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You are always in my heart. 和泉×秋斗【おっさんずラブリターンズ】

  職業柄、仲間を失う経験もある。その家族や恋人の絶望を目にすると、たまらなく犯人が憎くなる。必ず確保して罪を償わせてやると誓った。

 秋斗の命が俺の腕の中で消えていくのに、ただ名前を呼び続けることしかできなかった。生気を失った瞳が、俺の声に反応し目線を合わせて閉じられていくまで。あれから、深い絶望感に襲われ、俺は自分を憎悪するようになった。守れなかった自分、死なせてしまった自分を許せず、どこかで死に場所を探していたように思えた。

 この憎悪が秋斗を殺した犯人に向かえば、俺は間違いなくあいつらを殺すだろう。
  警察官として、自分の正義を曲げたことはなかった。
 そう、警察官としてなら、俺は自分の正義に従い、秋斗を殺した犯人を追い続けていたに違いない。

「絶望というものは、時に天賦の才に匹敵するほど強く我々を鼓舞する」イギリス小説家だったベンジャミン・ディズレーリの言葉通り、俺は絶望から生まれた憎悪を原動力として生きていくことに決めた。

 俺が差し出した辞表を、足利さんは黙って受け取った。俺が何をしようとしているのか、どうして辞めるのかわかっているかのように。大きくため息をついて「公安のエースを失うのは辛い」と言ってくれた。足利さんは、俺が公安に配属されてすぐにバディを組んだ人だ。父親のように厳しく、そして突っ走りがちな俺に活を入れてくれた恩人でもある。申し訳なくて頭を下げた俺に足利さんは言った。

 「いつか帰ってこい」

 どんなに悲劇的なことが起こっても、いつか希望がやってくる。カウンセリングの医者はそういうが、俺にはなんの慰めにもならなかった。

 秋斗のいない世界は色もなく、俺には暗闇だ。出口のない暗闇で、残された希望は「復讐」だけ。自分の正義を捻じ曲げてでも、俺はこの手で秋斗の復讐を遂げるつもりだった。1人でできることなど、ありはしないのに。それでも、そうしなければ自分を保つことも生きていくこともできない。秋斗は俺のすべてだった。命すら、あれにならやってもいいくらいに、俺は秋斗を愛した。そして秋斗も、自分の命を差し出すほどに俺を愛してくれた。その事実だけが、俺を走らせた。

 「秋斗を殺したやつら、全員つかまえました」
 それを聞いた時、秋斗の最期を思い出した。
 「やっと……終わったか」

 秋斗、俺だけの力ではできなかったけれど、お前の仇は取れた。少し時間はかかったけれど、これで一段落できる。今でも、お前が腕の中で冷たくなっていく夢を見る。だが、この人のおかげで俺は目が覚めた。お前の死を受け止めないことは、存在そのものを消してしまうことなのだと。
 
 営業が終わり「今日はこのまま帰りましょう!」という春田さんを、弓道場に誘った。春田さんは何か心配事があるのか、集中力がなく道着を前後反対に着用して出てきた。ちょっと可愛いな……とは思ったが、今日は春田さんに大切な話をしなければばらない。秋斗の復讐が終わったこと、そして会社を退職することだ。このまま春田さんの側にいても、恋が実るわけでもない。それより、自分自身に区切りをつけるためにも、春田さんには秋斗に会って欲しかった。

「春田さん、このあとお時間いいですか?」

 春田さんは、俺の様子が変だと気づいたのか、少し戸惑ったようだが「はい」と言ってくれた。春田さんは人の気持ちに寄り添い、その人のために泣いてくれる優しい人だ。秋斗とそっくりなのに、性格は全く違う。そんな春田さんによって自分は救われたのだということも、秋斗にも報告したかった。

 「春田さんにも、一度会ってもらいたくて。今日は秋斗の月命日なんです」
 「あっ。そうなんですね」
 春田さんは神妙な面持ちで秋斗の墓を見つめていた。

 「長い間、私は秋斗の死を受け入れることができませんでした。ここにきても、手を合わせることもできなくて……秋斗と瓜二つのあなたに出会った時、私の心はもっと苦しくなりました。運命はなんて残酷なんだろうって……でも……春田さんは……春田さんで、何ていうか陽だまりのように優しい人で、復讐することだけを考えてきた私に、前に進む事の大切さを教えてくれたのは……春田さん、あなたでした。」

「これで、ようやく区切りがつけられそうです」

 俺は秋斗の墓を指でなぞった。やわらかくしなやかで、熱を帯びた肌を抱きしめたように。一生側にいて欲しいと願ったお前が、俺の側からいなくなったことに耐えられなかった。秋斗の墓は指を触れるところから温かくなっていく。それは墓ではなく秋斗だった。甘えるような瞳で、俺だけに見せる笑顔で腕を伸ばしている。愛していると何度叫べば、お前が還ってくるのかを考えた日もある。俺の思いが足りないから戻れないのなら、自分がそちらに行った方が楽になるのでは、とまで考えた。一緒に過した日々を思い出し、お前と一緒に出かけた場所にも足を運んだことも。だが、そこにあるのは残像だけで、お前はいなかった。

お前はここで俺を待っていたのに、俺だけが取り残されたと思い込んでいたんだな。秋斗、待たせたな。お前が生きるはずだった人生を、俺と一緒に歩いて行こう。もう、寂しくはないだろう?お前はもう、俺の一部になったのだから。

「春田さん……ありがとうございました」

 春田さんは、とても驚いて謙遜している。この人が上司でなければ、俺はまだ暗闇をさまよっていたはずだ。
 
 (和泉さん、俺とは全然似てないじゃない。俺の方が断然いい男だし、和泉さんのこと愛してるって。どんだけ待たせてんだよ、ばーか。)

 秋斗の声が聞こえた方には、もう青い空しか見えない。それでも、背中に感じる秋斗の重みが、この胸の奥に生きていることを実感させた。