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短編小説「ひとみに映るもの」

あたたかい

床もふあふあで、いたる所でゴロゴロし遊んでいられる。

美味しいご飯も食べられて、散歩にも連れて行ってもらえる。

こんな日が来るなんて、夢にも思わなかった。

そう、あの場で自分はもう終わるのだ、と思っていた。

前のご主人は僕を川辺に置き去りにしていった。

理由は、分からない。

ひたすら、どうして良いのか分からなかった。

あっちをウロウロ、こっちをウロウロ。

自分が誰かも分からなくなっていた。

ここに意味もないことも悟っていた

何も食べずにこのまま過ごしていれば、それで終わる。
それで

ふと、声がした。

僕とそっくりの姿の女の子

だけど、ふっくらして毛並みもツヤツヤだった。
目もくりくりしている。

その子を連れた飼い主が、僕を見て驚いた。

「まあこんな寒いところで、とりあえず連れて帰りましょう」

僕はその子の飼い主の家に連れていかれた。

狭いマンションだった。

でも、そこには今まで感じたことのないぬくもりがあった。

ぬくもり?

その子の飼い主はこう言った。

「ここでは狭いし2匹は飼えないわ
あなたを可愛がってくれる人を見つけてあげる。見つかると良いんだけど」

と言いながら、何かを迷っている様子だった。

悲しくなった。

それなら僕を連れてこなければよかったのに。

数日たち、その人は目を爛々と輝かせて帰って来た。

「良かったわね、あなたをもらってくれる人が見つかったわよ」

もらってくれる?

僕はここ数日は、自分がどこへ向かっているのか、何をしたら良いのか分からなかった。

なすがまま連れていかれた所は

あれ、大きな家

庭もある

僕を迎えたのは、ちょっと品の良い
おばあさんだった。

包み込むような眼差しで僕を見る

だけど心なしか僕は震えていた

そこで僕をそっと抱き上げる

僕は遥か前にもこんな風に誰かに抱かれた時もあったかな、いう気がした。

思い出せない

僕はどうやら、そのおばあさんの家にもらわれたらしい。

だけど広い家

迷いそうだ

それに静か

誰もいないのだ

おばあさん一人なのだ

ご飯は今まで食べたことのない味がした。
トロンとして僕は噛まずに食べた。

場違いではないだろうか

それともここは幻か

僕はとっくにお空へ行っていて、ここはその一室なのか

だけど、僕を撫でる手で現実だと理解した。

僕はいつも最初だけこんな風に撫でられ、愛情を受ける

そしてその後はだんだんと見向きもされなくなる。

今度もそのパターンか

きっとそういう運命なんだ

あの子のように、生まれてからずっと愛されて続けるなんてない運命なんだ。

諦めた自分の中で生き続ける

静かに生き続け、日は経つ。

おばあさんは気づくといつも僕の体を撫でていた。
来る日も来る日も

だけど僕の体は石のように固まったままだった。

そして僕に語りかける

「ねぇ。あなたがここに来てくれて本当に嬉しい。ありがとうね」

静かに呟くような声で

なぜか物悲しい気がした

だんだんと食事が美味しいと思うようになってきた。

散歩も楽しいと思えてきた。

おばあさんはよく立ち止まって人と話をする

その中で僕は友達も出来た。

僕も仲間にいれてくれるんだ

僕は生きていていいんだ

許されるんだ

思わず走りそうになったが、おばあさんに悪いのでゆっくり歩いた。

いつも下を向いて歩いていた僕
まっすぐ前を向いて弾んで歩けるようになった。

言葉には表せないけど、生きることってそんなに悪いことじゃない

生きている今が大事

この瞬間が。

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