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長男の小学校卒業を迎えて

本日、2023年3月24日。
長男が6年通った小学校を卒業した。

先週三男がこども園を卒園し、その時から私の中で卒園卒業モードになり、長男が何にするにしても「あぁ、これが最後なんだ」と感慨深く、いちいち涙脆くなっていた。
歳をとったなと思いつつ、長男の卒業式の日にはさぞ号泣するであろうと思っていたのだが、いざ当日を迎えると意外に冷静な自分もいて、
でも、卒業式を終えた途端に訪れたこみあげる想いもあり、
この想いを徒然なるままに綴ってみようと思う。

不安に満ち溢れた小学校入学までの日々

私の長男には、発達に特性がある。
3歳ぐらいから療育など発達支援を受けてきた。
当時通う幼稚園では、児童発達支援デイサービスと併用して何とか長男が集団に馴染めるよう、私は長男のサポートを頑張ってきたつもりだった。

幼稚園の担任の先生にも、長男の特性のことを説明し、どんなサポートが必要か、伝えてきたつもりだった。

幼稚園に通った2年間は大きなトラブルもなく、周りの協力を得れば充分長男は力を発揮できると思っていたので、小学校では普通級への入学を望んでいた。
しかし、卒園を迎える間際になって、2年受け持ってくれた担任から伝えられた言葉は、

「長男くんは、小学校では支援級のほうがいいのではないか。」

それに加えて、

「(長男の特性的に必要な)視覚的なサポートは、長男くんにとって甘えになるのではないかと思い、してきていない。」

今更、この人は何を言っているのだろう。ショックと怒りで、私はどうにかなりそうだった。

卒園間際のコレは、私は三男を出産したばかりの情緒不安定な心境もあり、しんどかった。

夫からは、「ママ(私)が、あんまりにも長男のことを特性があるからという主張を先生達にしすぎたから、他にも同じような子もいるのに、特に長男に対してだけ先生たちが余計に言ってくるんだ」
と言わる始末。
私がそれまでよかれとやってきたことは何だったのだろう。

小学校の入学を迎えるまでは、それはそれは不安が大きかった。

小学校入学までを振り返る

まず、私と幼稚園の担任の先生、夫とのコミュニケーション不足が最後になって露呈してしまったのだろうと、今となってはわかる。

あとは過度に、園、先生や夫に対して期待してしまっていたのだ。

すべてをわかっていてもらっていると
理解してもらえていると思っていた。

冷たい言い方になるかもしれないけど、
人と人とは、すべては分かり合えないものだと思っている。
それは、何も悪いことではなくて、
生まれてきた環境も、思考も違う。
湧き上がる感情も何が起因しているかは、人それぞれなんだ。夫婦であれどそうだ。

自分と他人の間には境界線があるからこそ、
自分と同じ人間はいないと理解できる。
だから相手を受け入れられる。

私が足りなかったのはきちんと相手との境界線を引けていなかったことなんだけど、当時は知る由もなく、小学校は普通級への進学を決めていた。

小学3年の2学期の個人懇談で

「長男くん、授業中しんどそうです」
「一度、スクールカウンセラーの先生とお話ししてみませんか?」
小3時の担任から勧められた。

当時は長男にわからないことがあっても、周りのお友達に優しい子が多かったので、長男が困っていても誰かが手伝ってくれる状況だった。

私はそれでいいと思っていた。
それで上手くいくならいいじゃないかと。

だけど、そのことをなすがままに予約を取っていたスクールカウンセリングの相談日に、カウンセラーの先生に伝えると、

「それでは、長男くんの自信がいつまでたってもつかない」

その言葉に、ハッとした。
その日は、私1人だけだったので

「今度よければ、お父さんにも来ていただけませんか?」と、提案があり、
夫と私とスクールカウンセラーの先生との3人でまた話し合うことに。

夫は、「うちの子だけじゃないのではないか。他にもそういう子がいるのに。」
昔と変わらずの主張をする。
わからないわけではないけど、他の子はどうであれ、私としては長男に対してできることはやってあげたい気持ちがある。

私達夫婦の考え方の違いを見て、スクールカウンセラーの先生がおっしゃったことは
「家庭内でそれだけ考えが違うことは、お子さんにとっては社会性を身につけることができます」

私は、「そっか、夫との考え方の違いは、長男にとっては良いことなのか」と腑に落ちた。
わかってもらおうとすることより、違いを受け入れる大切さを知った。

夫は夫で、第三者の意見を聞けたことはよかったようで、小3の終わりに長男は支援級の見学をすることに。

「支援級がいい」

その長男の言葉を受け入れ、小4からは支援級在籍を決めた。

みるみる伸びていく能力

小学2年生といえば、九九が始まる。
長男は4年生になるまで九九を覚えきれていなかった。
そこに関しては、大して私は不安に思っていなかった。何故なら夫が大人になった今も九九ができないからだ。
それでも立派に仕事に就けている。

