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アイのカタチ「和泉と秋斗」 おっさんずラブリターンズ

 おっさんずラブリターンズ最終回を前に、私を含めキャラクターを愛しすぎたゆえに、胸のざわつきを抑えられない人も多いのではないだろうか。

 特に5分間という短い時間に、爆発的なインパクトを残した「公安ずラブ」は、演者の表現力の素晴らしさ故、にねじれが起こってしまったように思える。公安ずラブは、天空不動産に途中入社したぽんこつ社員和泉と、亡くなった恋人秋斗の物語である。
 
 血まみれで玄関に倒れていたのを春田に2回も見られただけでなく、2回目にはキスして「うるせぇ唇だな」と言って倒れた和泉。もやもやした春田が「どうして昨日の朝、俺にキスしたんですか!」勇気を振り絞って聞いたにも関わらず、本人はまったく記憶がない。そして、瓜二つの顔が入ったペンダントを大切に身に着けている。これに関して「春田さんには、お話しておこうと思って」とペンダントの人物について話始めた。
 
 ペンダントの弾けるような笑顔は春田ではなく、和泉の教え子であり恋人の秋斗だった。

 短い時間の中で、彼らが恋人同士であったことや和泉をかばって秋斗が殉職したことが描かれている。号泣する春田と、子供のように泣きじゃくる和泉のシーンだ。その後、菊之助と秋斗が大親友であったことや、同じころに二人が和泉を好きであったことなどもわかっている。大親友も自分と同じ人が好きで、弟のようにしか見られていない菊之助に対して、多くの女性が同情したはずである。片思いは感情移入しやすく、親友と同じでいつのまにか恋人同士になっていればショックは大きい。

 ところが、和泉は秋斗の墓参りに行っても背を向けて手も合わせない、春田に話したことによって復讐心を再燃させてしまうのだ。ここは「儚い恋心をわかってもらえない菊之助」に感情移入する人と、「復讐するくらいに和泉に愛された秋斗」派に分裂した。

 菊之助の切ない顔を見ていると「わかってあげればいいのに」という気持にもなるが、朦朧とする意識の中で春田を恋人と見間違え、愛しそうに口づけする和泉や春田を見ては涙ぐむ和泉を見ると「ああ…」という気持になっていく。留守番電話を何回も聞きなおし、恋人を思って泣く姿には多くの人が胸を打たれたと思う。

 不慮の事故で、愛する人の命が失われた時、生者はどうやって悲しみを乗り越えていくのかをテーマにしている。恋人は自分の盾になり、自分の腕の中で死んでしまった。これは世の中を呪い、人生に絶望するには重く抱えきれないものである。会いたくても会うことも、抱きしめることもできない。  

 その恋人と瓜二つの男は、隣にいて上司で優しくて……生き地獄だったろう。春田は人に寄り添い、自分の事のように泣いて怒り、どんな困難も笑顔でポジティブに乗り切っていく。生きていることの素晴らしさや、ネガティブな感情は何も生み出さないことを和泉に教えてくれた。秋斗がいないことを認めたくない自分は、秋斗と向き合っていないのだと言うことも。少しずつ感情を取り戻したことで、春田への気持が好意であることを自覚する。秋斗への思いとは違い、暖かく自分に勇気をくれる陽だまりのような人だから。

 秋斗に対する和泉の深い愛情は、ここまででもかなり分かりやすく描かれているため「顔が好み?」的なイメージをもった人も多いかもしれない。秋斗の話をするまでは、春田に秋斗の面影をみていたのは間違いない。あそこまで印象が違うにも関わらず、春田のとぼけた顔に反応するのは、秋斗の素顔は甘えん坊で和泉だけにしか見せない顔があったのだろうと思う。「春田さのことは秋斗だとは思っていない」は嘘ではないが、そう思わなければいけない理由があったのではないだろうか。
 牧である。春田には、すでにパートナーがいて自分が好きなっても叶うことはないからだ。秋斗ではない、自分に言い聞かせることで走り出す気持を抑えていたのではないのか。春田を好きになることで、秋斗から目をそむけるようになってしまった。これでは気持の整理もつかず、中途半端なまま、秋斗の墓に手を合わせることもできなかったはずだ。
 自分の手では終わらせることができなった復讐は、菊之助と公安の仲間が取ってくれた。彼が一番望んでいた復讐を終えたことによって、一歩前進できたことは喜ばしい。春田を誘って、初めて手を合わせるシーンは和泉が秋斗の死を受け入れた確かな証拠でもある。

