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某外資系高級ホテルに1人で泊まった時の話(中編)午後〜夜

(お借りした画像はイメージです)

こちらの続きです。

前回:意を決して泊まった高級ホテルで序盤から様々な衝撃を受けた私。宿泊者専用ラウンジで一人の外国人男性と出会いました。

不思議な出会い

まずは2人で乾杯。

「 私はジョージ(仮名)と言います。アメリカ人で、作家をしています。といってもマジメではないので、遊んでいるようなものです」

カタコトの私の英語とは対照的に、全く淀みのない日本語。その声からは、穏やかで落ち着いた印象を受けました。私の名前も聞かれたので、とりあえずお互い自己紹介をしました。

ジョージ氏は、中年から初老と思しき風貌に恰幅のよい体格。こういったシチュエーションに慣れない私の戸惑いを察したのか、

「緊張しなくて大丈夫。私は日本語ができますので。日本語で話しましょう」

と、やはり流暢な日本語で穏やかに笑いかけてくれ、私はほっと肩を撫で下ろしました。

聞くに、彼は日本の大学で学び、その後はアメリカと日本を行き来しながら仕事をしているとのこと。日本ではこのホテルと別の外資系ホテルを交互に生活拠点として利用している、いわゆる「ホテル暮らし」というやつらしい。

はぇー、リッチな外国人ってやっぱりホテルに住むんだな。何だか凄い人と知り合ったみたいだな…とこの時私は思いました。ジョージ氏は私のてんこ盛りに盛られたお皿を見て、

「何だか私もお腹空いてきちゃったな」と言い、近くにいた女性スタッフを呼びました。「すみません、なんちゃら肉のグリルとサラダをお願いします」と今度は英語で注文している。ちなみになんちゃらの部分は私の英語力不足で聞き取れませんでした。すみません。女性スタッフが「シェフに確認してきます」みたいな旨のことを言って奥に下がり、「こういうものならできますが」「じゃあそれで」「かしこまりました」みたいな会話をしていた。やっぱり英語力が足りないのですべて私の憶測です。

いやいや、なんちゃら肉のグリルもサラダもビュッフェコーナーにはなかったぞ。私は心の中でツッコみましたが、どうやら顔に出ていたようで「ここには何でもあります。言えば何でも出てくるんですよ」と、ニッコリされる。マジかよ。私は驚きました。ここに来てから私はもう何度目の驚きだろうか。東京都心の高層階とは、そんなワガママさえも通る世界なのか。

ジョージ氏は私の仕事について質問をしてきました。当時私は総務部にいて、経理の端くれみたいな事もちょっとだけやっていたのでその事も伝えると、話題は「お金の流れ」に移っていきました。彼は私に経理の基礎的な質問を投げかけました。実務に携わっているのにかかわらず、基礎的な勉強を怠っていた私が答えられずに悩んでいると、「それが分からなくて、経理が出来ますか?」と笑顔のまま言われてしまいました。トホホ。

この話題は彼の得意分野だったようで、喩え話を混じえて私に説明してくれました。彼の話はとても上手でした。ところどころにジョークを挟みながら展開されていくあんな話やこんな話を、私は相槌を打ったり、なるほどーとか言ってみたりしながら聞いていました。気付いたら1時間ほど経過していました。

それから彼の趣味についての話になりました。日本の文化が好きで、アメリカの自宅には日本庭園を構えていて専門の庭師も抱えていること。和柄を取り入れた洋服のデザインをしていること。マウンテンバイクでアメリカ横断に挑戦したこと。普段は菜食中心の生活を心掛けていること。また、このホテルの創業者と知り合いらしく、ホテル創業当時のエピソードなんかも語って聞かせてくれました。他にも色々聞いた気がするけど、私が覚えているのはこのくらいです。

結局2時間近く話をしていました。LINEはやっていますか?と聞かれ、ここで知り合えたのも何かの縁かもしれないし…と、軽い気持ちでLINEを交換しました。「遊びのような仕事をやってくるね」と言ってジョージ氏は部屋へ戻っていきました。

1人になった私は、やってきた男性スタッフにビールのおかわりを注文しました。今度は日本人の方だったので安心。いつの間にかアフタヌーンティーの時間になっていたようで、私のもとにはビールと一緒にアフタヌーンティーの3段セットが運ばれてきました。ビール用にビュッフェコーナーからまたチーズを持ってくる。お腹がいっぱいになりました。

ホテルでの優雅な過ごし方とは

夕方にはジムへ行ってランニングマシンでかるーく食後の運動をした後、併設のシャワールームで汗を流しました。言うまでもないですが、綺麗です。広々としたプールもありましたが、ビート板ナシでは泳げない私はパス。こんなホテルでビート板で泳ぐ成人女性なんて恥ずかしすぎる。もしも泳げたならば、あの空間で思い切り泳ぐのはきっと気持ちがいいものだと思います。

