ショートショート①

「寒いね」
「何?手繋ぎたいの?」
「誰もそんなこと言ってない」
「何?照れてんの?そういうとこ可愛いよね」
わざわざ顔を覗き込んできてケラケラと笑う君が少しだけ憎たらしい、なんて言った暁にはどうなるか容易に想像できたから直ぐに考えるのをやめた。
「ねぇ、らーめん食べよ」
そう言って少し寂れた食堂に2人で入ると、少しだけ迷ってやはりらーめんを頼んだ。
なんて事ない、醤油味でなるとと焼き豚とメンマと、ほんの少しだけネギが乗っかっている。
ふぅふぅと冷ましてから、すすった麺を頬張る。
口いっぱいにするからいつもおいしいがおいひぃになるところは、相変わらずだ。
「今度はいつ帰ってくるの?」
「うーん、わかんないなぁ…どうなるかわかんないからさ」
「なんかあったら連絡してよ、駆けつけるからさ」
「お、頼もしいねぇ」
今度はニコニコしながらこっちを覗き込む。
「ありがと、本当にダメになったらそうする」

もう少しだけ雪が降り始めていた、季節はもうすっかり冬で手袋をしても指先が悴む。
コートのポケットに手を突っ込んで暖めていると、そこにスルッと彼女の手が入って来た。
柄にもないことをするな、なんて思っていたら見透かしたように彼女は言った。
「正直さ、ちょっと寂しいんだよね」
先に手を入れて来たくせに、居場所を失くしたように動かない手を少しだけ強く握り締めた。
小さな声でありがとうと言うのを、僕は聞き逃さなかった。

駅に着くと、改札の前で少しだけ電車を待って、その時が来るのを待つ。
何も喋らないこの時間が少し寂しいけれど少しでも長く長く続けと願う僕の想いは虚しく、時間は刻々と迫る。
電車が参ります、と言うアナウンスは凄まじく喧しかった。
一緒に立ち上がって改札を通るその前に振り向いて彼女は言った。
「ちょっと目瞑って」
黙って従うと頬に少しだけ柔らかい感触があった。
その感触を噛みしめるようにゆっくり目を開けると彼女はすでに改札を通り抜けていた。
頑張れよと声に出すのを躊躇っていると、またしても見透かしたように振り向かずに彼女は頭の後ろでピースを作ってこちらに向けた。
声に出すことを諦めて心の中で強く強く祈った。
届いていなくても、きっと伝わる、そんな気がした。

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