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『魂の使命』という盲点

スピリチュアルな世界に興味のある人も、もしかしたら興味ない人も、
自分の『魂の使命』ってなんだろう?
ということを、一度は考えたことがあるかもしれない。
私は占い師をしているため、そのことについて占うことも少なくはない。

『魂の使命』という言葉は実に魅惑的だと思う。
ある日突然世界から抜擢される主人公のようなイメージや
魂の使命を果たすことで有名になったり大金を稼げたり、人生が華々しく花開く、なんてイメージもあるかもしれない。
あるいは「宇宙に選ばれた」と感じられることで得られる自己重要性が魅力的なのかもしれないが、そう感じられなければ無価値観に襲われてしまうなら、その考え方は危険をはらんでいる。

大前提として、私たちは今ここで幸せになれる。
人生に問題があろうとも、消えないコンプレックスがあろうとも、
たとえ“宇宙から選ばれ“なくても、たった今ここで何も解決しなくても幸せな気分になることは可能なのだ。
私はそういうことが『魂の使命』よりも圧倒的に重要だと思っている。
なぜなら、魂の使命が線路だとするなら、そこに乗る乗り物こそが
『たった今のあなた』だからだ。
そして、たった今ここで幸せな気分になることで、線路の質が変わるということもこの世界の真実だ。

話を『魂の使命』に戻そう。
『魂の使命』とは、職業や役割とは限らない。魂の使命のことを『お役目』と表現する人もいるように、何者かになることだと思い込んでいる人は多いかもしれないけど、実は物理というより現象に近いことを指している。
ズバリそれが『魂の使命』の答えだ。
さらっと読み流した人に向けてもう一度言ってみよう。

『魂の使命』とは、物理というより現象に近い。

Aという環境があって、そこにBを使ってCをするのだけど
その時なるべくDのベクトルへ圧を加える

そういうエネルギーの全体像だったりポジショニングだったり、
そもそも押さえておくべきスタンスだったりを実行する(あるいはしない)ことが『魂の使命を果たしている人』ということなのである。

環境やエネルギーをそのように扱っている(=魂の使命を果たした)結果、たまたま何かの職業になっていることはあるかもしれないけど、逆に環境やエネルギーをそのように扱えるのならば、他の職業や無職をやる可能性だって全然あるんじゃないか、ということ。

大谷翔平がプロ野球選手なのは、それが一番『魂の使命』を果たしやすいからだ。
大谷選手の『魂の使命』がプロ野球選手なのではなく
彼にとって『魂の使命』を果たし続けられる方法が、プロ野球選手なのである。

私が占い師やM家の嫁だったりするのも『魂の使命』を果たしやすいからだ。

『魂の使命』が捗るから、その環境になる
『魂の使命』が捗るから、その職業になっている
『魂の使命』が捗るから、宇宙は最適なものをすべて送り込んでくれる

だから結果的に必要な物理も上手く回るようになり、人間関係のゴタゴタもなくなり、健康的に過ごせるようになる。それを他者目線で見ると
「あの人は魂の使命を果たしている」とか、まるで宇宙やその職業に“選ばれた“ように見えるのだと思う。
でも実際はただそれだけのことなのである。

三次元的に『〇〇をする』『〇〇になる』のが使命ではなく、
Aという環境があって、そこにBを使ってCをするのだけど
その時なるべくDのベクトルへ圧を加える
ということをやっている状況が、魂の使命を果たしている、ということだ。

『魂の使命』を探している人だって、実はすでに果たしている可能性もあるわけで。たまたまそれが職業や名前のついてるものじゃないから、ないと思って探してしまっているだけかもしれないのだ。
これが今日のタイトルの意味である。

大谷翔平はおじいちゃんになって野球ができなくなったとしても、
次は別の方法で魂の使命を果たしていくはずだ。
私たちはたった今ここで幸せになることができる生き物なのだから。

というわけで今日のおさらい
『魂の使命』とは、物理というより現象に近い。


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