村井理恵子

フリーライターです。某ラジオ局で企画、原稿を書き、実務系出版社で編集を。アルコール依存…

村井理恵子

フリーライターです。某ラジオ局で企画、原稿を書き、実務系出版社で編集を。アルコール依存症に罹患。精神病院隔離室体験。精神雑誌に掲載。刑事裁判を追い、亡き父に法律を伝授される。性別、思想枠を考え、リアルを書く。一人で取材し、突き詰め、客観視。村井理恵子です。

最近の記事

蛇女の罠

蛇女の罠                             村井理恵子    その男と八年ぶりに逢う約束をした。一ケ月前に医療刑務所から出所した男に、これから社会で適応できるように言葉をかけて欲しいと、男の妻から頼まれた。わたしはその男と濃密にかかわった半年余りのことを、自分の体内では抹殺していた。無理矢理そうしたのではない。まず男の体臭を忘れるようにつとめ、腹水で突き出た腹を脳裏から引き剥がし、次に髭と独特の目の色――自分

    • こんな人がいた(壱)

      こんな人がいた。 「はじめまして。担当看護師の谷岡と言います」  男は四十歳すぎ、メタルフレームの眼鏡が似合い過ぎる瞳は、刃のように澄み切っている。 「ここは、疲れた人が休む場所です」  わたしは疲れてなどいない。ポジティブで、かつ慎重だ。博が自分と暮らすための訓練だと思えと言うので、従っただけた。  博のために前進あるのみ。 「食欲がなければ、売店で好きなものを買ってみたらいかがでしょう」  お菓子は嫌い。本が読みたいが、コミックしかない。 「新聞があれば買います」 「検討

      • 映画「ルックバック」取り扱い注意❓

        「ルックバック」を観終わったとき、「おまえら、甘いんだよ。人間、そんな単純じゃないんだよ。何が、自分が漫画に誘ったから、相棒が死んだ!それは罪悪感じゃないんだよ!自己弁護、自己陶酔っていうんだよ!」と、叫ぶところだった。  確かに構成もオチも素晴らしく考えられている。今だに、上映館は増えている。今更、あらすじを解説する必要もないだろう。  自分が小学生、学生、社会人のときとは、時代背景は全く違う。 藤野の子供の優越感は理解できる。しかし、ひきこもりとされている京本が、学校新聞

        • 依存症精神病院体験断片集①

           依存症専門精神病院は、八十%がアルコール依存症、十%が覚醒剤依存症、五%が双極性障害、五%が鬱病に仕分けられる。長く入院していると、各症例の特徴を把握できる。  自分はアルコール依存症で重症と、主治医から烙印を押されたが、病院内では冷静かつ客観視のできる状態だった。入院したのは年末。まず閉鎖隔離病室で拘束されたが、その模様は後述する。    まず怯えたのは覚醒剤患者に対してだ。当時四十五歳、本格的な覚醒剤とは無縁であったし、周囲にも体験者はいない。しかし、患者の彼女の雰囲気

          絶え間なく巡る水面(みなも)に新しき生命の歩みを 村井理恵子

          1   暗い時間が、静かに、着実に肥っていく。部屋には食べるべき時間が満ちていく。時間は身体の中に押し入り、積もっていく、雪のように。雪は溶けて、夥しい数の煌めく粒を持つ水になる。その色を見るのは誰かーー。  カンヴァスの前の背のない丸椅子にすわっている遠野海里に、尾長鶏(おながどり)の尾のような陽ざしが振り注いでいる。五年間、冬らしい冬を味わっていない。それはどの季節も同様で、空調機のリモコン画面が暖房や冷房に切り替わるだけ。陽を浴びていると、焦りも矜持も、もはや失った

          絶え間なく巡る水面(みなも)に新しき生命の歩みを 村井理恵子

          サンダカン八番娼館 望郷        四十五年後に再び観る

          #映画にまつわる思い出  十七歳の感想  からゆきさんとして売られたサキが、現地人との初商売で、貫かれた瞬間、影のない硝子のような眼から噴き出した涙で胸をえぐられた。性を大人へのステップと考えていた大人のつもりの自分の甘さを突かれた。その後のサキの割り切った商売は、理解できると感じた。 彼女の初恋は、結婚の約束までしながら、男は不実ではなかったが、実らなかった。しかし観ていたわたしは醒めていた。娼館の経営者が死亡し、君臨していたおキクさんがサキたちを引き取るが、二人だけは無

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