従順すぎる性奴隷

「生きていてよかった」
 だれかが、そう歌っている。
 耳にした奥田は、ふと立ち止まり考えてしまう。
「生きていて、よかったこと?」
 頭の中をかき回してみても、急に思い浮かぶものはない。
 45年間、目立たない人生を送ってきた。しいて、そうしてきたわけではない。なんとなく流れに任せていると、そんなふうになってしまったに過ぎない。
 中学、高校と近所の公立に通い、成績は中の下。クラブにも入らず、スポーツで目だったこともない。
 気のあった連中と何気ない会話を交わして1日を過ごし、大学も三流の私立大学経済学部。それでも、たいした苦労もなく今の職にありつくことができた。
 とあるメーカーの総務部。会社の業績はかんばしくないが、倒産の危機に瀕したり、リストラが実行されたりすることはない。
 経営陣が優秀なのか、資金力が磐石なのか。どちらにせよ、奥田にとっては幸いなことに違いない。
 結婚は32歳のとき。相手は親戚のすすめる同い年の女性だ。美人というわけでもなく、さりとて目をそむけるほど醜悪というわけでもない。
 世間体や独身の不自由さを考えれば、この辺りで手を打っておくか、という程度の考えで一緒になった。
「でも、あのときは、うれしかったなぁ」
 結婚式の披露宴で、初めて主人公的なあつかいを受けた。そしてその夜、奥田は素人童貞から抜け出すことができた。
 初めてのセックスはソープランドだった。学生時代や新入社員時代、友人に誘われて合コンに参加したこともあったが、自分のことを気に入ってくれる女性はいなかった。
 つまり妻と一緒になるまで、だれかとつき合うことはもちろん、女性と2人きりになる機会もなかった。
 ソープやヘルスの個室以外では。
「なんとなく、特別な存在になった気がしたもんなぁ」
 とはいえ、結婚や新婚生活など、何も特別なことではない。「生きていてよかった」と思えた感動も、すぐに日常生活の中に埋没してしまう。
「そうそう、子どもが生まれたときも、うれしかった」
 結婚して2年後。待望の女の子が生まれた。
 これで自分も親になる。
 そう思ったとき、身震いするような感激をおぼえた。
 そんな娘も小学校の高学年。生意気な年ごろで、風采のあがらない父親をどことなくバカにしている様子もうかがえる。
 つまり奥田にとって、よかった、うれしかったと思えることは、世間の大多数が経験していることであって、何も特別なことではない。
「なんでもないようなことが幸せ」と別のだれかは歌っているが、何もなさ過ぎる人生というものも味気ない。
 このまま、50になり、60になり、70になって80になる。もはや、いままでの倍の時間生きることは難しい。
 最期のとき、それまでの自分を振り返ってみて、幸せだったといえるのか、生きてきてよかったと思えるのか。自信はない。
 そんな奥田の人生に、転機が訪れたのは秋もはじまったばかり、9月の出来事だった。

 奥田の会社に、パートの事務員が入社してきた。33歳の人妻で名前は山本紗智子。
 落ち着いていて、性格のおとなしい、とくに目立ったところのない女性だった。
 課長という役職にある奥田は、紗智子の教育係を命じられた。自分のことだけでせいいっぱいの奥田は不満をおぼえたが、上からの命令に逆らうことはできない。
 奥田は、適当に書類の整理方法や他部署への連絡方法、来客への接し方など基本的なことを教え、あとは紗智子が困ったときだけ手助けをするという方法をとった。
 そんな奥田の指示に対して、紗智子は何ひとつ文句をいわず、てきぱきと仕事をこなす。パソコンのあつかいにも慣れていて、データの入力などは奥田の力量を軽くうわまわってしまう。