 個人的には、秋斗の墓を後ろから愛しそうに抱きしめるシーンが印象的だった。夏になると、多少は熱を持つが冬は冷たく抱きしめられるものではない。あれは墓ではなく、秋斗自身だったと確信している。

 ここからが本題であるが、何せ5分間の短いシーン・推しカメと和泉と菊之助の回想のみで二人の関係を深堀するだけでは十分ではない。そこで、警察学校時代を含め、時系列で考えてみた。

【警察学校時代】

和泉幸(30歳):警部・教官

真崎秋斗(23歳):大卒

六道菊之助(23歳):大卒

 鬼のような和泉教官も、警察学校で厳しい生活を経験し、新人警察官として働いていたので、生徒の気持ちも理解できる優しい一面もあるはずです。警察学校の教官になるには、選抜試験を受け合格しなければなりません。警察官としての実績がなければ、警察官のイロハを教えられないからです。和泉は「警部」になるため、生徒から見れば雲の上の憧れの存在だったはず。これだけで「和泉教官はかっこいい」と思うのは当然でしょう。優秀な人なら推薦、基本的には自分から希望を出して教官になります。勤務実績が優秀で、専務警察に精通している人物から選考され、警察大学で教養を受けた後に教官になれます。これを考えると、30歳で警察学校の教官であった和泉は、非常に優秀かつ知識や技術も豊富なエリートであったことがわかるでしょう。

 「いまどき、連帯責任ってなんですか」と言い放った秋斗に、書類を投げつけ殴らんばかりの鬼っぷりを見せていました。初任科生には全力でぶつかり、感情を爆発させて指導するのが教官の役目。一人前の警察官に育てる意欲は並々ならぬものがあるため、厳しくなるのは当然です。厳しくぶつかり合うことからも、初任科生と教官は強い絆で結ばれ、卒業後も師弟関係が続きます。では、秋斗と菊之助はいつ和泉教官を好きになったのでしょうか。秋斗と菊之助は、大卒で入校してますから警察学校には半年間通うことになります。そう考えると、秋斗が食って掛かるシーンは入学早々だったとも考えられます。早い段階で、和泉を意識し恋焦がれていたのは間違いないでしょう。

 教官は厳しく指導するが、それは警察官として一人前にするための愛の鞭でもあります。基本的には優しく、生徒が困っていたり悩みがあれば相談にも乗るので、卒業する頃には強い師弟関係が生まれます。だからこそ、警察官として一人前になった卒業写真が存在するのです。

 警察学校では、初任科生はクラスに分かれ担任教官が付きます。この担任教官が和泉だったのでしょう。卒業までの半年(大卒)は寝食を共に過ごすため、密接した関係になるのは間違いないありません。生活のすべてが教官が中心に動くため、時間を共有することが多くなります。和泉教場の生徒であった二人が、「厳しさ以外の顔」を見て恋をしたのは確実です。

 問題なのは担任教官は直属の上司となるため、上下関係が非常に厳しいこと。教官が間違っていても「はい」という答え以外はない、縦社会性が警察学校です。反抗的な態度は、自分を見て欲しいがためのアプローチだったのでしょう。

 「10年に一人の逸材」とまで言われた秋斗は、菊之助曰く「真面目で努力家」でした。そんな秋斗も、和泉の側にいるためには今以上の努力が必要であると考えていたはずです。負けず嫌いな性格が、好きになったら一直線でかわいいところもあったのではないでしょうか。

