知らない恋のはじめ方④(正人ver.)

今にも泣き出しそうな顔が視界に入って思わず抱き締めた。

ずるいと思う。

さっきまで真希と話して、いま、こうやって龍樹を抱きしめている俺は、ずるい男だ。

今の俺は真希の彼氏だ。

こんな事をする資格はない。
だけど、自然と身体が動いてしまった。
こんな気持ちをどうすればいいんだろう。

初めてだった。

俺は、女に困ったことがなかった。

簡単で便利だった、何時だって。
誰かが「好きだ」と、近づいてきて認識したら自分の気持ちも好きに近づけていけば簡単に恋愛が出来た。楽だった、それが。
何時だって恋愛は簡単で楽しんでいた。
彼女が出来ても簡単に他の女の子とも遊んだりしていた。深く考えた事も無かった。

だけど、龍樹はどうだ?
同僚や、親友以前の問題で男同志だ。
今まで男に興味を持った事もなければ考えたこともなかった。考えたくもなかったくらいだ。
それなのに、龍樹はそれを平然と超えて深く、俺の心に染み込んできた。

真希がいるのに……。
俺はどうしたいんだ。
こんなカンタンに抱きしめていい事なのかも分からない。女なら簡単だ。
抱きしめて好きだといってしまえばおわりだ。
けど、龍樹は男でそんな事をカンタンにしてもいいのか……。

いつの間にか、スースーと寝息をたてて龍樹が俺の腕の中でねむっている。
ドクンドクンと心臓が跳ねる。
目の端に涙が溜まっているのを見て堪らない気持ちになる。けど、この先を知らない。
きっと龍樹も、どうしていいか分からなくて、あんな表情を見せたんだろう。

「龍樹……。ここで寝るの?…ん?」

微かに瞼がうごいたが起きる気配はない。
「……しゃーねーなー。」
体制を変えて動かそうとしたが、女とは違うズシッとした重さに龍樹が男だと改めて思う。
男という認識で龍樹を感じるのではなく、
龍樹という存在を噛み締めてからの男を感じる。
なんとかベッドに寝かせてみた。

「はぁ……可愛い寝顔だな。」

口が少し開いたまま無防備な寝顔にすこし笑ってしまった。
この愛しく思う気持ちを言葉にしてみたいと思う。簡単だけど、認めてしまうと戻れなくなる。俺も龍樹も……。
進めてしまったら、どんな覚悟が居るんだろう。分からないから怖い。
こんな俺たちをふつうに接してくれる人達は居るのか?いやいや……その前に真希だ。

真希は今までの彼女の中でも1番大切な存在だと何度も思った。浮気もしなかった。
結婚するならこいつかもと思っていた。
そう……思っていた。

いつの間にか、過去形になる。

龍樹の隣で寄り添うようにベッドに入る。
思わず頬に触れる。
わかんねー。
わかるのは、俺は最低だって事だ。
やってる事も思っている事も中途半端だ。
龍樹の寝顔を見ながら、頭がグルグルと色んな思いが巡ってよく眠れなかった。

次の日、8:30に客先へ出向きラベル貼りを必至にした。龍樹は無口だった。
酔っ払ってたけど、昨日のことをうっすら覚えているらしく恥ずかしいのか気まずいのか、よそよそしい態度を取ってくる。
そんな態度が可笑しくて、ふいに笑ってしまう俺を恨めしそうに睨みつける龍樹がやっぱり可愛いと思ってしまった。

会社に戻り、溜まっていた仕事を片付けると夜の9時は過ぎていた。
普段から何かと仕事を押し付けられている龍樹はまだ終わらなさそうで手伝おうとしたが、さっさと追い返された。
少し寂しそうな表情で「鬱陶しいから、早く帰れよ。」と、言う。そういうとこ、ほんと参る。

マンションに着いて玄関のドアを開けると真希が飛び出して抱きついてきた。
「おかえりっ」
「おっと、……ただいま。来てたのか。」
「うんっ。」
ドキッとした。今の俺の気持ちを見透かして突然やって来たのかと思ってしまう。
「まーくん、ひどいよ~。一昨日はデートすっぽかして昨日は何にも言わずお泊まりでどっか行くし~。寂しかったんだからっ!」
腰に回した手をぎゅっと力を入れ可愛い声で甘えた様に恨み言を言う。
「うん、ごめん。」
真希の頭を軽くポンポンと叩く。
ふいに顔をあげ俺を見上げて目を閉じた。
キスしろって合図。
いつもなら何のためらないもなく唇を重ねてた。けど、昨日確信したんだ。
中途半端な気持ちで龍樹にも真希にもいい加減な事は出来ないって。
「真希、ごめん。」
「何?」
不機嫌そうな表情で見ている。
「これ以上、一緒にいれない。」
真希の瞳が大きくなって、目からみるみる涙が溜まってくるのが分かる。
俺はこんな 風に振ったことなんかなかった。
もう少し上手く対処できる男だったはずだ。
「わ……別れっ、別れたいって事?」
「うん。」
「……ど……ぅして?」
「真希の事、1番に考えれなくなった。こんな俺が真希と一緒に居るのは失礼だ。」
「あたしより……好きな人が出来たって事なの?」
「……うん。」
気まずい空気が流れる。
自分勝手だけどこの気持ちのまま真希と居ることは苦しいし、無理だと思った。
初めてだった。
真希が大事だった分、きちんとしたいと思ったのと同時に、いつも真面目で一生懸命な龍樹の事を考えたら不誠実な事なんか出来ないと思った。
こんな、俺がだ。
男に恋をする事もはじめてなら、こんなに好きだと思ったのは初めてだった。
相手を意識し過ぎてどう行動すればいいのか分からなくなるなんて初めてだった。
「あたしと別れてその子と一緒になるの?」
震える声が刺さる。
「……まだ、分からない。ちゃんと考えて……」
「何よ、それ!!」
俺の言葉を遮って真希が叫ぶように俺の腕を掴んだ。
「あたしとの別れは簡単に答えを出せるくせにその子の事はそんな慎重に考えるほど大事なの?」
「……。」
何も言えなかった。
「……黙んないでよ。むかつく。」
「……ごめん。」
「……あたし、何となくわかる。正人の好きな人。
あたしじゃなくてもわかるんじゃない?
……最近、たつき、たつきって……。」
「…………。」
「……へー…カマ掛けたの半分だったんだけど……マジなのね。」
俺を見上げる顔がぐしゃぐしゃの泣き顔になったかと思うと強く抱きついてきた。
「目を覚ましてよ!たっちゃんは男でしょ?もし、一緒になれたとして幸せになんかなれないよ?あたしと一緒に居ることが何倍も幸せになれるよ!!何でわかんないの!?」
真希の言葉が胸に刺さる。
分かってる。
俺と龍樹が一緒にいて、普通の恋人同士と同じ様に手を繋いで歩いたら周りから奇異な目で見られることを。
仲のいい友達さえそんな目で見るかもしれない。
いつかは、結婚して孫を夢見てる両親を悲しませる事を。
……それでも、好きだって思ってしまう事は悪い事なのかもしれない……。
だけど、一緒にいたいと思ってしまう。
「ごめん…。」
ぴくっと少し跳ねてそっと俺から離れた。
再び見あげた表情には怒りが滲んでみえる。
「……許さないから、あたし。男に彼氏盗られるなんて冗談じゃないわよっ。」

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