 紗智子は短大を卒業してすぐ大手都市銀行の事務員をし、結婚を機に退職。子どもには恵まれなかったが、商社に勤める夫の収入で生活がまかなえたので、専業主婦の座に収まっていた。
 だが、昨今の不況で夫の収入が激減。生活費の足しにしようとパートをはじめたらしい。
「それなら、もっといいところにいけたんじゃないの?」
「いえ、いまは資格や経験がないと、どこも厳しくて」
 奥田の質問に、紗智子は控え目に答える。
「そうかぁ、じゃあボクなんか、クビにならないだけマシってところかな」
 奥田は自嘲気味に笑う。
「そんな、そんなこと、ないです」
「え?」
「課長さんはやさしくて、教え方もおじょうずで、そんな……」
 急に紗智子は口ごもる。
「へえ、そんなこといわれたの、初めてだよ」
「わたしも……」
「え?」
「わたしも初めてです。男の人に、こんなことをいうの」
 紗智子は恥ずかしそうな目で奥田を見る。このとき、奥田が紗智子の視線の裏に隠された思いに気づくことはなかった。

 やがて紗智子の奥田を見る目が変ってきた。仕事の途中で手を止めて、熱いまなざし向けたり、必要以上に質問をしてきたり、飲み会などがあると、必ず奥田のとなりに腰をかけたりしてきた。
「課長、山本さん、ひょっとして」
「なんだよ、ひょっとって」
「気をつけたほうがいいですよ。ああいう、おとなしそうな人が結構」
「バカいえ」
 部下や同僚がヒヤかしてくる。そうなると、奥田もまんざらではない。
 しかし、人生で一度も女性にもてたことのない奥田は、紗智子の行動や仕草を見ても、自分に気があるのかどうか判断できない。
「オレみたいな男……」
 課長まではなんとか昇進できたが、それ以上となると心もとない。しかも給料は女房にすべて生活費としてわたし、自由になるカネはない。
 もし、紗智子と懇意な仲になったとしても、遊びに行く余裕はないし、シャレた場所を知っているわけでもない。
「みんなの勘違いだよ」
 そう思って期待を持たないように心がけるしかない。
 けれど、確定する日は訪れた。

 部長の転勤が決まった数日後、送別会を行うことになり宴席がもうけられた。
 奥田のとなりには紗智子。最近の紗智子の様子を勘繰っている連中は、そんな姿を見て冷やかしの視線を奥田に向ける。奥田自身も人生で初めてのことなので、悪い気はしない。
 宴もたけなわとなり、それぞれが席を移動して酒をつぎ、つがれ、談笑を交わしている。だが紗智子は、最初から最後まで、奥田のとなりから離れなかった。
 送別会は終わり、二次会のカラオケに移動することとなった。ここでも紗智子はソファーの片隅で、奥田の横に座っていた。
 奥田は、そんな紗智子を気に留めながらも部下たちと会話を楽しんでいる。そんなとき、酔った一人が、紗智子にマイクをすすめた。
「山本さん、さっきから一人で黙って飲んでないで、一曲、聞かせてくださいよ」
 しかし紗智子は、あいまいな笑みを浮かべて断る。
「なんだ、つまんないな。面白くないならこなきゃいいのに」
 そんな同僚の言葉に紗智子は反応し、身を縮めてしまう。
紗智子がそばに座り、その感触にまんざらでもなかった奥田は、あわれみをおぼえてマイクをすすめた男にいった。
「わかった、じゃあ、代わりにオレが歌う」
 奥田は歌に自信がない。けれど、少なくとも自分をしたってくれているであろう女性を苦境に立たすのは忍びない。
 酔いのせいもあった。普段の奥田なら、こんな大胆な行動に出るはずはなかった。しかしこのときは、妙な勇気がむくむくとわき出ていた。
