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アリとキリギリス

昔見たイソップ物語なのでうろ覚えなのですが…


まだ暖かい時期に勤勉なアリはせっせと働いて、キリギリスは遊んでて。


冬になってアリが蓄えでやり過ごすのを見ながら、キリギリスはとぼとぼと寒いなかを歩いていく…みたいな内容でした。


ここで勤勉でありなさいっていう教訓をどうこう言うつもりはなくて、
僕はアリのしっかりした生きかたも、キリギリスの刹那的な生きかたも好きです。


きっと僕たちはそんなに命を脅かされることがないからか、その日その日を楽しく生きる人も多いと思います(僕もそんな感じです)


最近のできごとと考えを書くと、


飲みに行ったお店で、近くに座ったお客さんから容姿を褒めてもらえたんですね。


で、普段そんなこと言われない僕はすごく嬉しかったのですが、


もうすぐ40歳になる人の顔を作っているのは生まれながらの資質のようなものではなくて、
その人がどんな言葉を使って、どんな人と接し、どんな経験をしたか。
何に心を動かしたかだと思っています。


自分で動かせるパラメータを意識はしてきたものの、今の容姿は周りの人や環境が与えてくれた部分がすごく大きいと感じていて、
もちろんそれはとてもありがたいですし運が良かったと解釈しています。


でも、それって僕のかっこよさなのかなって自信が今ひとつなくて。


それで自信がある、これが僕を僕たらしめているものって何だろうって一睡もせず考えていました。


その結論が「アリとキリギリス」だな、って。


普段の僕の判断はきっとキリギリスで。楽をしたいなとか、何となくでいいやとか。
流されるような感じで。


ただ、ここぞという判断をするとき。

そのときにキリギリスを選ぼうとすると、アリがとても悲しそうな顔をして語りかけてきます。
「信吾はそれでいいの?」って。


なのでアリに謝って、感謝して、きつくてもやり遂げる選択をします。


アリを選んで後悔したことは一度もありません。


それ自体も周りにいるたくさんの人たちが応援してくれたおかげであって、決して独力ではないのですが、
僕が自信を持って自分のかっこよさだと思うのは、


大事な場面でアリを選べることです。



今とても大事なことがあって、

全身の細胞が「キリギリス!」って叫んでて。

それでも僕は泣きながらアリの手をとりました。


だからきっと大丈夫です、この先たくさん泣いても。
その選択ができる限り大丈夫です。



何とかしてみせます、僕は内面がさらにかっこいいので。

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