「GODZILLA -1」レビュー ~貴方の戦争は終わりましたか?~

山崎貴 監督 Tohoシネマズ大阪にて鑑賞

「今、生きている人間」というのが「生きている者」なのか
それとも「生き残った者」なのか 
この意識の違いによって、その人にとっての人生は全く違ってくる
この映画の主人公は後者である

主人公 敷島浩一(神木隆之介)は特攻隊の「生き残り」であり、多くの仲間が散っていった特攻から敵前逃亡した罪悪感と戦争、そしてそこで出会ったゴジラ禍により、さらに傷を受け、戦後もPTSD で苦しみ続ける

世の中は戦後復興 戦いを忘れ、生きることに必死な人々
戦争を忘れ、誰もが生活を向上させるのに必死な時代に敷島は言う

「俺の戦争はまだ終わってないんだ」と

「逃げる」というのは、本能的に誰もが自己保存のためにする行為である
が、時に「自分は逃げた」という罪悪感や敗北感、挫折感といった傷をもたらす
戦争時の「お国のために死ぬことが最も尊い」という価値観の刷り込みをされた人間にとっては、逃げて生き延びてしまったことは、別の地獄の始まりだったわけである
さらにGODZILLAという謎の化け物によるPTSD

戦時下であれ、平常時であれ、人にはそれぞれ「逃げ続けて、背負い続けていること」がある
受験戦争と呼ばれる類のものや、就職や、仕事、介護、病気、自分自身、最近であればコロナ禍・・

皆、何気ない顔で生きているように見えて「決着してない自分の戦い」をひきずって、終わらない戦いを内包している
自分の中にあるものは逃げれば逃げるほどに追いかけてくる

敷島が「特攻(国のために死ぬこと)」から逃げたこと、その後さらにゴジラから逃げて仲間を死なせてしまったこと
これは現代の私たちの目から見れば「災害の被害者」であり、「不可抗力」であり「逃げることによって生き延びた」彼の行動は賞賛に値する
しかし「生き残った者」は苦しむ
「自分だけ生き残ってしまった」のだと。潔く散ることができなかったのだと責め続ける

「生き残った、そして生き延びた」ことへの罪悪感 人としての誇りを奪われたままの人生は敷島にとっては、到底晴れやかなものにはならず、愛情を持てる女性に会ったとしても家族になる覚悟さえ持てなかったのも当然だろう
彼が誇りを取り戻し、自分自身の人生を「生きる」ためには、もう一度戦う必要があった そうでなければ「生きている」とは言えない人生だった
だからGODZILAは戻ってきたのだろう 彼を「生き返らせる」ために
必要な戦いだったのだ

ゴジラ映画という形式を借りて一人の「生き延びてしまった」者が、自ら人生を「生きる」ために取り戻すための戦い それがこの「GODZILA -1」であるように映った

余談だが
映画というものはそれぞれ作り手のイデオロギー(思想)的なものがどうしてもにじみ出てしまうものである。この映画も勿論そうなのであるが、それをきっかけとして個人個人違うものを受け取ったり、想起する私はこの映画を見て、会ったこともない「おじさん」に思いを寄せた。
私のおじさん、つまり父親の兄は、特攻隊員で、18歳の時に戦死したそうだ。もちろん私が生まれる何十年も前のことである。
私が高校を卒業した春休み、実家の和室で母親から、特攻隊員であるおじさんが家族へあてた手紙、というものを見せられた記憶がある。見せられたというより、部屋の整理をしていたら、遭遇したというものであろう。
そこには、丁寧な筆文字で、両親への感謝がつづられていたように思う。
ところどころが黒く塗りつぶされていた。
「どこから出発する」といった場所が書かれていると、軍事上の漏洩になるとして検閲にひっかかっていたのかもしれない。
最後に「私を育ててくださってありがとうございました」と締めくくってあった。
これを書いたおじさんは当時の私と同い年くらいであったと記憶している。
読み終わった後、私はわんわんと声をあげて泣いていた
何故だかは今でもわからない。その感情に名前はない。感謝でもなく、憐れみでもない。
ただ、「生きなければ」と思ったことだけ思っている
おじさんもやりたいことは沢山あっただろう 
もし、おじさんが敷島のように機転がきいていたら?逃げて生きていたら今ごろはどうしていたのだろう?やっぱり逃げたことで苦しんだのかな?
私とも会うことができたのかな?
タラレバでしかない問い 
しかし、おじさんは逃げられなかった そして今はもういない
今私は57歳 おじさんの何倍も生きている
いつかはおじさんと同じ場所へ行く それまで「ただ生きる」ではなくて
やはり私は「生き残った者」として生き抜いていきたい

※この映画をイデオロギッシュに見たり「最後の敬礼が軍国的」に映るという見方もあるだろうけど、私は、作り手は一定のイデオロギーをもって作品を作るのは当たり前だろうと思っている。にも関わらず、押しつけがましさがなく、エンタメとして効果的なクサさがあって良かった







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