 ひょっとしたら、紗智子にいいところを見せたいという気持ちがあったのかも知れない。
「じゃあ、課長と山本さんのデュエットなんてどう?」
 だれかがいう。
 とまどう奥田。それは紗智子も同じだ。
「デュ、デュエットなんて……」
 奥田は紗智子の顔を見る。紗智子は、いまにも泣き出しそうな表情を浮かべている。にもかかわらず、ヤンヤヤンヤの歓声が起こる。
「課長、なににします?」
「銀恋?」
「それは古すぎるだろ」
 勝手に曲が選ばれて、勝手にイントロが流れ出す。しかたなく奥田はマイクを持ち、紗智子も渡されたマイクを握り、二人で唄いはじめるのであった。

 二次会も終わり、三次会に行くもの、駅へ向かうものと、それぞれがそれぞれの場所を目指した。奥田はそんな一群と離れ、一人タクシーで帰ろうとしていた。
 幹線道路に出て客待ちのタクシーに乗り込む。そのとき、奥田のあとから乗り込んでくる人がいた。
 紗智子だった。
「え!」
 おどろく奥田。紗智子はチラッと奥田の顔を見てから、腕を絡めてすがりついてくる。
「ちょ、ちょっと……」
「お客さん、どこまで?」
 なかなか行き先を告げない奥田に、運転手は不機嫌な声でたずねる。
「ホテルへ」
「え?」
「どこか、近くのラブホテルへ」
 告げたのは紗智子だった。
 運転手はルームミラー越しに奥田を見る。奥田はうろたえ、何をいうこともできない。
「いいんですね」
 運転手の声。奥田はうなずき、クルマは走り出した。
 ほどなくして、タクシーはネオンのまたたくホテル街に到着した。
 カネを払っておりた奥田の腕には、あいかわらず紗智子がぶらさがっている。
「や、山本くん……」
 紗智子は無言だった。無言のまま、目の前のホテルに奥田を引きずり込もうとする。
「ま、待って……」
 しかし、これがあのおとなしい女性の力か、と思うくらい紗智子は強引だった。
 システムを知らない奥田は、部屋の選び方すらわからない。しかし、紗智子が率先して全部をこなしてくれる。
 エレベーターに乗り、目的の階へ。そのあいだも、紗智子は無言だ。
 部屋に入り明りをつける。
「いったい……」
 どういうつもりなんだ、と奥田はたずねようとした。その言葉を、いきなり抱きついてきた紗智子は、自分の唇でふさいでしまう。
「む、むむむ……!」
 突然のことに、目を白黒させる奥田。紗智子は、そんな奥田を気にもとめず、舌を差し入れ、唾液をそそぎ、奥田のほほをかかえながら濃厚な口づけを求めてくる。
「ぷうう、は!」
 ようやく顔が離れたとき、奥田はわけがわからず、ただ紗智子の表情を注視するしかなかった。
 紗智子は奥田の胸に顔をうずめ、すすり泣くような声をあげた。
「お願い、お願いします、もう、わたし」
「なにを?」
「お願い、我慢できないんです」
「だから……」
「好きなんです」
「え?」
「大好きなんです、課長のことが」
 紗智子は潤んだ目で奥田を見た。
「好きなんです。好きすぎて、自分がどうにかなっちゃいそうなんです」
 奥田の受ける、生涯で初めての告白だった。
「け、けど」
「ダメですか、好きになっちゃダメですか」
「そんなこと、突然いわれても」
「いままでわからなかったんですか、わたしの気持ち」
 まったく知らないといえばウソになる。ほのかな期待もいだいていた。
「けど……」
「わかってます。課長には奥さんもお子さんもいて、わたしにも……、でも、もう……」
 紗智子は体当たりするように抱きついてくる。その勢いで、二人ともベッドに倒れこんでしまう。
「ま、待って!」
「いいえ、もう、お願い」
 紗智子は奥田に馬乗りになって服を脱ぎはじめた。