 教官からは、理不尽な指示が出されることもありますが、すべては肉体的にも精神的にも強い警察官を育てるため。教官はとても厳しくて怖い存在であるのは当たり前で、気軽に話しかけられるような存在ではないのです。
 怖いもの知らずのように反抗する秋斗を見ていると「自分の恋を成就させたい」強いエネルギーを感じます。菊之助に自分の気持を伝えたのは、親友を敵に回しても、和泉の側にいたい気持ちが勝ったのでしょう。たぶん、菊之助が先に気持ちを吐露しても、秋斗はこの恋を諦めらることはなかったはずです。

 「おめえみたいな命令聞けねえやつから死んでいくんだよ」「命令が聞けないなら辞めろ」は、日常茶飯事だったはず。最初の1か月は指導強化期間のため、各所で怒号が響き渡ります。目の前で提出書類を破られる、机を蹴り飛ばす、ひたすら走らせるなど最初の1か月は強烈指導。
 「理不尽に怒られる」のは嫌いな秋斗が、和泉と師弟関係を結び、公安に配属されるほどに任務を頑張ったのも、すべて好きな人に近づきたい一心だったのでしょう。もちろん、警察官としての正義を貫きたいからこそ、勉強してトップであり続けたのだと思います。

 こうして彼らの背景を考えると、どれだけ秋斗が和泉に恋焦がれ、親友にすら渡したくないと思っていたことがわかります。人の感情に鈍いと思われている和泉ですが、秋斗から向けられる眼差しに好意があるのはわかっていたのではないでしょうか。超問題児ではありましたが、彼の成長を見守り立派な警察官になることを信じていたのでしょう。もしかしたら、何らかの連絡手段で相談したり頼ることもあったかもしれません。
 和泉と秋斗は公安で再会し、今まで以上に長い時間を共に過すことになります。問題児だった秋斗ですが、自分を慕う生徒であったのは間違いありません。師弟から先輩後輩、そしてお互いの命を守るバディとして仕事を始めた二人が、特別な関係になるには時間は必要なかったのではないでしょうか。  

 反抗的な態度の意味や警察官としての強い正義感を知ることで、秋斗を見る目に変化が訪れるのは当然です。恋焦がれた人と一緒に仕事ができることが、秋斗にとっては幸福以外のなにものでもありませんでした。無茶をしたこともあるでしょうし、和泉が盾になり秋斗をかばうこともあったでしょう。命をかけて過す時間は、お互いの絆を深めたはずです。秋斗は和泉が好きなのですから怪我をすれば心配もするし、学校時代のように食って掛かることもあった。そんな秋斗に和泉が特別な感情を持つのは自然の流れで、お互いを大切に思うからこそ、自分の命をかけて守りたい存在に変化していったのではないでしょうか。

 秋斗はわがままな小悪魔系ですが、和泉と二人の時は甘えたがりの愛されたがりだったと思います。和泉を壁に押し付け、いたずらっ子のように笑う顔には「俺は和泉さんにこんなに愛されているんだ」という自信と、「だから、俺がこの人を守るんだ」という強い意思を感じました。この二人の関係を、簡単な言葉で表現していいのかわかりませんが、「純愛」が正しいと思っています。

 この二人は言葉がなくても分かり合える、そんな関係だったと思います。亡くなった人のお墓に触れる人はもちろんいますが、恋人を抱きしめるように墓を抱ける人はなかなかいません。それができるのは、生前の故人を深く愛していた人だけです。

 この二人は磁石のように引き合い離れることができないくらい強い絆と愛で結ばれました。和泉が秋斗を語るときの声や表情、墓を愛おしそうに抱きしめた腕や指、そして和泉を見つめる秋斗の表情からも、私たちが考える以上に深く強く繋がっている。そして真崎秋斗は和泉の心と1つになったことで、和泉の人生を共に歩んでいけるようになったと信じています。