Semi-Friend

夜の11時、風呂上がりでさっぱりしていたところに突然電話が掛かってきた。
「どうした?」
「セミっ!セミがっ!」
何故か息も絶え絶えな彼女の話を聴くと、どうやらマンションの階段の踊り場に季節外れのセミが居て帰れないとのこと。
「来てっ!お願いっ!むりィィィ!帰れないぃぃぃ…!!」
今にも泣きそうだったので、しぶしぶ急いで髪を乾かして寝巻きにパーカーを羽織って彼女のマンションまで向かうことにした。
幸いそこまで離れていない、というかほぼ真向かいだ。

マンションの前に着くと、そこには体育座りで半泣きの彼女が待っていた。
「おまたせ、大丈夫?」
「遅いぃぃぃぃ!!」
「これでも急いできたんだから…ほら行くよ?」
相当怖くて腰が抜けたのか、弱々しく腕に捕まって付いてくる彼女が少し可愛いなと思いながら階段を登る。
…居た、階段を登ってきた僕らをじっと黙って見つめている。
恐らくこれは生きてる奴、僕は家から持ってきた傘を振るった。
ジジッと鳴き声を出しながら踊り場の照明に向かって一直線、同時に後ろの彼女もキャーキャーと叫んでいる、これではどっちがセミなのかわからんと一人面白くなっていた。
傘を開いてセミが触れてこないようにしてゆっくりと彼女を連れて階段を登った、言葉にならないうめき声を上げる彼女と一緒に。

「…はぁ怖かった…」
「叫びすぎ、ご近所さんに怒られちゃうよ?」
「ぅぅ…だって怖いんだもん…」
「僕だってセミ苦手なんだから…明日仕事だし…」
「ぅぅ、ごめん…ごめんね…」
そんな瞳で見つめられたら何も言えないじゃないか、と心で思ったけど口にはしなかった。
「でも、でも頼れる人、君しか居ないんだもん…」
「…とりあえず、もう帰るよ」
「うん…ありがと…」
玄関まで送ってもらうと、お礼に今度デートしてあげると言われたので、じゃあ昼飯は奢りなと言うと素直じゃないと怒られた。
分かってる、素直じゃない。
心底嬉しくてそれを隠すためのほんの悪あがきなのだ。
君に呼ばれたら、きっと深夜のファミレスにだってうだうだ言いながらも行くさ。
僕はそう言う、彼女にとって都合のいい人で良いと思ってる。
でもきっとそんなこと言ったら怒られるだろうから、今度のデートでは一歩踏み出してみようと思う。
そんなことを考えていたらさっきのセミにたかられて、階段で小さな叫び声を上げた。
後日ちゃんとバレていて、大いに笑われた。
でも笑顔が見れたから、あの日のセミにありがとうと唱えておいた。
友達から僕は一歩踏み出せるだろうか、季節は少しずつ夏に向かっていた、そんな頃のお話。

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