短編「彩りの芽生え」


「暖かいね。」

彼はそう囁く。

私の中に届いたその一言は、どこかもの悲しげに春の訪れを感じさせた。


昼に目が覚め、圏外と表示されたPHSを手に取る。

小高い丘の上の空気はどこか麓とは違う。

すりガラスの窓の外から射す青と黄金色の光は、一日の中盤を知らせる。


私は風。

彼と北に向かう。

なにも問いかけない。なにも考えない。

私が進んでいるのか、周りが去っているのかさえどうでもいい。


「まだ、寒いよ。」


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