ちょっと、そこのあなた

 日も傾いた逢魔が時、すれ違った紳士に声をかけられた。
彼は黒のシルクハットにマントを羽織っていた。

「あなたの肩のオドラデク、萎れていますよ」

 そう言い残すと紳士は足早に立ち去っていた。
驚きながらオドラデクを見ると、確かに萎れていた。
いまや干からびた椎茸、いや、死にかけのジジイのチ〇ポのようだった。

 悲しみのあまり、涙が溢れた。
健やかなるときも、辞めるときも
富めるときも、貧しいときも、
共にいると誓った彼のその姿に。

「元気になれっ…!」

 僕は懐から王水を取り出すとためらうことなく、オドラデクに振りかけた。ジュワっと音がすると同時に視界が覆われるほどの白い煙に視界が塞がれ、何も見えなくなる。
月におわす、かぐや姫にも届こうかというほど煙が立ち上ったのち、視界が晴れると、そこには元気なジジイのチ〇ポのようなオドラデクがいた。

「よかったな、オドラデク」
「アイ」

 オドラデクは嬉しそうに鳴き声を上げた。
僕はちょうど通りかかったタクシーを止めると、体をすべり込ませた。

「お客さん、どちらまで」
「どこか、遠くまで」
「はあ…?」
「そうだな…海が見える場所がいい」

 いつしか日は沈み、世界は黒に包まれていた。
僕たちが上がった舞台には、嘆きと悲しみに満ち満ちている。
それでも……僕の傍にはオドラデクがいる。

きっと、死が二人を別つまで―――

 彼とオドラデクを乗せた一台の車は、土埃を巻き上げながら、宵闇を切り裂くように走り去った。


おわり

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