね?
分かってますよ!自分にとってはどうでもいいけどね!

>ごめんって言ってるのに。
だーかーら!言われ過ぎて聞き飽きた!

>弔いの言葉も示してくれないんだね。
誰が顔も知らない”どうしようもない屑”を弔うんだ?
あ、もしかして、弔いを”労い”と間違えてる?


>分かった、電車代は振り込むよ。
いいからとっとと振り込め。ワイはお前の保険屋ではない。

>旅行にはもう行かない。
来んでええわ面倒くさい。

>しばらく距離を置きたい。
永遠に置いてください。

>振り込みが済んだらまたLINEするけど、返事は要らんから。
さぁいつ振り込んでくれるかな?てかどんだけ返事されるの嫌やねん!


ああ、おかしいな。
つい最近まで、しょうもない話題で盛り上がっていた仲だったのに。
怒りだけのせいではなく、脳内でただひたすらに、ポロポロとネガティブワードが零れてくる。それはまるで、我慢という名の器を丸ごとひっくり返したかのように。

そして、この背後にある感情は何なのかと考え始めた。
もしこの話が他の友達だったら?と、色々考えてみた。
一通り考えを巡らせ、これまで仲良くしてくれた友達の顔を思い出し、自分が他の友達とAに抱く気持ちの差に行き着いた。

それは、「敬う心」だった。

思えば自分の親しい友達は、皆それぞれ自分にはない魅力や長所があった。
学力など関係ない。人間として感謝と尊敬の意を抱いていた。

穏やかさを備えつつも、自らの意志を持ち強い行動力を見せる人。
負けたくないという気持ちを、やる気だけでなく真の実力に変えられる人。
超天然な柔らかい雰囲気を纏いつつ、芯は十分にしっかりしている人。
ただ同調するだけではなく、相手のためを思って負の感情に寄り添える人。
あらゆる物事に一生懸命に取り組みながら、人との繋がりも大切にできる人。
(上記の例は実在人物の顔を思い浮かべながら書いたので、もしご本人に読まれていたら中々に恥ずかしいが…)

これに対して、Aには尊敬できるところが何一つなかった。
顔面を除き、人間として、自分がAに劣るところは何もない気がしてならない。
辛うじて挙げるなら、交遊経験ぐらいしか、本当に思いつかない。
それでも今まで仲良くしてこれたのは、やはり向こうが"懐いて"きたからなのだろうか。
一応普通に会話は成り立つし、好意的に近寄ってくるものをわざわざ跳ね除けようとは感じないから、言われるがままに応じていた…そういうことなのだろう。
…心のどこかで、馬鹿だなぁ、だらしねえなぁとでも囁きながら。

この一連の話で、自分が犯した過ちは「Aを軽蔑していた」ことではないと思っている。如何なる人であっても軽蔑してはいけない、なんて綺麗事がこの世で成り立つわけがない。
正しくは、「距離感を取り違えた」ことではないだろうか。
長期の旅行などという友情・愛情の真価が問われる場面に、心底見くびっている相手を持ち込もうとしたのは明らかに誤算だった。
何様だよなんて感じてしまう前に、Aのことを程々にかわしておくべきだった。
その方が、Aにとってもマシな結末になっていたのかもしれない。


一体、今から何日後になるだろう。
そのうち、Aから電車代2万円強を振り込んだという連絡が来るはずだ。
これに対して、どんな返信を送ってやろうかで迷っている。
ひとまず、現在一つの案を考えている。

「通説として、人は楽しい時・機嫌が良い時よりも、苦しい時・機嫌が悪い時に本性を見せると言われている。今回君が見たものは、まさに相手の本性にあたる部分だった。旅行代ウン万円と引き換えに、近しい人物のクズっぷりに気付くことができたというわけだ。金銭的にはあまりに大きな痛手だったかもしれないが、この失敗を糧に、今後ともクズに引っかからないよう頑張って生きてくれ。今まで楽しかったよ、ありがとう。達者でな。」

人生の先輩からの視点が欲しくて、両親にここまで一連の話と最後の返信に関する相談をしてみたところ、「その返信はやめとけ」と言われた。
両親曰く、本人の性格による部分もあるが、縁を切りたいときは捨て台詞を吐いて去るのではなく、自然にフェードアウトするようにぷつっと切るのが最も穏便に済むらしい。

こうしてまた一つ、人生の教訓が増えた。

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