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『殺し屋とストロベリー Plus』感想/僕たちは今、やっと夢から醒めたんだ。

舞台は現代日本のどこかにある街。
薬で眠らされジュラルミンケースに詰め込まれた主人公「イチゴ」は、とある場所へと運ばれる。
目覚めた先は、一般人が立ち入ることのできない、いわゆる「裏稼業」を営む人々が集まる喫茶店、
『喫茶 月影』だった。

裏社会に存在するというこの店は、客はもちろん、
喫茶店のマスターもウェイターも本業は「殺し屋」だという。
身構えるイチゴに店のマスター「ツキミ」は自分達が引き受けた依頼内容を話し始めた。

『今回の依頼は殺しでなくあなたの護衛です。だからここへ運ばれてきたんです。
一度依頼を受けた以上、私たちは必ずあなたを守ります』

過去のトラウマから言葉を失い、身寄りもなく行く宛てもないイチゴは、
半信半疑のまま、アルバイトのウェイトレスとして喫茶 月影で働き始めることになる。

いったい誰が私を狙っているのか?そして、私を守るよう殺し屋に依頼したのは誰なのか?
私は……これからどうなってしまうのか?

「殺し屋」に「運び屋」に「武器商人」、様々な裏社会の人々と関わりながら、
二重三重に張り巡らされた謎を解き明かし、封じられた真実を追う物語。

(※公式サイトより)

 連日感想記事を書いている気がするが、今日も乙女ゲーム感想記事。発売自体はわりと最近だが、そもそも移植作品なので実際発売してからそこそこ経っているゲームの感想だ。ブロッコリーから発売した『殺し屋とストロベリー』の移植作にあたる『殺し屋とストロベリー Plus』をクリアしたので感想記事を綴って行こう!

 事前にかなり短い作品であることは聞いていたが、二日あれば充分クリアできる程度のボリュームだ。初周は3時間程度、それ以降は大体2時間もあればハッピーエンド、BADエンド、アフターストーリーすべて網羅できる。アフターストーリーは移植にあたり追加されたものになるので、Vita版はさらにプレイ時間は短いと推察される。

 ただ短い作品のため物足りないということはなく、わたしは比較的楽しんでプレイできたと思う。質感としてはかなり『アーメン・ノワール』に近い。殺し屋稼業を営んでいる攻略キャラクターと非人道的な人体実験の末に失声症に陥った十代の少女……という組み合わせのせいだろうが、『AN』の世界観ほどディストピアじみておらずあくまでも舞台は現代の日本だった。

 ちなみに雰囲気はこんな感じ。ここ最近乙女ゲームをプレイできていなかったため一回予約で買うの止めておこうかな~と思ったりもしたのだが、ジュラルミンケースに詰められているヒロイン・イチゴさんを見ていずれプレイするだろうと予約取り消しを止めた末に楽しんでプレイできたので、その際の判断は間違いではなかったらしい。以降ネタバレありの感想を攻略順にざっくばらんに(フルコンしての感想なので全エンドのネタバレがそこら中にある)。

ツキミ(CV:田丸篤志)

 マジモン……!!!!

 突然の雑感想失礼します。ツミキルート、恐らくいろいろ全体的な話がされるんだろうな~と思いつつも初周に持って来てしまったのだが、こらえ性のない人間なのでそれで正解だったかも。ツキミのキャラ造型がかなり好みなのもあり、『殺し屋とストロベリー』って実は物凄く面白いのでは……!? とギアを入れる切っ掛けのルートとしてもかなりよかった。

 冒頭にも書いた通り、『殺スト』は攻略キャラクター一人一人のルートがかなり短いのだが(これは同じく最近移植された『神あそ』も同様らしい)短いながらもイチゴさんがツキミに向ける感情に「これは……!」と手に汗握ってしまった。一見するととんでもないことを言っているし、そんなことを言ってしまう/言わせてしまう関係性にはなにひとつとして正しさなんてものはないが、それでもその言葉が最後の一押しになってしまうのは物凄く説得力があったので……。

<でも、だからこそ、怖いんです>
<あの施設に戻るのは、絶対に嫌なんです>
<ツキミさんと離れたくない。月影にいたい。だから>
「だから?」
<どうしようもなくて、私が連れ戻されることになったら>
<私を、殺してください>
<戻りたくないです。
 ツキミさんがそう思わせたんです>
<だから、ツキミさんが、私を殺してください>

 ツキミからイチゴさんへのほのかな好意がある、けれどもその好意はいずれ仕事の腕を鈍らせることになるだろうからリスクである、だから先にそういう危険性があることを伝えておく……と前振りをされていたためイチゴさんがこれ以上踏み込めばもう後戻りはできないことをプレイヤーが知っている状態でのこの掛け合いがまさに最後の一押しとして機能しており、かなり刺さった。

