Vampire

赤はとても綺麗な色だと彼女はよく口にする。
心を掻き立て、ざわつかせ、覗き込めばどこまでも深い真紅の世界に見惚れる、と。
正直人間の僕には到底理解できることではなく、てきとうな相槌を打ちながらさくらんぼのゼリーを蕩けるような瞳で見つめる彼女を尻目に一口で頬張った。

「ぁぁぁ!」
普段は絶対にしないのに指を指して僕に向かって叫んだ。
「早く食べなよ、美味しいよ?」
「何にも分かってない…この美しさを無碍にするような食べ方して…」
分かりやすく肩をすくめてため息をつくと、彼女は気を取り直して愛おしそうにゼリーを口にした。
ビリビリと足先から頭のてっぺんまで電流が走ったのではないかと勘違いをしてしまうほど目の前でビクつく彼女に思わず怪訝な目をしてしまったことは、バッチリバレていた様で。

「何見てんのよ」
「…すんません」
「でも言われてみればただの美味しいさくらんぼのゼリーだわ、これは」
「それはそうでしょ、なんだと思って食べたのよ」
「皆まで言うでない」
急に冷静さを取り戻した彼女は僕を置いてけぼりにして、栞を挟んだ文庫本をまた開いて静かになってしまった。

彼女は本の虫、であり吸血鬼だ。
もっとも、先祖から血を分けすぎたせいでその因子はもはや風前の灯の様なもので、陽の光に当たっても燃えないし、血も吸わない。
しかし赤いもの、赤っぽいものには目が無く、彼女の私物はだいたい赤色だ。
カエルのぬいぐるみに献血くんと名付けるくらいだから、流石に可愛げないぞとツッコミを入れようか迷ったけど、普段は出さない低い声と鋭い目つきが脳裏によぎったところで僕は考えるのをやめた。

本を読んでいる時は無口だ。
目の前の文章に集中している。
僕はそんなに本を読まないから、そしてほったらかしにされるから、彼女を見ているといたずら心が芽生えてくる。
あとで怒られるのは承知の上だ、そもそもいたずらって悪戯って書くぐらいだからそりゃあ当然のことなのだ、と言い聞かせて彼女の足の裏をくすぐってみる。

とても、とても怖い目で僕を睨む、が直ぐに本に視線が戻る。
仏の顔は三度まで、と言うなら吸血鬼の顔は何度までなら許されるのかとくだらない事を考えながら僕はまた足の裏をくすぐる。
今度は目の奥がギラっと光った、怒ると赤く瞳が光るのだ。
彼女曰く威嚇らしい、普通の人間なら怖がってそれで近付かなくなる、とのこと。
生憎僕はこんな性格だからそれにもビビらずこうしてそばにいる、そしてもう一度足の裏をくすぐってみた。

「…!?」
牙を剥き出しにして首元に掴み掛かられる、頸動脈辺りを甘噛みして、青筋を立てて彼女は無言で僕を怒った。
とても物騒な瞬間かもしれないけれど、彼女はもう血は吸わないし、因子が消えかかっている吸血鬼の血は恐らく仮に血を吸われたとしても僕には残らないだろう。
それは彼女も分かっている。
この一連の流れは僕たちの愛情表現なのだ。
僕が鼻息を鳴らして目を真っ赤にして怒る彼女を抱きしめてごめんねと言うと、スッと普段の表情に戻ってううんと言って、お互いに背中をさすりあう。
見た目も何も僕たちと変わらないのに、彼女の中には確かにその血が流れているのだと感じる瞬間がこうしてたまにある。


「そろそろ行かなくちゃ」
「そうだね、親も帰ってくるし」
「また明日遊びに来るね、またゼリー持ってきてあげる」
「うん、待ってる」
そうして短い会話をして、僕は早足で玄関へ行き靴を履く。
出掛けに短いキスをして、階段を早足で降りると裏手のフェンスをよじ登って家路に着いた。
今だに古い慣習で人と交わってはならないというしきたりがあるらしく、見つかったらこっぴどく叱られるからだ。
とは言ったものの、彼女の家系は鼻がいいらしいので恐らく僕の匂いがする部屋に入ればきっと僕がここに来ていることは隠し通せないだろう。
それでも何も言わないのは勝手に僕は許されているのだと思っている。

夕方五時のチャイムが鳴ると、ちょうど小高い丘の上にある彼女の家の前の坂を下る途中綺麗な赤い夕焼けが見れる。
血は交わらないけれど、たしかに彼女は僕の意識や心に染み付いているのだと実感するこの瞬間が、結構好きなのだ。

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