歴史は占いよりも当たる

〇歴史は占いよりも当たる

 二十世紀の最初の十五年は、前世紀の惰性が続き、列強の軍拡競争を見ても、「まさか実際にあの兵器を実用することはないだろう」とタカをくくっていた。ひょっとして二十一世紀も、十五年くらい惰性が続き、「まさかあの核兵器が実用されたりはすまい」と、「めとり、とつぎ(娶り、嫁ぎ?)」などを続けるが、諸君が四十歳近くになる二〇十四・五年あたりは危ないかも知れないぞ。
                 「争う神々」長尾龍一 1998年

 2014年にまさにロシアがクリミアに侵攻しました。ヒトラーがズデーテン進駐したとき、そこで終わりと欧米の指導者たちは思っていました。それと同じように世界中のだれもがそれ以上のことをプーチンはしないだろうと思っていたらヒトラーがポーランドに侵攻したようにウクライナを併合すべく戦争を始めました。 

 21世紀に入りグローバル経済では相互依存の経済至上主義で戦争など後進国でしか起こらない、と先進国のだれもが思っていました。常任理事国でG8の加盟国ロシアも最初の10数年は権威主義的国家とはいえグリジア(現ジョージア)と国境紛争に短期間軍事力を行使する程度で済んでいまし、チェチェン紛争もあくまで「内戦」でした。
 まさかクリミア併合に飽き足らず他国を丸ごと併合しようとするような戦争はしないと世界中のほとんどの人が2022年の侵攻まで思っていました。おそらく第1次世界大戦のごとく戦争指導者と同じようにプーチンは「木の葉が落ちるまでに戦争は終わる」と軽い気持ちで戦争を仕掛けたのでしょう。そして予想外の苦戦に一番驚いているのはプーチン自身でしょう。軍部の高官たち戦争に消極的だったようですが、おそらくロシア軍の腐敗にまみれ装備の横流しや予算の横領とかに彼ら自身もかかわっていたりするのでその実態が白日の下にさらされることがわかっていたからでしょう。戦争開始の意思決定はプーチンの周りのKGB出身のお仲間たちで決定されたそうですが、ソ連のアフガン侵攻もKGBなどの政府高官の一部の人間が決定し軍部は輸送能力の問題から反対していたそうです。こういう他国侵攻に当たって政権の中枢の仲間内で都合のいい情報のみで判断するのはロシアのお家芸のようです。
 さて茶番の大統領選挙においてプーチンの当選は確実でしょうがとうにロシアの男性の平均寿命を超えているプーチンは任期途中、息切れで引退かくたばってくれれば世界は平和になります。
 そのあとメドベージェフのような民主的とはいいがたいが少なくともプーチンのように神懸って「ウクライナはロシアの故地だからロシアのものだ」みたいに戦争を仕掛けるようなタイプではない政治家が後を継げれば上出来だと思います
 問題は今戦っているウクライナの人とロシアの人が戦争終結後どのようになるかです

〇歴史は繰り返す。何度も悲劇として。

 保護の中にあった生活から急に戦争の恐怖の体験の中に置かれて、私は否応なしに政治について考えるようになった。戦勝の可能性が遠のくにつれて、私はどうしてこんな大殺戮が必要なのだろうかと疑った。更には、自国の戦争目的の正当性についての疑念も湧いてきた。それというのも、私は非合理にも、正しい方が勝つとばかり信じていたのに、我が国の勝利が疑わしくなってきたからである。

 これは今現在ウクライナの塹壕にいるロシア兵の手記ではなく第一次世界大戦に参戦したドイツの青年アルフレッサ・C・オプラーの手記「日本占領と法制改革」からの抜粋です。戦後、彼はワイマール共和国で裁判官となりました。だが彼はユダヤ系だったのでナチスが政権を獲得後に罷免・迫害されました。その後もドイツにいてそのうち情勢が変わると思っていたらいよいよ身の危険を感じ1939年にアメリカに亡命しました。その後日本の占領統治していたマッカーサー司令部に請われ民政局にて大日本帝国の法律のベースとなっているドイツ法の専門家として「占領軍と日本法曹界の媒介者」の役割を果たされました。
2022年の開戦時にウクライナに侵攻したロシア軍兵士は20歳前後の若者の兵士が多かったといわれます。国家にとってだましやすく熱狂しやすい若者が「正義」のため送り込まれたのでしょう。
 第一次世界大戦当時のドイツの青年たちも「野蛮な」ロシアからドイツを守るために兵役に志願しました。しかしなぜか西部戦線のベルギーとかフランスに送り込まれたり苦戦する同盟国の支援のために中東に送り込まれたりしたので、これは祖国を守る戦いなのかと疑問に思いながら敵前逃亡は即銃殺なのでやむをえず「侵略者」を続けなければなりませんでした。
 今ウクライナの塹壕にもオプラーのような人になりうるロシアの若者がいてプーチンがくたばったあとのロシアを自由民主主義の国家に導かせる人材がいるかもしれないと思うのはあまりにも楽観すぎるでしょうか。
ロシアもかつてのドイツや日本のようにぼろ負けすれば強制的に民主主義が根付かせることができると思うのですが、中途半端に負けたり勝てなかったりするとそれはそれで厄介です。第一次世界大戦後のドイツは「背後からの一撃」つまりユダヤ人が裏切り行為で負けたのだという主張が受け入れられてしまいました。そしてユダヤ人マルクスがひねり出した共産主義から国を守るためにナチスを許容しヒトラーに権力を与えたドイツ人と同じように再び独裁者が登場する素地ができてしまいます。曰く反体制派や民主活動家が西側と通じていたからロシアは勝てなかったのだ、と。それが受け入れられてしまいそうなロシアの将来はあまり明るいものではないでしょう。
 ウクライナも今時点で戦争継続に疑問を持つ和平派の人がいたら親ロシア派とみなされ袋叩きに合ってしまうでしょう。ミサイルで家族や友人を戦地で多くの若い男性が命を奪われている中で領土を奪われたままのロシアの有利の和平はまるでそれらをまるで無かったかのようにすることに等しい、と思われても仕方がないことです。奪われた命は戻らないこれ以上犠牲を増やさないことを最優先すべきだ、とは当事者以外の外部の無責任な人間の無思慮な発言のようになるようで虚しいです。

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