だから、九九を覚えることにそこまでの重要性を感じていなかったのだけど、
小学校に通い続けるまでは、九九ができないと正直授業がしんどくなる。
しんどいのは、親ではなく子供だ。

支援級では本人がつまづいたところから、丁寧に教えてくれる。
長男は4年生のうちに、覚えきれていなかった九九を習得した。

九九ができたかたからって、オールオッケーではないけど、
出来なかったことが出来るようになった経験は本人とっては大きかったのではないのだろうか。

小学校6年間で学べる教育課程のうち、もしかしたら半分しか習得していないのかもしれないけど、
でも、本人はそういったスモールステップを経て、この6年で心も体も大きく成長したように私は思う。

安心安全な場所

普通級と支援級の行き来をする長男は、支援級に移動する際に普通級の担任の先生に、「〇〇〇〇(支援級の呼び名)、いってきまーす!」と、元気に告げていたそうだ。

長男が普通級から支援級に変わる際、支援級の先生が懸念していたことは、本人が支援級に移ることをマイナスに思っていないかどうかだった。

でも、それは本人にとってはどうでもよかったようで、普通級のクラスメイトにも支援級に移ることを告知してもよいか、支援級の先生から確認があった際も
「どっちでもいいよ」
だった。

大人が思うほど、子供は気にしていないのかもしれない。

とゆうか、気にしているのは大人のほうかもしれない。
私自身、いわゆる普通級で過ごしてきて、普通のというか、一般的な進路を辿ってきて、その一般的なものから逸れたものに対して理解が足りないのだ。変な偏見を持っているのは私なんだ。

ゴロゴロ寝そべってリラックス出来るような場所を学校の中で見つけられ、冗談を言い合える先生に出会えた長男はすごく幸せそうだ。

私はそんな風に学生時代を過ごせてきてないない。


あの日流した涙

校長、教頭、支援級担任、普通級担任計5名対私1人という、長男が小3終了間際で支援級在籍か否かを話し合う機会があった。(なぜ夫がいなかったのかしら…)

私は、支援級は普通級に追いつくためのクラスだと思っていた。
だけど、ある先生から
「お母さん、それは違います。普通級と支援級では教育課程が違うのです。普通級に追いつくためのクラスではないのです。」

じゃあ、何を学ぶの?
支援級に入ったら、周りにどんどん置いてけぼりにされるんじゃないの?
その後に続く話があったのだろうけど、今思い出そうとしても思い出せないけど、
よくわからず先生達の前で不覚にも泣いてはしまったのだけは、覚えている。

置いてけぼりにされる

その不安は、実は今も心の奥底にあるのだと思う。
その後に続いていていただろう話を思い出せないのは、そういうことだ。

やっぱり、どこかで、普通になれないコンプレックスがあるのだ。

普通って何だろう

普通とか、当たり前とか、一般的なとか、
それってどういうものなのかを明確に説明できるだろうか。

結局、自分が経験してきて、なおかつ、周りの数名も同じようにしていることを普通と呼ぶのかな。

これからの進路

長男は、地元の公立中学校の支援級へ進む。
支援級に入れば、たいていは高等部の支援学校へ進むと言われている。

内申点はつかないが、普通コースの公立高校への受験も可能とされているが、
きっとそれは現実的ではないような話のそぶりを通う予定の中学の支援級の担任の先生から説明を受けた。

長男にはちょっとした夢がある。

その夢に進められるように、保護者としてはさまざな情報を掴んでいかないといけない。

まだまだ知らないことばかりだけど、やるっきゃない。

そして、学び直そうと思えばいつからでもできることだ。

時間だけは、みんなに平等に与えられている。
スタートの時期をみんな一緒にしなくてもいい。

そんなことが伝わるように、私自身が見せていけばいいんだな。


最後に…

あの時、幼稚園の担任の先生の言う通り、始めから小学校も支援級で過ごしていればよかったのかもしれない。

そう、思い始めたら、
あの時、ああしていたら…が押し寄せてくる。

でもきっと、何もかもが自分のタイミングで
選んで、決めて、行動することが
幸せを感じられることなんだとも思う。

様々な経験があって、今の私を作ってくれている。
だから、あの時の幼稚園の担任の先生にも感謝だ。

さて、

私以外に、ここまで読み進めてくれた人がいるのだろうか。いたら、すごくベリースペシャルサンクスです。

子育てやりにくいなと思っていた長男は、今では三兄弟の中で一番やりやすい子になったのかもしれない。

ここだけの話、私は長男がすごく頼りになるし、いつまでたっても可愛い。(他の兄弟が聞いたら面白くないからここだけの話)

みっくん(長男)へ

先生からも、友達からも
いつまでも
「みっくん」
と、呼んでもらえるってありがたいことだね。

みんな親しみをこめて、
「みっくん」と呼んでくれているよ。

どうか、これからも気遣いができる優しいみっくんでいてください。

そして、時々でいいから、
ママを助けてください。

生まれてきてくれてありがとう。

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