部屋に戻ってくると、昼間私がゴロゴロ寝転んだベッドは2つともシワひとつなくキレイに整えられ、ついでにベッドサイドにはホテルのマークが入ったチョコレートが置いてありました。これは「ターンダウン」というサービスのようです。お腹いっぱいのはずなのに早速チョコレートの包みを開けて口に放り込む。にがい。お金持ちは苦いチョコが好きなんだろうか。

そろそろ夕食どきの時間なんですが、何せ昼間にラウンジで欲望のままに食べ尽くしたのでまったくお腹は空きません。部屋でゆっくりするか、と思ったところで携帯が鳴る。見てみるとさっきのジョージ氏からLINEが来ていました。ここからのやり取りは記録に残ってないので私のうろ覚えです。

「夕食は何を食べますか?」

と。私はとくに何も思わず、正直に「お腹いっぱいなので部屋で休んでます」と返信しました。すると一瞬で既読がつきました。そしてさらに

「私はこれから下でトンカツをたべようかな、でも一人だと寂しいなあ」みたいなメッセージが来ました。LINEのオンタイムなやり取りがもともと苦手な私はどう返信すべきか迷いましたが、トーク画面を開きっぱなしだったため相手側には既読が付いてしまっているし、とりあえず早く返さなければ。「お一人様全然いいと思います笑!」と返信。先ほどと同じく速攻で既読が付いたものの、返信は来ず、やり取りは一旦終了しました。

部屋でゆっくり、と言ったものの何をしようか。上流階級の人々はどんなくつろぎ方をするのでしょうか。洗練された部屋でゆっくりコーヒーか紅茶を飲みながら読書をするインテリな自分…に憧れていたので、この日のために文庫本を持参していたのですが、いざ本を開いてみるも目が活字上を滑るだけで内容がまるで頭に入ってこない。どうやら、普段の日常とあまりにかけ離れていることの連続に私の脳ミソの処理が追いつかず、気分が高揚しっぱなしのようでした。リラックスするための空間でリラックスできないなんて。

気持ちを落ち着けよう。時刻は18時を過ぎていました。おもむろにテレビのスイッチを入れ、チャンネルをプロ野球中継に合わせました。マツダスタジアムでの広島対巨人戦。テレビから聞こえるスタジアムのざわめきや応援のラッパや太鼓やら打球音や実況の声やらで、それまで物音ひとつしなかった静かな部屋が途端に騒がしくなりました。

あー、落ち着く。ラウンジのビールを部屋に持ち込めたら最高なのに。シンプルだけど高級感のあるスタンドライトやテーブルがセンスよく配置されている洗練された部屋に、スタジアム客席からのヤジがたびたび響きわたる。あれ、結局やっていることが普段とまったく変わらないではないか。

試合は終盤まで巨人が余裕の勝利ムードだったのに、抑えの投手が炎上して結局逆転サヨナラ負け。最悪な展開だったので、気分転換に夜のラウンジに繰り出しました。相変わらず落ち着いた空間の中、東京の夜景を見ながらアルコールとおつまみをいただきました。酔いが回るとともに、むしゃくしゃした気持ちもおさまってきました。

夜も深くなってきたところで

また部屋に戻った後は入浴タイム。バスルーム、広い。洗面台がなぜか2台ある。そしてテレビまで置いてある。テレビを見たいわけではなかったけれど、せっかくだしと思ってテレビで別の野球中継を見てみる。神宮球場での試合はもつれにもつれ、12回まで延長の末結局引き分け。

お風呂からあがると、例のジョージ氏から再びLINEが来ていました。

「●●(私の下の名前)は何してるの?」

なぜか突然下の名前を呼び捨てされました。私、昼間は下の名前までは名乗らなかったのに…あ、でも確かにLINEはフルネームで登録してた。こういう時のとっさの対処法、本当に分からない。「これから寝るところです」とだけ返信しました。

するとスタンプで返信が来ました。LINE公式のクマとウサギのキャラクターがイチャイチャしているシリーズのスタンプが、連続で2つ送られてきました。

えーっと、これはどういう意味なんだろう。こんなシチュエーションなんて慣れているはずもなく、私は返信ができませんでした。既に夜0時を回っていたのですが、日中からの気持ちの昂ぶりに加えてこのLINEが来たことで、ふわふわでふかふかの布団に入っても一向に眠れませんでした。ラウンジでコーヒーを飲み過ぎたせいもあるかもしれません。どうしよう。

またまた長くなってしまいました。次回が最後です。