ショートショート③〜誰かさんの"もしも"の話〜

待ち合わせは決まって夜の9時、駅を出てすぐそこの変なオブジェの前だ。
何が良くてここに置いているのかよく分からないけど、とにかく目立つからここらへんでは格好の待ち合わせスポットになっている。
すっかり季節は冬の装いで、悴むような寒さに肩を竦めながら時計を見る。
「…そろそろかな」
と改札のほうに目を向けるとちょうど電車から降りてきた彼女が見えた、今日は少し疲れ気味みたいだ。
それでもこちらに気付くとパァっと笑って手を振ってくる。
「お待たせ〜、ごめんね寒い中」
「ううん、そんなに待ってないから平気平気」
「そしたら、行こっか」
「うん」
もう手を繋ぐような時期はとうに過ぎ、少し前まで学生だったのに今は2人ともスーツに身を包んで毎日勤労に勤しんでいる。
今日は所謂華金というやつだが、自分たちにはあまり関係のない事だった。

同棲しているアパートは歩いて10分ぐらい、決まって駅のコンビニで買い物をしてから帰る。
「明日休みだから飲んじゃおうかなぁ〜、ねぇ何飲む?ちょっと強いのも行っちゃう?」
「ビール一本でヘロヘロになるんだから、飲み過ぎるなよ」
「分かってるって、いざとなったら介抱してもらえるから安心して酔っぱらえる」
「…それ前提なのね」
調子よくカゴに色々と詰め込んでいく、自分の彼女ながらよく食べる上にスタイルが良い、よくモデルに間違われる。
「…あ!新作のアイス!これのCMに出てる子達可愛いんだよねぇ〜、名前なんて言ったかな…」
「あー、なんとか46だっけ?確かに可愛いよな」
「…私とどっちが可愛い?」
「さぁ、どうでしょうねぇ」
テキトーにはぐらかすと彼女は少しだけ膨れっ面をする、その頬を手で萎ませるまでが一連の流れだ。

たくさん買い込んだ袋を持って家路に着く。
「重いでしょ、手伝うよ」
そう言って彼女は袋の持ち手を片方を手に取って、2人で1つの袋を持って帰る。
冬は空気が澄んで星空がよく見える、今夜は月も綺麗だ。
「あ、オリオン座だ!」
見た目でしっかり物のイメージをよく持たれるが実のところは年相応というかむしろ結構やんちゃで、そのはしゃぐ姿は少し子供っぽいところもある。
でも鼻筋がスッと通っていて、瞳が大きくて、たまにまじまじと見てはその綺麗さにびっくりする。
「…何見てんの?」
「ん、綺麗だなって思って」
「え〜、もっと褒めて褒めて〜」
はしゃぐ彼女の動きに合わせてビニール袋がガサガサ音を立てる、ただそれだけなのに心地良い。
今夜は一緒に映画でも見ながらお酒を飲んで、眠たくなったら自然と起きるまで目覚ましもかけずに寝よう。
もし愚痴があるなら、たくさん聞こう。
酔っ払って先に寝るのは彼女だからその寝顔を見てから寝るのは自分の特権だ、そのかわりベッドまで運ぶのは自分の役目だ。
ささやかだけどこの上なく幸せな時間が待ってると思うと足早になる、だけどもう少しだけゆっくり歩いてこの時を噛み締めよう。
この帰り道も、一緒に帰るこの時も、同じくらい幸せだからだ。
夜空に浮かぶ月が照らす彼女の横顔は、それはそれは綺麗だった。

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