 上着を脱ぎ、スカートをおろし、引き破るようにストッキングをはがす。そのまま奥田の上におおいかぶさり、ふたたび唇を重ねる。そして奥田のネクタイをゆるめ、ワイシャツのボタンをはずしはじめるのだった。

 まさに飢えた淫獣。
奥田は思った。
 奥田を裸にむいた紗智子は、しなびた一物をほお張り、しゃぶる。それは愛撫を加えるというよりも、飢餓感を満足させるためにむさぼりつくといった表現が当てはまる。
 のどの奥まで呑み込み、舌を絡ませながら吸いついてくる。ダラダラとよだれをこぼし、内頬の粘膜で圧迫し、カリや鈴口など敏感な部分を探ってくる。
 その貪欲な技に奥田の男根は、またたく間に勃起する。その様子を見た紗智子は、いつもと別人のような妖しい笑みを浮かべ、ブラジャーよりも先にパンティを脱いだ。
 ここまできてしまったら、あらがいを見せる理由もない。あとは紗智子に任せて快感をあたえてもらうだけだ。
 奥田は覚悟を決める。
 パートといえども部下。しかもお互い家庭を持っている。許されないことだが、奥田が誘ったわけではない。
 あとでややこしいことになるのはごめんだが、こんなこと世の中にはざらに存在するのかもしれない。ただ、いままで自分は、その恩恵にあずからなかっただけだ。
 奥田は、そんなふうに考える。
 奥田にまたがった紗智子は、自分の股間を確認しながら屹立した肉棒を宛がった。
 部分はじゅうぶんに濡れそぼっている。充血した肉裂が、いまや遅しと待ちわびている。
 紗智子は、ゆっくりと腰をおろす。奥田の先が肉ビラのあいだにはさまり、押しひろげながら中に埋没した。
「あううう……!」
 薄い陰りにおおわれた膣裂の中に、奥田が根もとまでめり込んでいく。
紗智子はあごをあげ、歓喜の声を漏らした。
「あうう、あうう、ううう!」
 蜜があふれ出る。紗智子はしばらく身動きせず、奥田の納まり具合と形を確認する。
 やがて徐々に腰を浮かすと、同じスピードで沈め、それをくり返す。しばらくはスローモーな律動ではあったが、次第にテンポが早くなる。
「いい、すごくいい、ああああん、いい!」
 悶え、喘ぎながら、紗智子はブラジャーをはずした。奥田の目には、想像以上に豊満で形のいい乳房が映る。
 釣鐘型に盛りあがり、乳首は小さく、色づきも薄い。乳塊のボリュームは両手にあまるほどで、身体を上下させるたびにプルプル揺れる。
 奥田は手を伸ばし、揉む。紗智子はその手をみずから押さえつけ、淫妖な眼差しで奥田を見おろしながら、自分の舌で自分の唇を舐める。
「いい、すてき、大好き」
「ああ」
「気持ちいい、すごくいい、もう、たまらない」
 ぢゅくぢゅくと、肉棒と膣襞の摩擦する音がひびく。蜜が泡立ち、白く濁る。
 紗智子の内部は、自身のたかぶりに呼応して締めつけが強くなる。筒内の襞や肉粒が奥田のクビレに合わさり、くりくりと柔軟な刺激を与える。
 奥田は紗智子を乗せたまま、下から腰を打ちあげた。紗智子の体躯は、その動きに合わせてバウンドし、舞い躍る。
 淫靡な笑み、桜色に染まる肌、ふき出す汗とフェロモン。
「いやん、もう、やあああん、イク、もう、ダメになるぅ!」
 早くに紗智子は、達してしまいそうになった。久しぶりの交わりに、奥田も頂点をこらえている。
「いやん、ダメダメ、もう、あああん!」
「お、オレも……」
「キテキテ、お願い、キテ」
「どこに?」
「中に」
「え?」
「中に出して、あなたの、お願い、中に!」
 それはさすがに、ヤバいと思う。しかし、紗智子がおりない限り、奥田が抜き取ることはできない。
 どうにか紗智子をのかせようと、奥田は懸命になる。しかし紗智子に、その意思はない。
「あ……!」
「あん!」
