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オルゴール

ぜんまいが伸びきってしまった。
わたしは非力。どうしようもなく非力。
このまま錆びつき軋んできっと永遠にうたえない。
埃をかぶって誰からも忘れ去られるんだ。

ふいに小さな子がやってきて、小さな小さな手でぜんまいを巻く。
そんな小さな手で巻けるの?

わたしはうたった。
古い古い恋のうた。
遠い遠い異国のメロディ。
小さな子は小さな手をぱちぱち。
きみが生まれる遥か昔の、遥か遥か昔のうたできみはたのしそうに踊る。
わたしもたのしい。とてもたのしい。
でも小さな子はすぐにどこかへ行ってしまった。

しばらくして猫が来た。がっかりした。
猫にはむりだ。
ところが猫はにゃうにゃう何やら話しながら、肉球と肉球で挟んで器用にぜんまいを巻く。
巻けるのか!

わたしのうたを聴きながら、猫はまん丸くなってしあわせそうに眠った。
わたしもしあわせだ。
あったかい、とてもあったかい。
気がつくと猫はもういなかった。

開いた窓から春風が入ってきた。
ふーっと優しくわたしの埃を吹き飛ばしてくれる。
ありがとう。でもぜんまいは…。
春風はくるくると渦を巻きながらゆっくりゆっくりぜんまいを巻く。
おどろいた。あなたにも出来るの?

わたしがうたう古い古い恋のうたを春風がそっと運んだ。
うれしそうに窓の外へとわたしのうたを連れてゆく。
ここから何処かへと連れてゆく。
わたしもうれしい。うれしくてたまらない。

夏になると星々の光の粒が集まってぜんまいを巻く。
幾千もの星たちが奏でる笑うような鈴の音と一緒に、遠い遠い異国のメロディをうたった。

秋には肩から毛糸のショールをかけたとてもとても年老いた女性がぜんまいを巻く。
彼女はしわがれた声で古い古い恋のうたを一緒に口ずさみながらそっと涙を拭いた。

そしてまた冬が来た。
わたしはもう知っている。
ぜんまいの巻き方を知っている。
外は冷たい雪が降る。
暗い夜空から冷たい冷たい雪が降る。

でもわたしはぜんまいの巻き方を知っている。
そうだよ。もういつでもうたえる。

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