違うそうじゃないって話
あれは去年の夏のことでした。
私は家族と
千と千尋の神隠しを三億年ぶりに見ていました。
言わずと知れた国民的アニメであります。
何を隠そうこの私は、
この夏をもって
二次元ガチ恋勢に仲間入りを果たしてしまったのです。
お相手は誰か。
そう、ハクです。いや、ハクさま。…やっぱりハク。この尊さは本来さまをつけるべきだが、さまをつけると手の届かない距離感になってしまうという葛藤に挟まれた、複雑な乙女心の権化が私であります。次元が違うので最初から手なんて届かないんですけどねふははは…
闇落ちしそうになった時はいつも思い出します。
なんとお美しい顔。澄んだ目。頼れる背中。
あまりの尊さに、思い浮かべただけで涙が出てきました。
我ながら重症です。
私もハクに名前を呼ばれたいし、
千尋ちゃんが羨ましすぎるし、
なんならハクそのものになりたい。私が。
そう願っていたら、なんと叶ってしまいました。
夜中。
仮に私の名前を上村遥だとしましょう。
私は寝ながらぼんやり、脳内で繰り返していました。
上村遥上村遥上村遥…
思えばこの時から少し変だったのかもしれません。
普通の人は自分の名前を脳内で繰り返したりしませんからね。
多分疲れていたんでしょう私は。
それか恋の病にわずらわされていたのだと思います。
上村遥上村遥うえむらはるかうえむらはるか…
ぼんやりと私の脳内を私の名前が駆け巡ります。
我ながら変人。恋のパワーって偉大だわ。
うえむらはるかウエムラハルカウエムラハル…
その時でした。
突然私は思ったのです。
え、ウエムラハルカって誰?というか何?
その瞬間、足元がぐらりと傾くような、
いや、寝ているので天井と床が混ざったような心地がしました。
床がぐにゃりと歪む感覚。
大袈裟に聞こえるかもしれませんが、
本当にそんな感じでした。
私は、だれ?名前は何??
一瞬、たぶんほんの一瞬、
なんと私は自分の名前が分からなくなってしまったのです。
人間不思議なもので、
名前がわからないと自己のアイデンティティを証明できないのだなと
この時初めて思いました。
多分時間にするとほんの数秒とかだったんだと思います。
それでもとても不安でした。
自分の名前が分からないことがこんなに不安だなんて。
ハクと千尋ちゃんの気持ちが痛いほどわかりました。
名前とは自己の存在を証明するものなのです。
名前とは、自己そのものだったのです。
自己という入れ物に貼られたラベルがなくなってしまったとき、
中身に何が入っているかは
もう誰にもわからないのです。
寝しなで寝ぼけていたこともあったのでしょう、
幸い私は
すぐに自分の名前を思い出しました。
上村遥。そう、私の名前は上村遥でした。
安心してぐっすり眠った私ですが、
起きてから少し心配で、
グから始まってルで終わる名前の先生に相談に行きました。
今思ったんですけどグーグル先生ってしりとりの「る攻め」のバリエーションに加えられますね。
せんせー!
自分の名前を忘れた人 検索!
自分 名前 忘れる 検索!!
名前 わからなくなる 自分 検索!!!
はたと気がつきました。
誰も自分の名前を忘れた人はいなかったのです。
この広いネットの世界で。
そして私は気づきました。
この日本でーいや、もしかしたら世界中で
自分の名前を忘れるという
あほ極まりない経験をしたのは
私とハクと千尋ちゃんの3人だけでした。
あ、すいませんあほなのは私だけです。
そして私は思い出しました。
ハクに名前を呼んでもらい、ハクのおにぎりを食べられる千尋ちゃんが
羨ましくて仕方なかったこと。
羨ましすぎて
もはやハク自身になりたかったこと。
そう、
私はハクになったのです。
私は夢を叶えたのです。
これぞ愛の力。らぶいずぐれいと。
…違うそうじゃない。
ハクになりたかったはなりたかったけど決してそうじゃない。
らぶいずぐれいと、ばっとでんじゃらすなお話でございます。
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