 とうとう奥田は、紗智子の中で果ててしまった。
 ドクドクと濃厚な精液が、勢いづいて放たれる。
「あああん、熱い、ああん、中に、くる……」
 紗智子は膣の締まりを強め、最後の1滴まで搾り取る。
 奥田は快感をおぼえながらも、薄ら寒い恐怖をいだいてしまうのだった。

 一戦を終え、奥田は黙って天井を見つめていた。紗智子は、そんな奥田の横でうつ伏せになり、荒い息を吐いている。
「どうしたの?」
 息を落ち着けた紗智子は、奥田にたずねた。
「い、いや……」
「後悔してるの?」
「うん……?」
「こんな関係になったこと」
「いや」
 関係を持ったことに悔いはない。ただの遊び、いっときだけの戯れともいえる。
「ただ」
「中に出しちゃったこと?」
「うん」
 改めて言葉にされると、ふたたび恐怖が襲ってくる。
「大丈夫。わたし、妊娠できない身体だから」
「え?」
 奥田は上半身をあげて紗智子を見た。
「赤ちゃんできない体質なの。お医者さんにもいわれたことがある」
「本当に?」
 紗智子はうなずく。
「ふ~」
 奥田は安堵のため息を吐いた。
「けど、どうしてオレなんか」
「人を好きになるのに、理由なんて必要なの?」
 奥田はまじまじと紗智子を見る。紗智子は、身を起こして、奥田に顔を近づけた。
「わたし、課長さんのそばにいると落ち着くの。なんだか、この人と一緒にいれば大丈夫だって気になるの?」
「オレが?」
「そう」
 紗智子は奥田にキスをする。
「課長さんは?」
「え?」
「わたしみたいな女、ダメ?」
「いや」
 奥田は紗智子を注視する。
 仕事をしているときは地味な印象だが、こうやって裸にすると、熟した女の魅力に満ちている。しかも、驚くほどの淫乱だ。
 遊びの相手にはもってこいかもしれない。
「いいよ」
「ホント?」
「ああ、オレも、好きだよ」
 紗智子はよろこびを満面に浮かべ、奥田に抱きついた。
「うれしい、わたし、課長さんのためだったらなんでもする。課長さんも、わたしの身体、好きなようにしていいのよ」
「本当に?」
 紗智子は笑みを浮かべてほほ笑む。その表情は、少女のように愛らしいと奥田は思った。

「じゃあ、お願いがあるんだけど」
 大胆な気分になった奥田は、紗智子に要求した。
「なに?」
「口でイカせてもらっていいかな」
 風俗の経験があるといっても、もう10年以上前の話だ。そのうえ、女房にフェラチオを頼むことはできない。
 挿入前に紗智子がほどこしてくれた舌技は、脳髄がしびれるほどの光悦をあたえてくれた。
「お口が、好きなの?」
「とくに好きってわけでもないんだけど」
「わたしは好きよ。好きな人のオチンチン、しゃぶるの」
 そういうと、紗智子は奥田の股ぐらに顔をうずめる。そして、自分の蜜が染みついた肉棒を舐る。
 舌を伸ばし、全部をぬぐい、先から根もと、根もから先と顔面が往復する。尖端のクビレをチロチロと探り、裏筋をなぞると玉嚢までほお張っていく。
「おおおお……」
 奥田は思わず感嘆の声を漏らした。さっき放出したばかりなのに、一物は復活を果たす。
「咥えるわね」
 我慢汁のにじみ出る先を、紗智子は唇に当てた。そのまま顔面を押し出し、ぐにゅっという感触とともに呑み込んでいく。まくれた唇がサオに絡まりつき、のどの入り口のやわらかな部分で亀頭をはさむ。
 奥田の陰毛に鼻先を当てながら、紗智子は舌をうごめかした。ネロネロと軟体物がはいずりまわり、唇は根元をしっかりとはさみ込む。
「おお、おおおお」
 全部がとろけてしまうような愛撫に、奥田は思わず紗智子の頭を押さえつけた。
 紗智子は、その手を払いのけようともしない。それをいいことに、奥田は腰を振って抜き差しをはじめる。
