On my way

私は歩く、この道を。
どの道かって?それは帰り道だ。
今日は最寄り駅の三つ前で降りて歩いている、散歩は気持ちをリセットするには最高の時間だからだ。
特にふがいなさや悔しさを感じた時は尚更歩きたくなるものだ。
今日は何もうまくいかなかった、そもそも朝ごはんに作った目玉焼きの黄身を不意に破いてしまった時から全然ダメな一日だった。
ダンスの振りは間違え、ボイトレの時は音程が合ってないと怒られ、お昼ご飯のオーベルジーヌのカレーをお気に入りの白いブラウスにこぼしてしまった。
いつも持っている染み抜きも今日に限って忘れてしまって、私はこの帰り道を点々と黄色く染まったブラウスを着て闊歩している。
とにかく、今日はむしゃくしゃしている。
夜ごはんくらいは好きなものを食べよう、お米だって普段は我慢しているけど茶碗に山盛りにして食べてやる。
お風呂上りにアイスを食べてやる、とびっきり甘いやつを。


ふと見上げると今日はよく晴れていて、夕焼けが沈みそうな、青と赤が溶け合う夜空に小さく月が輝いている。
「あぁ、私のこの気持ちも空と溶け合って消えてなくなればいいのに…」
ついでにシミも…と思ったがこれはクリーニングに持っていかねば消えないあろうと急に妙に冷静になった。

誰かの前に立つ、みんなの真ん中に立つ、知らない間に気負いすぎて押しつぶれそうな心を無理やりに奮い立たせていたここ数日は、毎日散歩して帰った。
膨れ上がって爆発しそうな心は、歩き疲れた頃にはしょぼしょぼとしぼんでいるのが分かった。
でもあくまでそれは一時凌ぎで、夜になれば悶々とした誰にもぶつけられないなんともいえない気持ちが頭の中に溢れて眠れなくなる。
そうなると朝は目覚めが悪いし、そんな日は決まってだいたいうまくいかない。
特効薬なんてない、慣れるか、無視するか、はたまた…と考えたところで何やら良い匂いがしてきてたまらず辿り着いたのは近所の肉屋だった。

「ほら、そこのお嬢ちゃん、コロッケ食うかい?」
揚げたての良い香り、ここにソースをかけたらさぞかし美味いだろう…だがしかし、だがしかし、揚げ物…吹き出物…カロリー…ぐぬぬ…
2秒迷ったがすぐに100円を払って店先のベンチでかぶりついた。
もう、今日考えていたいろんなモヤモヤが馬鹿馬鹿しくなるぐらいうまかった。
肉屋のおじさんは満足気な表情で何かが入った袋を私に差し出した。
「ハムカツ、サービスな」
慌てて財布を取り出すもいいからと言って聞かなかった。
「あんたの幸せそうな顔見てたら、もっと食べてもらいたくなってさ、また来てくれよ。」

コロッケを食べていた私の顔はそんなに幸せそうだったのか、とハムカツを抱えた帰り道に少し恥ずかしくなった。
案外特効薬ってこんなもの…?
いや、これもまた一時凌ぎ。
でもこんな一時凌ぎなら、まぁいいかとそう思えるほどにいつのまにか心はふわっと軽くなっていた。
芳しいハムカツの香りを嗅ぎながら、せめてサラダは山盛り作ろうと夕焼け空に浮かぶ小さな月に誓った。

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