ブラックパンサーにオスカーを

 今月24日(現地時間)は?そう、アカデミー賞の授賞式だ。


今年のアカデミーは近年稀に見る混戦と言われている。なお、この記事では作品賞にのみ焦点を当てる。


 さて、とりあえず作品賞にノミネートされた8作品を見てみよう。

・ブラックパンサー
・ブラック・クランズマン
・ボヘミアン・ラプソディ
・女王陛下のお気に入り
・グリーンブック
・ROMA ローマ
・アリー スター誕生
・バイス

 実は素人の我々が受賞作を予想するのは難しい。なんせこの中で「ブラック・クランズマン」「グリーンブック」「バイス」はまだ日本で公開されてないのだ。それこそプロの批評家にでもなって、試写会に呼ばれてもしない限り判断できない。

 なのでここは順位付けをするのではなく、あくまでも「ブラックパンサー」にのみ絞って受賞の可能性を探っていこうと思う。



 「ブラックパンサー」はヒーロー映画だ。ディズニー傘下のマーベル・スタジオが手がけるマーベル・シネマティック・ユニバースに属する作品で、タイトルにもなっているヒーロー、ブラックパンサーは「シビル・ウォー/キャプテン・アメリカ」に先行登場し、「ブラックパンサー」で主演を務め「アベンジャーズ/インフィニティ・ウォー」ではキャプテン・アメリカやソー、ロケット、ウォーマシン達と共に祖国ワカンダでサノス軍と戦闘。その後は是非自身で確認してほしい。

このザックリとした説明でも分かる通り、そもそも「ブラックパンサー」は20作品以上あるマーベル・シネマティック・ユニバースの一つの作品に過ぎず、作品を完璧に理解するには数作品予習しなければならないという難易度の高い映画に仕上がっている。しかし蓋を開けてみれば世界中で大ヒット。ブラックパンサー旋風を巻き起こした。

その社会現象とも呼べるヒットこそ、アカデミー賞作品賞にヒーロー映画として初めてノミネートされる所以だと思う方は少なくないだろう。しかしそれではあまりに浅い。この映画がオスカー目前にいるのには、それなりの理由があるのだ。


①黒人社会を丁寧に描いている

 近年、ハリウッド大作には必ず黒人が登場する。しかもステレオタイプではなく、黒人を黒人として「見せない」書き方をする場合が非常に多い。これはハリウッドでも多く見られた黒人差別に対する反省からなのだろうが、描き方が顕著になるとそれはある意味嘘っぽくなる。「バック・トゥ・ザ・フューチャー」が黒人差別映画なのは誰もが認めるところだが(言い訳ではないが私が世界で一番好きな映画は「バック・トゥ・ザ・フューチャー」だ)、隠しもしない差別意識があったからこそ黒人を黒人として登場させていた。結果として差別に繋がったこの起用は褒められたものではないのかもしれないが、私個人の意見を言わせて貰えば黒人に無理やり白人然とした立ち振る舞いを強要するよりよほどマシだと思う。(これはアジア人にも言える。「ローグ・ワン/スター・ウォーズ・ストーリー」にはステレオタイプの中国人が出てくるが、これは見ていて気持ちいい)

ブラックパンサーは黒人、アフリカ人をアフリカ人として描いた。彼らは南アフリカで実際に使われているコサ語を話すし、ブラックパンサーの統治する国ワカンダの女性は強い。アパルトヘイトへの抗議運動では女性が活躍したというのは、歴史を学んだ人間にとってはわざわざ私が書くような内容ではないだろう。衣装はアフリカの諸民族の意匠が施され、大自然とテクノロジーの調和はまるで南アフリカの大都市のよう。

それもそのはず。監督もスタッフもキャストもほとんどが黒人。ブラックパンサーはいわば「黒人の黒人による黒人のための映画」なのだ。

もう一つ忘れてはいけない。ブラックパンサーからワカンダを乗っ取ろうとした今作のヴィラン(悪役)、キルモンガー。ティ・チャラことブラックパンサーに敗れた彼はワカンダに沈む夕日を見ながらティ・チャラに語りかける。

「海に沈めてくれ、かつて先祖たちが船から身を投げたように。」

 アフリカ人はかつて、奴隷船に詰め込まれ連行された。劣悪な環境だったため、目的地に着くまでに命を落とす者も少なくなく、そうやって死んだ黒人を、白人は海へ投げ捨てた。そんな環境だ。生への執着を捨ててしまうアフリカ人もいた。そのようなアフリカ人は自ら海へ身を投げたのだ。

キルモンガーは自分のルーツへのリスペクトを捨てていなかった。だからこそ、負けてなおティ・チャラに助けを乞うのではなく、先祖と同じように、アフリカ人の誇りを胸に死へ進む道を選んだのだ。


②反トランプ思想

 我々は幸いなことに一つの時代を目にしている。歴代最悪とも言われるトランプ政権が海の向こうに誕生。排他思想を隠しもせず、自国第一主義を掲げ世界の均衡を崩そうとしている。(もっとも我が国も他国のことをとやかく言える状況ではないことは重々承知している。我らが首相もトランプに負けない立派な答弁を繰り返しているのだから)

ヒーロー映画はヒーローが活躍する映画だ。観客はそれ以上のものを求めない。が、ブラックパンサーはヒーロー映画でありつつ、メッセージ性を強く持たせることに成功した。それは随所に見られるが、特に分かりやすいのがラストシーンのティ・チャラ国王の演説。その一文を見てみよう。

 But in times of crisis the wise build bridges, while the foolish build barriers. We must find a way to look after one another, as if we were one single tribe.

--しかし危機が訪れた際、賢者は橋を作り、愚者は壁を作る。我々は一つの部族のように互いを支え合う方法を探らなければならない。


トランプ大統領は公約の一つとして、メキシコとの間に壁を築くと打ち出した。大統領選に勝つための方便だと思いきや、どうやら本気らしい。

私がブラックパンサーがアカデミー賞に近づいたと言ったのはこれが理由だ。日本時間の2月15日、トランプ大統領は非常事態宣言を発令した。

トランプ氏、壁建設で非常事態宣言へ 与野党対立激化もhttps://r.nikkei.com/article/DGXMZO41304380V10C19A2000000

何度も言うがブラックパンサーはヒーロー映画だ。

しかし、はっきりと、トランプ大統領を「foolish(愚者)」と呼んでいる。このメッセージ性こそ、ブラックパンサーがオスカー像に相応しい理由だ。



ヒーロー映画にメッセージ性なんて必要ないと思う人はあるかもしれない。ジェンダーや肌の色もアホらしいと。でもその積み重ねがあり、ブラックパンサーを経てヒーロー映画は新たな境地を開いた。ダークナイトも、ワンダーウーマンも成し遂げられなかった偉業を成し遂げた。今後ヒーロー映画はさらにメッセージ性が増すかもしれない。ディズニーアニメ映画がアナ雪やモアナを経て、「王子様と姫」から「一人の女性の自立」を描くこととなったように。

今一度言いたい。ブラックパンサーにオスカー像を。どうか、歴史が刻まれる瞬間をこの目で見させてほしい。


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