「むこう岸」 マンフレート・キューバ―

 昔あるところに収集家がいて、遠い国から来た、いろいろな珍しい品ものを集めていました。また、ありふれた品も集めていたのですが、それらはとくべつな意味と、とくべつな物語を持つものばかりでした。収集家は、ものの物語を読みとることができたのです。それはたやすい技ではなく、数すくない人にだけできることです。そうして昼となく夜となく、集めた珍品に囲まれて座り、それらのたどってきた運命を読みとっているうちにわかったのは、ものの運命と人の運命は結びついているということでした。大きな河のように、あわれにこんがらがった人間の生が、収集家のまわりをめぐって流れてゆき、かれは手前の岸に立って、理解あふれるまなざしを、過ぎてゆく波また波のうえにそそぐのでした。
 しかしまたかれは、まだ手に入れていないものがあることも知っていました。人間の生、そこにかれは多くを読みとってきたのですが、その流れに、眺めている自分が立つ片方の岸しかないとは考えられません。かならずもうひとつの岸もあるはずで、そのむこう岸を収集家は探しているのです——もうずっと。けれどまだ見つかりません。それでも、いつかきっと見つけだせると希望を持っていました。街々の店という店を訪ね、むこう岸について語ってくれる品ものがないかと探しまわりました。かれは生まれついての収集家で探求者であり、たいへんな忍耐を身につけていました。
 そしてあるときかれは、遠い南の街でいっぷう変わった店に入りました。それはまさに人生のなんでも屋と呼ぶのにふさわしい店でした。なぜなら、そこには人間の思いつくかぎりのあらゆるものが、珍しく高価なものから、ささやかな日用品まで揃っていたからです。そしてすべてのものが、それぞれにふさわしく、ちがった物語を持っていました。
 収集家はたくさんの品をひとつひとつ、専門家の目で調べてゆきました。気に入ったものがいくつもあり、ふだんならよろこんで買っただろうものもあったのですが、どれもどこか前に手に入れたものを思い出させます。「まったく、これまで見たなかでもとびきりの、人生にまつわるもののコレクションだ」収集家は言いました。店主もありきたりの店主には見えません——なにかしずかな、おごそかなふうがあるのです——そこで収集家は、むこう岸について語ってくれるようなものはないかとたずねてみました。
 店主はじっさい、ありきたりの店主ではありませんでした。店で高い値のつく品の多くが、人生をかけたような熱意でそれを求める人に、どれほど多くの悲しみと涙をもたらすか、店主はよく知っていました。自分にふさわしいものを欲しがる客はめったにいません。異国の収集家からむこう岸についてたずねられると、店主はほほえんで小さなランプを取り出しました。みばえのしないランプですが、つくりはていねいです。もとから美しい青じろい炎が燃えており、火を点ける必要がありません。
「このランプは店先には並べられない。ただ、むこう岸についてたずねた人にだけさしあげられる」店主は言いました。「では、このランプはむこう岸について語ってくれるのですか?」ききかえした収集家は、おどろきの目でまじまじとランプを眺めました。そんな品は自分のコレクションのなかにはありませんし、どこかで見かけたこともありません。「むこう岸についてランプはなにも語ることはできない。あなたはみずからむこう岸をたずねて行かなければならない。だが、ランプはあなたの道を照らし、むこう岸へみちびくだろう」
 収集家は礼を言い、ランプにいくら払えばよいかとたずねました。「うちの店には安く買える品がたくさんあるし、王国とひきかえでも手に入れられないような品もある。だが、あなたが手にしている小さなランプは、むこう岸についてたずねた人には無料だ。それはあなただけのランプであり、永遠のランプだ——あなたをむこう岸へみちびくだろう」
 こうして収集家は旅人になりました。それまでに集めた珍しい品々をすべて置き去りにして、永遠のランプの光にしたがって旅をし、むこう岸を探しました。道みち、以前には知らなかった美しいものをいろいろと目にしました。石が身うごきし、生まれるのを見、花々の夢をのぞき、動物たちの言葉を理解しました。けれど、旅人の道はだんだんと人がすくなくさびしくなり、気がつけば荒れ野にひとり立って、目の前に七つのけわしい岩山を見ていました。
 ランプはゆくてを照らし、七つの山すべてを登ってゆかなければならないと示しました。それで旅人は七つの山すべてに登り、頂上に着くたびに、むこう岸が見えないかと期待したのですが、むこう岸は見えません。どの山の頂上にも冷たいまっさらの雪が積もっていました。しかし雪のなかに一輪のバラが咲き、ルビーのように光っています。旅人は花を摘んで持ってゆきました。七つの山すべてを越え、冷たいまっさらの雪が積もる頂上で手に入れた七輪の花を集めて花輪ができると、暗いトンネルの入り口に着きました。番人が近づいてきて、なにが望みだとたずねました。
「むこう岸を探しています」旅人は答えました。「道づれになにを持ってきた」番人がたずねました。「七輪の赤いバラとわたしの永遠のランプ」それを聞くと番人は旅人を暗い道へ通しました。「これは長くて暗い道だ。終わりまで行け、すると無限の海に出るだろう」「でもわたしは、無限の海に用はありません。むこう岸を探しているのです。無限の海にむこう岸はありません」「太陽が昇るまで待て。そうすればむこう岸が見えるだろう」番人は言いました。
 そして旅人は暗い道を通りぬけ、旅につかれきった体を無限の海のきわに横たえました。無限の海が旅人の足を洗い、さわぐ波と、浜辺にひとりきりの旅人のうえに星空が広がっていました。旅人は永遠のランプをわきに置き、ずっと目を覚まして待っていましたが、あまりに夜は長く、終わりはないように思えました。
 とうとう星が消えてゆき、うちよせる波はしずかに澄みきって、そのうえに太陽が昇りました。昇る太陽の光につつまれて、無限の海の真ん中にかがやく島が浮かびあがりました。旅人には、それが探しつづけたむこう岸だとわかりました。暗いトンネルの上を一羽の白い鳩が飛んできて、島への道を案内するのにしたがって、旅人は無限の海に足をふみだし、すきとおった水晶のようにしっかりした海をわたって、むこう岸を目指しました。
 けれど、むこう岸については、永遠のランプにもできなかったように、わたしにはこれ以上お話しできません。むこう岸へは、だれでも自分で、それぞれのランプのあかりをたよりに、たずねて行かなければなりません。むこう岸のお話とは、旅人のお話だからです。

Das andere Ufer
Manfred Kyber
Märchen より

館野浩美訳