Spring

春は出会いと別れの季節、なんてのは誰が最初に言ったんだろうか。
確かにそうなんだけど、改めて言葉にするとその言葉の重みというか…感じることがあるなと思う。

うちの学校は古風な学校で、卒業式は仰げば尊しを歌うのが常識で、白い光の中に〜と歌うあの曲が少し羨ましかったりもした。
いかにもさよならの曲だから、無理矢理にも切ない気持ちに心と体を持ってかれるのはどうも癪だった。
とは言え、今日の僕にはまた別の感情が乗ってしまい、視界が霞んで、体育館に注ぐ春の日差しが妙に神々しく見えた。

クラスの集合写真も撮り終えて各々文集に寄せ書きを書いてもらったり思い思いの時間を過ごす中、僕はそれに目も暮れず彼女を探した。
見つからず休みに来た教室にその姿を見つけた。
制服のブレザーの胸ポケットに小さな花を挿して窓辺の席でただ向こう側を覗く彼女は僕が入ってきたことに気付いているはずなのにだんまりしていた。

「黄昏てんの?」
「ううん、なんか実感湧かなくてさ。」
「そんなもん?」
「だってさ、学生終わっても制服は着れるじゃん?」
「…わけわかんない笑」

そう言うと確かにと言ってハハハと笑った。

「そもそも、もうこの教室にもさ、来ないわけじゃん。」
「うん。」
「もうさ、無駄に駄弁って笑ったりとかさ、あの授業怠いとかさ、話せないわけじゃん。」
「うん。」

かっと暑くなった頭の中を冷ますためなのかどうかは分からないが、言葉は途絶えなかった。

「放課後に待ち合わせてさ、一緒に帰ったりさ、」
「うん。」
「帰り道にどっか寄ってさ、そんなこともさ、出来なくなるわけじゃん。」
「そうだね。」
「そもそも、こうやって面と向かって、話せなくなるわけじゃん。」
「…うん。」
「誰かの、誰かのものになっちゃうわけじゃん。」
「それはまた違うよ。」

そう言うとまたハハハと笑った。
何故か涙ぐんで必死になって言葉を並べる僕の姿がどうも馬鹿馬鹿しく見えて来ていたけれど、どうにも収まりの効かない僕を制すように一言彼女は言った。

「夢に向かって歩くのは、きっといろんなことを捨てて行くことになるんだと思う。」
「でもね、きっと、忘れないから。」
「これからの私は、きっと今の私を忘れないから。」

スッと立ち上がって、1人ぐしゃぐしゃになった僕を抱きしめて君は言う。

「ありがとう、心から愛してくれて。」

彼女はこの春高校を卒業して、そうしてこの春アイドルになる。
烏滸がましくも僕だけの君だった彼女は、名前も知らない大勢の誰かの君になる。
悲しいんじゃない、悔しくもない、だけど今は心の底から喜べない自分がいる事がもどかしい。

「ねぇ、写真撮ろうよ。」

ベランダへ向かう彼女の後をとぼとぼと追いかけたその先には満開を少し過ぎて散り始めた桜が僕たちを迎え入れた。
うまく笑えない僕とそれを見てまたハハハと笑った満遍の笑みを浮かべた彼女の不恰好な2ショットが撮れた。

「僕にも送ってね。」
「やだ、私だけのものにする。」
「僕にも思い出ちょうだいよ。」
「形に残したらそこで終わっちゃうから、刻みつけて。」

そんなのずるいよと口にしようとしたところで、先に彼女がこう言った。

「今だけは、私だけの君で居て。」

やっぱりずるいやと口にするのをよして、僕は黙って頷いた。
桜の花よりも綺麗な君を暫く引きずるぐらいに胸に刻みつけて、春が終わって夏が来る頃にまた、きっと君を思い出して寂しくなるだろう。

春は出会いと別れの季節なんて誰が言ったんだろう。
僕は今日一歩進んで夢にときめく君に出会えた。
それもまた悪くはないなと思えたら、今日初めて君の笑顔が可愛く見えた。

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