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思い付きホラー「ファンレター」

 夏の連休に帰ってきた高校時代の友達、青野から聞いた話。
 青野は大学進学を期に地方に引っ越し、そのまま就職した。今は年に1~2回くらい会う関係だ。そんな青野が「ちょっと気持ち悪い話があってさあ」とハイボールを飲みながら話し始めた。
※出てくる名前や地名は全て架空です。


 青野はある地方の市民センターで働いている。子どもの書道、マダムのフラダンス、おじいちゃんの俳句と数多の教室が毎日開かれる地元住民の集いの場といったところだ。
 5月の大型連休の最中、市が主催する講演会が開かれた。子供の身体や発達を研究している有名な先生を招いた講演会で、センターの一番広い会議室がすっかり満員になる盛況ぶりだったらしい。

 講演会が終了して2週間後、市民センターに1通の手紙が届いた。毎日届く郵便物を仕分けている中で、ピンクの封筒にハートのシールが大量に貼られたその手紙はひときわ異質だった。
 宛名にはセンターの住所と先の講演会に登壇された先生。裏には「福島鈴子」と送り主と思しき名前が書いてあった。ファンシーな封筒とは裏腹に、名前は黒いマジックペンで達筆に書かれており、なんだかちぐはぐな印象を与えた。

 先生のファンになった人が、感想を送りたいけど宛先がわからなくてとりあえずホールの住所に送ったのだろうと思った青野は、先生に転送してあげようかと上司と相談していたが、その手紙は何回も来るようになった。最初の手紙が来て2日後、また同じ手紙が来た。ピンクの封筒に今度はフルーツのシール。「福島鈴子」から先生宛の手紙。その次の日も同じ手紙が届き、最終的には1週間で3通届いた。

 7通くらい溜まったところで、先生の自宅住所に事情を説明した送付状を添えて手紙をまとめて送った。先生に発送した日の夕方にまた1通届いた。その後も手紙はペースが衰えることなく届き続けた。時には3cmくらいに膨らんでいる時もあった。

 さすがに鬱陶しくなり、届いた手紙を雑に部署ごとの郵便受けに投げ込むように頃、好奇心に負けた青野の後輩が封筒を開けた。青野は叱ったが、やはり中身が気になるという気持ちは同じだったようで、一緒に読んでしまったという。
溜折りたたまれた6枚くらいの便箋には
「先生、こんにちは。いかがお過ごしですか?
私は最近、不思議な夢を見ました。雲海の広がる高い山の上にいて、となりには○○○様(青野曰く、なんか武将の名前っぽいけど覚えてない)がいらっしゃいました。
ところで、先生は✕✕神社の△△様というご神体をご存じですか?このご神体が○○○様とご縁があり、最近とても強い力を感じていて呼ばれている気がします・・・」
と霊体験的なことをつらつら書いているかと思えば、
「最近はマンガを読んでいます。とても面白くて、気づくと何時間も読み進めている日もあります。先生もぜひ読んでほしいです。」
と趣味の話まで書いており、とにかく思い付きで筆を走らせている、という印象だった。
あまりまともに取り合ってはいけない存在のように思えたが、手紙をそのままシュレッダーにかけるのはさすがに良くないと思い、青野は一旦手紙を自身の引き出しに仕舞った。

 翌朝、「福島鈴子」からこれまでとは異なる封筒が届いた。A4サイズの茶封筒。厚みから、本が入っているとみられた。
これまでと違ったのは、裏返すと
S県Y市□□ △ー✕✕ 福島鈴子
と住所が書かれていたことだった。
 ようやく福島鈴子へのヒントが掴めた青野は早速大きな封筒を準備し、朝届いたばかりのA4サイズの封筒と溜まっていたピンクのファンレター7通を詰め、
「平素は当施設をご利用いただき、誠にありがとうございます。
さて、お送りいただきましたお手紙ですが、今後は先生の事務所宛にお送りいただけますと幸いです。
ご質問がございましたら当施設までお問い合わせください。」
と簡単な手紙を書き添え、封筒にあった住所に送り返した。

 あれだけ大量の手紙を送ってきた人間が簡単に折れるはずがない、何度かクレームまがいの電話がかかってくるだろうと覚悟していたが、それから2週間、音沙汰はなかった。思ったよりもものわかりの良い相手だったのかと思い、青野は少しずつ手紙の存在を忘れ始めていた。

 ところが3日後、再び先生宛にA4の茶封筒が届いた。送り主はもちろん「福島鈴子」だ。
 返送した手紙も、さすがに2週間もあれば届いているはずだ。送り主の執念のようなものを感じ、封筒をどうしたものかと迷って一旦他の郵便物に混ぜて一番下に隠した。

 福島鈴子宛に返送した封筒が宛先不明で戻ってきたのはその日の夕方だった。同じ便で、1枚の葉書が届いた。く福島鈴子から、先生宛だった。
「先生、こんにちは。いつも私の思うことを一方的にたくさん書いて、先生に送ってしまっていますね。本当にすみません。(中略)
最近、○○○様がまるで来いと言うように手を振っておられます。たぶん、私が最初に○○○様と出会い、縁を結んだN県にいらっしゃるようです。近々行かなければならないと思います。
いままでありがとうございました。」

