春にお前を食うまでに

 それは動物ではなく、ましてや植物でもなかった。
 十代の少女のような姿形をしていたが、額から天を突くように捻れ伸びる二本の角が、それが人であることを否定していた。
 少女のようなものは、透明な鉱石に似た二本角で空を仰いだ。角の芯が、夜の森を柔らかく照らす月光を蓄え、微細な輝きを放ち始める。
 この息を飲むような非現実的な光景も、暗視装置を通していたら味気ない単一色の映像でしかなかっただろう。暗視装置とは違い輪郭こそ不鮮明な部分もあるが、実物に近い色味を再現できる夜光レンズゴーグルを使用して正解だったと思う。
 俺は引き金に指をかけた。あれを撃ち殺すには、これ以上ないほどのチャンスだった。
 スコープの中心に獲物を合わせる。まだ気付かれていない。今なら狩れる。逸る衝動を抑えるように、俺はゆっくりと息を吐いた。
 引き金に触れている指へ、慎重に力を込める。一発の長い銃声が、深い宵闇の中へと消えていった。

【続く】



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