 紗智子の頭を左右に振り、口腔を膣のようにあつかう。
 深い突き刺しにえずきをおぼえても、紗智子は抜き取ろうとしない。それどころか、乱暴にあつかわれることで、興奮をおぼえてしまう。
 強烈な吸いつき、縦横無尽にうごめく舌、どろどろとあふれ出るよだれ、まとわり着く粘膜。
 紗智子が首をかしげれば、ほほに先の形がぷっくりと浮かぶ。かなり乱暴にあつかってみても、紗智子はいとうどころか、上目づかいで微笑を示す。
 奥田は感情のおもむくままに、紗智子の口蓋をかき混ぜた。
紗智子はなすがままとなり、口だけで奥田の歓喜を導き出そうとする。
 ベッドがきしむ。紗智子の体躯がバウンドする。
びちゅびちゅ、ぢゅくぢゅくと、卑猥な音が部屋中にひびきわたる。
「あ、ああ!」
 奥田は、そのまま紗智子の口に吐き出した。
 紗智子は、数度に分かれてほとばしる粘液を、すべて受け止める。そして、奥田が全部をそそぎ込んでも、唇の先で残り汁まで搾り出してしまう。
「く、くん」
 子イヌのような声を出し、紗智子は口に溜まったザーメンを飲み干した。
「おいしい、課長さんの、濃くておいしい」
 ニッコリとほほ笑む紗智子。奥田はその姿に愛おしさをおぼえ、紗智子をしっかりと抱きしめるのだった。

 その日から、二人の常軌を逸した関係がはじまった。
 紗智子は奥田の全部に従順で、いわれること、命じられること、すべてにしたがった。奥田はこれまでの人生のうっぷんを晴らすかのように、紗智子をむさぼる。
 本当は休みの土曜日も、休日出勤だとごまかして家を出て、紗智子と会った。会えば必ずホテルに行き、時間の許す限り求め合う。
 もとより、奥田に抱かれることを無上のよろこびとする紗智子は、何をされても拒絶しない。それどころか、率先して淫靡なプレイを引き受ける。
 ベッドの上では、奥田が上になったり紗智子が上になったり、座ったままで抱き合ったり、背後からつらぬいたり。浴室では、湯船に浸かって紗智子がまたがり、腰を振る。
 そこまではノーマルといえる。だが、一度の射精を終えて余裕の生まれた奥田は、より過激な行為を試す。
 大の字にあお向けとなった奥田の全身を舐めるよう、紗智子に命じる。紗智子は奥田のまぶた、鼻、唇、首、胸板からへそ、腕、腹、太もも、ふくらはぎ、足の指の1本1本まで舐りつくす。
 それだけにはとどまらず、奥田は肛門まで舐めるようにいう。尻毛の生えた肉たぼをひろげ、紗智子は菊肛を舐る。
 舐め技が終わると、奥田は紗智子の穴という穴を犯す。口、膣はもちろん、尻の穴にも挿入したことがある。
 紗智子の従順さに味を占めた奥田は、ホテル以外でも求めはじめた。
 会社の休憩時間にもよおしてくると、トイレや無人の会議室に紗智子を呼び出した。紗智子は制服を身につけたまま、下着をおろして奥田に尻を向ける。奥田はズボンをはいたまま一物を取り出し、突き入れる。
 紗智子が生理のときには、口での行為を求める。それもトイレの中、もしくはだれが来てもおかしくない給湯室でもしいる。
 紗智子は、奥田の精子で体内がまみれることに満足をおぼえていた。自分にそうしてくれることが、奥田の愛情表現だと感じていたのだった。

 そんな関係が数か月つづいた。秋は終わりを告げ、寒さが身に染みる季節に変わっていた。
 多少の飽きを感じていた奥田だが、紗智子があたえてくれる快感からは逃れることはできない。安上がりだし、なんでもいうことを聞いてくれるし、勝手気ままに美肉を楽しめる。
「生きていてよかったって、こういうことをいうのかな」
 そんなふうにも思いはじめていた。
