昨日のこと。

久々に「恋仲」を見た。

無料配信をしていてせっかくだし、夏だから。魔女宅とコラボしているマックのハンバーガーを食べながら見た。ポテトが美味しい。

第一話の始まりからTHE月9だった。
足元のカット。OLで入る福士蒼汰の声。ガラス玉みたいな弾む音楽。本田翼の笑顔。
恋仲だーと思った。そりゃ恋仲だから、恋仲なんだろうけど。めちゃくちゃ恋仲だった。

久々に飲むファンタはなんだか甘ったるくて。
それもそれでポテトに合って美味しい。本当にマックは偉大だ。

個人的には恋仲よりも「好きな人がいること」の方が好きだった記憶がある。
とにかく山崎賢人が好きだった。ただそれだけ。ただただ山崎賢人が好きだった。顔が、好き。
どちらも小学生の頃に見たドラマで、テレビの中で繰り広げられる恋物語に毎週毎週当たり前のようにドキドキしていた。小さい胸ながらもその鼓動は私のかけがえのないものだった。今もそうだ。

小さかった頃は、恋仲みたいな、好きな人がいることみたいな。
想って、想われて。また想って、想われて。
なんだかそういう、純粋で透明で。眩しいほどに光を放つ恋愛をできるんじゃないかってそう思ってた節もなくはない。

でもまず「人を好きになること」自体があそこまでピュアじゃないことに早い段階で気づいてしまった。
残酷なものだなと思う。
好きという気持ちを抱いたその瞬間から、嫌いへ変化するカウントダウンは始まっていて。始まりは終わりの始まりだなんてよく言ったものだと思う。本当に。
好きになればなるほど、好きだと思えば思うほど。無意識のうちにその人に対しての期待は高まって、それとともに微量の「嫌い」も大きくなっていくのだと思う。

ポテトを無事完食したと思ったら、袋の中からもう一個ポテトのMサイズが出てきた。
これは、なんだろう。
そう思いながら食べる。美味しい。

かくいう私も恋はした。
もう2年前のことだけれど。楽しかった。

授業中に二人だけになれるあの視線が好きだった。人目を気にしながら交わす小さな手紙に書かれた不安定で拙い文字が好きだった。本棚を眺めていると「次、何読むの?」と小っ恥ずかしそうに聞いてくるところが好きだった。クラスが離れてから、扉の端に凭れて鞄の紐をいじりながら私を待ってくれるところが好きだった。「人間が飛ぶためにはね」なんてどうでもいいことを帰り道につらつら喋るところが好きだった。
何もしていないサラサラの黒い髪が、光を透かし反射するそのまつ毛と黒い瞳が。テニスで焼けこげたその小麦色の肌が、指先に点々とあるその黒子が。

好きだったなぁ、なんて。
思いながら、恋仲を見て、ポテトを食べた。

初恋だった。

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