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Hierophant's compassion~法王の思いやり〜

タロットデッキによって“教皇“や“司祭長“とも表される“Hierophant(法王)“は、その名の通り法(ルール)の下に判断を下す、秩序と思いやりの人。

世の中には法律だけでなく様々な社会的ルールがある。恋人同士や家族、友達グループの中にもルールはあって、それを守っていくことで信頼は築かれていく。

そして自分の中にも、自分なりのルールがあると思う。

魂が目覚めていくにつれて、自分の中のルールが形を変えていくことがある。

最初の気づきの段階では「本当に大切にしたいもの」が何かわかってくる。

そうなると、それ以外のものは手放したり、大切なこと以外に時間を使わない選択をするようになる。

人間関係の整理なども起きてくるが、不思議なことに、あなたがやろうと思わなくても不要な繋がりは自然に決裂したりする。ちなみにこの時はまだ目覚めの初期段階のため、そのことに苦しんだり悲しい思いをするが、目覚めが進むごとにすべては腑に落ちていく。

最初の段階ではそんな風に取捨選択が起こり、何を手放して何を大切にしていくかのルールが決まる。

次の段階では、自分の進む道の中で「真摯に向き合うもの」が見えてくる。

「これは今までの仕事とは何かが違う」

「これをやらずにはいられない」

そんな使命のかけらに出会うだろう。人は“本物“に出会った時、意外とキラキラした気持ちにはならない。

浮かれるわけではなく「そうか、これをやるのか」とハラで受け止めるような感じだ。その時あなたはゼロポイントにいる。自分軸を思い出せた瞬間と言えるかもしれない。

使命のかけらに出会うと、今まで自分がこだわっていたことが、いかに自分軸とずれていたかに気づくこともある。

この地点以降、すべては自分軸に基づいて運行していく。(時々再確認のお試しは来る)

3つ目の段階では、「自分が真摯に向き合っていることは、すべてと繋がっている」と理解する。

最初の段階で本当に大事なものとそうじゃないものを振り分けたのだが、

「大事なものだけ大事にすればいいのではなく、あらゆるものと真摯に向き合うべきなのだ」ということに気づくのが、3つ目の段階だ。

最初の段階の振り分けは、主に時間やエネルギーの使い方についてのことだった。

「価値があると本気で思えないこと」に時間を割くことがどれだけ命の無駄使いをしているかの理解だ。いわゆる“付き合い“やお世辞を言うことだったり「普通はこうするのが常識」という自分軸以外の行動に対する気づき。

3つ目の「あらゆるものと真摯に向き合う」の意味は、「自分が関わるすべてに愛と責任を持つ」ということ。

自分の家はきれいに使うのに、公共の場所は汚しても気にしない。

知ってる人には優しくできるのに、店員さんには冷たい物言いをする。

そういうことができなくなっていく。

「すべては繋がっている」ということが体感を伴って理解できるからかもしれない。

あなたの世界はあなたの内側の投影だから、自分を大切に扱えている人は、大切に扱ってくれる人が周りに集まってくる。

いいお客様に恵まれている人は、自分が客の立場の時にいいお客様なのだ。

「差」を取ることが「悟り」だと聞く。世界から矛盾は無くならないかもしれない。だけど少しでも人に思いやりを持てれば、自分の世界は明るくなっていくはずだ。

私たちは自分の振る舞いを法王に見られている。

その法王は空から見ているのではなく、すべてを見通せるあなたの心の中心にいる。


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