 ただ紗智子の想いは、出会ったころ以上に深まりつつあった。
 奥田と一緒にいれば、肉体の満足だけでなく心の満足もあたえてくれる。この人にさえよろこんでもらえれば、自分も一生、心ゆくまで快楽を味わえる。
 のめりこむ紗智子、あくまでも遊びの奥田。
 ある日、奥田はホテルで、何気なく紗智子にたずねてみた。
「大丈夫なのか?」
「なにが?」
「いや、気づかれたりしてないだろうかと思って」
「主人のこと?」
「まあ、そうだ」
 紗智子は、奥田の胸板に頭をあずけてささやく。
「あなたは?」
「ウチは、とっくに愛情なんて冷めてるから、カネさえわたしときゃ、文句はいわれない」
「わたしは……」
 紗智子は顔をあげ、奥田を見る。
「主人なんてどうでもいい。なにがあってもあなたから離れない」
 その声色は真剣だった。
「あなたもそうでしょ。世間体とか慰謝料とかあるから奥さんと離れない。それだけでしょ」
「まあ、そうかな……」
「じゃあ、奥さんが死ねば。わたしと一緒になってくれる?」
 その言葉に、奥田は戦慄をおぼえた。
「おいおい、冗談は……、それに、お前のほうはどうするんだ」
「主人なんて、いつでも殺せる。あなたはどう?」
「お、オレは……」
「あなたがムリなら、わたしが手伝ってあげる。わたしが奥さんを……」
 おぞましい言葉を吐く紗智子。見開いた目はギラギラと輝き、表情にウソが感じられない。
「いや、まあ、このままで……」
「うん、このままでいい、でも、その気になったらいってね。わたし、あなたのためだったらなんだってするから、あなたのためだったら、どんなことだっていうことを聞くから」
 このことがあってから、奥田は別れを決心した。
 このままでは、とんでもない事態に発展する恐れがある。そうなってしまう前に、手を打たないといけない。
 ならば、どうするか。
「あなたのためだったら、どんなことだっていうことを聞くから」
 奥田は紗智子の言葉を思い出した。
 イチかバチか。ある日、奥田は紗智子に告げた。
「オレのことが大事なら別れてくれ」
 紗智子は大泣きした。そればかりはイヤだと泣きわめいた。けれど「女房が気づきはじめた」「社内でも不倫がうわさになっている」「このままでは降格どころかクビになってしまう可能性もある」と奥田は告げる。
「女房はともかく、仕事を失えば、紗智子と会うどころか、生きていくことも出来ない」
「そうなったら、わたしが課長を養います」
「そうはいかない。それに」
「それに?」
「オレには子どもがいる。子どもは、オレの命よりも大事だ」
 子どものことを話されて、紗智子は言葉をなくしてしまった。
「わかりました。いままでありがとうございました」
 紗智子はあきらめの態度を見せる。
「大好きな人の幸せは壊せないから」
 紗智子はそういって姿を消した。
 修羅場も覚悟していた奥田は、思ったよりも簡単に手を切ることができたのに安堵した。
 紗智子は仕事を辞め、奥田の平凡の日々が舞い戻ってきた。
「さて、これでよかったのか」
 飽きはじめていたとはいえ、紗智子との耽溺の日々を、そう簡単に忘れることはできない。夢の中に紗智子があらわれ、愛をささやきながら交わることもある。
「たった数か月だけど……」
 これでよかった、これしか方法はなかった。
 自分にそう言い聞かせながら、はたして幸福とはなんだろう、そしてふたたび、生きていてよかったと思える日がくるのだろうか。
 いまは別のだれかが使う紗智子の机を見て、奥田はぼんやりと考えてしまった。

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