 葉書の両面にびっしり書かれた文章を読んで、青野は最後の「いままでありがとうございました」でようやく福島鈴子が諦めてくれたのではないかと少し安心した。一方で宛先不明で戻ってきたにも関わらず、なぜこんな内容が届いたのか不思議だったが、タイミングがたまたま重なっただけだろうと思うことにした。

 翌日、また福島鈴子から葉書が来た。
「先生、こんにちは!お元気ですか?
私は息子の進学問題や毎日現れるトキヨさんの生き霊のせいで心が休まる時間がありません。仕事も大変忙しいです。忙しく作業をしていても、私の仕事に文句や嫌味をいう人がいて、思うように進みませんし、夜遅く帰宅すると近所の犬が何度も吠えてきます。アイスクリームが唯一の楽しみです。(中略)
○○○様は夢の中で大きな鐘突き堂の前にいます。私に手を振ってくださります。『鐘をならしてもいいですか』と聞くと、○○○様はにこりと笑ってうなずきました。鐘を鳴らすととても温かい気持ちになりました。これが1つ上に行くという感覚なんだと思います。いままでぼんやりとしかわかっていませんでしたが、今はとてもはっきりとわかります。
先生もどうかお気をつけて。」

 この前の葉書で終わったかと思っていたが、やはり手紙が先生に届いていないことは気づいていないようだ。青野は落胆しつつ、葉書に「受け取り拒否」の付箋を貼り付けてを郵便局員に突き返した。

 相変わらず葉書は届いた。受け取り拒否の葉書が福島鈴子のもとに戻っていないのだろうか。すっかり受け流すのが日常茶飯事になった葉書を郵便受けに投げ出すと、後輩が拾っていった。
昼頃、後輩が少し暗い顔をして青野のデスクにやってきた。
「青野さん、この住所、実在しないんですよ」
後輩は今朝届きたての福島鈴子からの葉書を見せながらぼそりといった。
後輩曰く、執着的に手紙を送り続ける人間がどんな家に済んでいるのか見てみたくなり、グーグルマップとストリートビューで住所を調べたのだが、番地はおろかS県にY市という市町村は存在しなかったという。
 Y町やY区といった似たような名前の地名もないか確認したがそれも見当たらず、いつも快活な後輩もさすがに気持ち悪がっていた。

 そんな話をした日の夕方、また新しい葉書が届いた。内容は相変わらず生き霊とか夢に出てきた○○○様とか最近飲んだコーヒーのこととか同じようなものだったが、ひとつ違ったのは最後の
先生もお気をつけて
が強い筆圧で書かれていたことだ。
それから届く葉書には、毎回濃い字で
先生もお気をつけて
と書かれていた。

 葉書の筆圧が強くなってから数日後、先生がけがをしたとの話を聞いた。事務所の廊下で転倒し、足首を捻挫したのだそうだ。頭の片隅に葉書の存在があった青野は、偶然だとは思いつつもやはり気味悪く思った。そんな日も変わらず、福島鈴子からの手紙が届いた。最初と同じピンクの封筒だった。青野はなんのためらいもなく開封してしまった。

「先生、お元気ですか?最近暑い日が続いていますが、体調など崩していませんでしょうか。
 最近はトキヨさんもすっかりいなくなり、温かい存在が私の中に居てくれるようになりました。それも、私が1つ上に行けた証拠です。
 この手紙を書く3日前、私はN県に行きました。実はついに○○○様に呼ばれたのです。夢の中で「早く来い」とはっきり仰っていました。
 N県に向かう電車の中で、2つの強い感情がわきました。1つはそこに行かなければならない、あることをしなければならないという使命感、そして熱のようなものです。もう1つはすごく困惑した気持ちでした。○○○様は鐘突き堂で手を振ってくださったのですが、なぜか私はそこに行ってはいけないような気がしていました。でも使命感のほうが勝っていて、気づけばN県に入っていました。
 鐘突き堂にいらっしゃる○○○様にご挨拶をすると、それまでの迷いを忘れ、私は鐘突き堂の裏手にある祠を開き、恐れながら○○○様を起こし、さらに上に連れて行ってくださるようお願いをしました。
それから帰宅して、この手紙を書きました。
 鐘突き堂から帰ってから、私はとても温かい気持ちに包まれています。息子の成績も良くなりました。お隣のよく吠える犬が最近静かになったと思ったら、散歩中の事故で死んでしまったそうです。職場の嫌味な人が2日前から無断欠勤しています。
 今、私の周りは整理されつつあります。全て良い方向に向かっているのです。きっと○○○様のご加護が私にもついたのかもしれません。
 毎回先生に一方的に思っていることばかり送りつけてしまい、申し訳ありません。ただ、私も日々精進していますので、ご報告したい一心で書いた次第です。一度もお返事をいただけていませんので、きっと先生には届いていないことでしょう
 でも、今の私ならどんな障害も○○○様のお力で排除することができるはずです。ここに来るまで先生のアドバイスもたくさんいただきました。本当にありがとうございました。
 今度は私が先生を助けられるかもしれません。先生の苦しいことや障害を、取り出せるかもしれませんし、私と同じくらい強い存在にしてあげられるかもしれません。先生はきっとご自分の力で障害を乗り越えるのだと思いますが、私も遠くの地からお助けしたく思います。
 この手紙を読んでいる市民センターの皆様も、どうかお気をつけて


福島鈴子からのファンレターは、今も青野の職場に届いているという。

(了)



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