 後々ノインの口からイチゴさんがツキミに向けた言葉はツキミにとっての救済だと語られる。「当たり前の日常をここで演じて、ツキミは人を殺す……無価値な行為を繰り返す自分を維持してきた」「そうやって、今までやってきたんだと思う」「そのツキミに、君は『殺すこと』で助けてくれって。そういう愛をくれって、そう言ったんだよ」「ツキミの殺人に、愛を、意味を、価値を与えたんだ」「……そりゃ、本気にもなるよ。怖いね、ほんと」というノインの語りがいいな~と思い画面を凝視してしまったのだが、あらゆるルートで持ち出されるツキミにとっての殺人が以下にハードルの低い行為であるのか、価値のない行為か……を知れば知るほどに深みの出る語りだと思った。

 だからこそ、これまでツキミは淡々と殺し屋としての職務に従事し、心を摩耗させることもなく一流として活躍してきたのだが、イチゴさんを得てしまったことで「……これからきっと私は、命の意味を理解するんでしょう。1人殺すたびに、あなたを思い、涙を流す」と語る通り、機械仕掛けの殺人からは遠くなってしまうのだな~と思うと、踊り出したいような気分になってしまう。

 BADエンドでは約束の通りイチゴさんを射殺する……も失敗するのだが、プレイ当時はいやスチル見る限り胸元狙って撃ってるのになんで生きてるの!? と腑に落ちなかったのだが、イチゴさんが「不死」の体質を持つことが以降のルートでわかりそういうことだったのか……!! と時間差で納得した。イチゴさんの体質についてその他のルートでインプット済みの状態でプレイするとまた感じ方が変わったんだろうな……できない約束であることをツキミもイチゴさんも知らないんだなと神の目線で見るの、かなり気持ちいいと思うので。

 アフターストーリーでは結婚したふたりだが、ツキミという男、この先十年も生きられない男であってほしい……みたいな感情もほんのちょっとだけある。そういう業のもとに倒れてほしい男だから……。

イズナ(CV:石川界人)

 ツキミルートに続いてイズナルートをプレイしたので、アモンってずっとこういう立ち位置なの……!? と誤解しそうになった。イズナルートの感想なのに突然アモンの話をしてしまうのだが(アモンのところで書けばいいのに……)、ツキミルートでのアモンのプチ豹変が薄ら寒くて物凄くいいな……と思っていたのでイズナルートでちゃんと実力行使に出ていて万歳してしまった。ツキミルートでは「自分の気持ちとか立ち位置とかデメリットとかそういうもの考えて、出遅れちゃったんだよね」と短い語りで纏められているが以降のルートでこの「立ち位置」について知った上で見るとめちゃくちゃ大切なこと話してる……! と驚いた。

 ツキミルートでは立ち位置やデメリットを様々天秤にかけて結局自分でイチゴさんを救おうと行動を起こすことのなかったアモンだが、イズナがトラックに撥ねられた(厳密には掠めた程度だが)ことが切っ掛けで立ち位置やデメリットを天秤にかけてでもイズナのような「正義の味方」になろう! と決めたんだな……。イズナがアモンに「てめえのヒーロー願望にそいつ巻き込むんじゃねえ。誰かを救ってテメエが救われたきゃ、別探せ」とアモンの願望を言語化してくれるのもかなりよくって……。今台詞書き写してて気がついたんですがてめえとテメエで表記揺れしてるな。なんなんだこれ(手癖?)

イズナ、かなんり大往生してほしい男だった。もしかしてこのゲーム、どう死んでほしいのかについて最後に語らなければならないゲームなのか?

クラマ(CV:野島健児)

 クラマの学者肌(?)がイチゴさんの精神に最悪なかたちで作用する導入がめちゃくちゃよかった!!!! 序盤のイチゴさんは誰のルートでもこの平穏な暮らしも実験の一部で、いつか元々監禁されていた施設の人間が迎えに来るのでは? だからこそこの生活を当たり前のものだと思ってはいけない、自分はもう自由になったのだと思ってはいけない……と張り詰めた状態で暮らそうと努めているのだが、大体のルートでは攻略キャラクターとの交流で心が解けていく。

 ただ、唯一異なるのはクラマルートで前述の通りクラマの学者肌が最悪なかたちで作用してしまうのがこのルートだ。イチゴさんの肉体や精神に苦痛を与えることはしないまでも、軽度の実験を繰り返し行うクラマの行為によりイチゴさんの精神は施設にいた時のものへと巻き戻り、徐々に人形のそれになっていくところがとてもよかった。

