知らない恋のはじめ方①

 「くっそ、意味わかんねっ」

昨日、1年間付き合ってた彼女にフラれた。
1年も一緒にいてたのに理由が「つまらない」の一言。
むしゃくしゃする。
「イライラ呑んでたら悪酔いするぞ」
俺の隣で正人が呆れ顔でそう言った。
彼女との約束を破ってまでヤケ酒に付き合ってくれる優しい同期だ。
正直、ここ最近彼女といるより正人と一緒にいる方がなんだかホッとした時間を過ごせているような気がする。
「次いけ、つーぎ。
ほら、受付の真奈美ちゃん?可愛いって言ってたし、今度デート誘えよ。」
綺麗に整った眉と切れ長の目が優しく細められる。ワイングラスを持ち上げる指も長くて綺麗だ。こんな洒落たショットバーが似合うイケメンかよ、とあらためて思い知る。
「お前みてーにモテねーもん。」
「それも、そうだな。」
「……うっせ。」
中途採用同士でたまたま同い年の28歳で半年先輩の正人とよく飲みに行く様になり、すぐに仲良くなった。
なんだろう……親友というかめちゃくちゃ居心地がいい。ズバズバ言いたい事をお互い言うけど、素直に受け取れるし、腹も立たない。
一緒の空間が心地よくて彼女より、正人と一緒に居る事を優先していたのも別れの原因だったのかもしれない。たぶん、正人も一緒じゃないだろうか。
なんだかんだ言いながら彼女より優先してくれる事が嬉しかった。
小さくブブッと音がして正人が「あっ」とスーツの内ポケットからスマホを取り出した。
愛しそうな顔でスマホを眺める正人を見て着信の相手に気付いてしまう……。
「真希ちゃん?」
「うん……今からでも会いたいってさ。」
最近の俺はおかしい。
正人が真希ちゃんの話をする度、いい気がしない。チクチク胸が痛くなる。
「じゃ、もう出るか?」
少しぶっきらぼうに言い放ってしまった。
そんなつもりないのに……。
「龍樹は大丈夫なの?」
じっと俺を見つめながらそう言う正人に、またチクってした。なんだこれ?
キッチリまとめた髪にピシャッと軽く叩くように触れた。
「いいのかって今日は真希ちゃんとそもそも約束あったんだろ。ごめん……。」
俺って、どこまで自分勝手なんだろ。
彼女と別れて寂しいからって、このまま、まだ一緒にいて欲しいなんてダメだ。
そう、自分にいい聞かす。
真希ちゃんは、今風のギャルでめっちゃ美人で正人の事がめちゃくちゃ好きだ。
正人もそんな真希ちゃんをすごく大事にしてる。俺と正人が知り合って3年くらい経つけど、歴代の彼女の中で1番大事にしてるんじゃないかな?
俺との方が付き合い長いのに……って最近そんな事を思ってしまう自分に戸惑っていた。
バーを出て少し歩く。
タクシーを拾いに道路沿いに向かう。
「なぁ、やっぱり俺ん家で飲み直すか?」
薄い唇が優しくそう言った。
チクってしてた所が急にふわっと軽くなる。
なんなんだろう……どうしていいか分からなくなる。最近の俺はおかしいんだ。
「なっ……に、言ってんだよ。
真希ちゃんとこ行けよ。ごめんって代わりに謝っといて。」
なんだか悪い思考を覗かれてそうで正人の視線から目を逸らす。
ポンっと頭に正人の手が触れた。
「いいの?本当に。」
じっと真っ直ぐ俺を見てくる。
なんだよ……訳わかんねぇ。
最近の俺たちはおかしい。
こうやって何か言いたげに真っ直ぐ見てくる正人が時々いる。
その度にどくどく心臓が痛いんだ。
俺たちは男同志で同期でただの親友だ。
正人には真希ちゃんという彼女がいてラブラブなのも知ってる。
けど、俺を優先してくれる事に優越感を感じて得意気になっている自分がいて、そんな自分に自分が理解出来ず困っている。
けど、一緒に居たくて……
真希ちゃんがチラつく度にチクチクして……。
向こうからタクシーがこっちに向かって走ってきたので思わず手を挙げた。
「えっ、龍樹。ちょっと……」
「ほら、タクシー来たぞ。じゃぁなっ」
なるべく正人を見ないようにして背を向けて駅前へと早足で向かう。
これ以上は、ダメなんだ。
そう思う。
けど、「これ以上」ってなんだろう?

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