 もちろんクラマとてイチゴさんに害意があっての行為ではないのだが、だからこそ誰にも気づかれぬままに実験が続けられるところが……めちゃくちゃ……よかったね……。

 ここに来てようやくマツリとイチゴさんの遺伝子情報の件が開示されるのだが、マツリとかつてペアを組んだ「女」についてもっと語られたら嬉しかったな~ッなどとフルコンした今になって思う。ノインの口から『あの方』と敬称で語られるのがなんだか不思議だったので。

アモン(CV:八代拓)

 ジャスティス・ソード・クラウンさん……!? 違いました。アモンでした。

 アモンについてはイズナルート感想の部分でいろいろと書いてしまったが、ヒーロー願望のあるアモンがイチゴさんに入れ込んだ結果立ち位置やデメリットを擲って自勢力の人間を12人殺害してイチゴさんと逃亡しようとしたところがかなり『AN』のソードさんだった。まあ、ソードさんに関しては殺害理由はまた違うのだが、ヒロインの身の安全のため……という見方をすれば理由の大枠は同じか。

 ただアモンルートのなにがいいって、イチゴさんが唯一明確に手を汚すルートなんですよね。イズナルートであれだけヒーロー願望を爆発させ、とうのイズナは表の世界で生きていくアフターストーリーをやっているにも拘わらずアモンを選んだイチゴさんは殺し屋のひとりになってしまっているところが……皮肉で……。

 恐らくは声が戻らないだろうということがイチゴさん本人の独白で語られるアフターストーリーも皮肉さを加速させていてよかったな。

長谷川(CV:前野智昭)

 突然紛争地帯での戦闘ムービーが流れ、なに!!?? になったが面白かった。長谷川は唯一もともと表で育った人間なので、イチゴさんをなんとか表に帰そうとする苦悩と自分の中にある恋愛感情の狭間で揺れるところがよかったですね。

 自分ひとりが絶対に生き残ってしまうからの死に場所を探している発言に死に場所認定来るか……!? と『遙か2』での記憶が蘇ったのだが、最終的に社長である白川も生存しており、自分ひとりが残されるという悪夢が回避されたのもこれから待つ未来が明るいものであることが暗に示されているようでよかった。

 あと、アフターストーリーでいいな……と思ったのは子を望むか望まないのかについてかき分けがされていたところだ。ツキミやアモンがイチゴさんとくっついていたとしても子どもは望まなかっただろう、と書かれており、その人選めちゃくちゃわかるな……になってしまった。このラインナップにイズナがいないことも含め。兄とは没交渉だったと言いつつも、自分を庇って死んだ兄をいつまでも傷として抱え込んでいることからイズナは家族を持ちたい側の人間なんだろうな~ということが説明されずともわかるので。

ノイン(CV:花江夏樹)

 ラスト! ノイン!

 ノインはノイン以外の全員をクリアしなければプレイすることができない仕組みだ。つまりは真相枠。イチゴさんの出生に纏わること、またイチゴさんを守るという依頼が誰からもたらされたものなのか……などが開示された。これはVita版の公式サイトを見ていて気がついたのだが、Switch版ではキャラクター紹介欄にいない依頼人が普通にVita版の公式サイトでは掲載されており笑ってしまった。ノインルートでしか出て来ないんだから隠して!!

 これまで再三表の世界のぞんざいとして描かれていたイチゴさんが実は出生からして裏の世界の存在であることが描かれるのだが、裏の世界でノインと生きていくエンディングがハッピーエンド、表の世界でノインと生きていくエンディングがBADエンドという配置なのがうわ~ッになってしまった。しかも、BADエンドでようやくイチゴさんの本名が出てくる。ここ以外では一切出て来ず、完全にデフォルトネーム固定なのかな? と思っていただけに、突然出てきた名前入力画面にうわ~ッと引っ繰り返った。

 裏の世界で生き続けることを選択したノインは今後月に一度、告解室のようななにもない部屋で自分が命じて殺害させた人物たちと向かい合うことになるのだが、その影にイチゴさんがいることが救いになるのであればいいなと思うなどした。クラマの口から語られるノイン像が物凄くしっくり来たので、最後にそれを引用して終わっておこう。

「長はこうあるべき、という思い込みから多少なりとも解放されたというか……」
「前は酸素ボンベを口に当てて水圧に耐えながら深海に潜っていたが」
「今はきちんと定期的に息継ぎに浮上して、水圧からうまく逃れているような、そんな雰囲気を感じるんだ」

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