見出し画像

監視 其の二

監視 其の一|歌屋 #note https://note.com/fallin7458/n/n35e0c42a8282
の続きです。

エリカが横浜に歌を聴きに来た翌日、
バイトの夜勤に向かうと、相方のOさんから何やらニヤニヤしながら話かけられた。

O「う・た・や・く〜ん
君もなかなか隅に置けないねぇ〜?えぇ?」

何のことだか分からずに訊き返すと、

O「とぼけたってダメだよ〜?
昨日山下公園で女の子と一緒にいたでしょ?
あれが例の遠距離の彼女なのかな〜?」

どうやら昨日、エリカと一緒にいたところを見られていたらしい。
あれはお客さんだと説明し、エリカとのやり取りを説明したが、

O「地元にカワイイ彼女残しといて浮気はしたらダメだよ?
てか、やっぱり音楽とかした方がモテんのかな?
Sも歌って今の彼女見つかったとか言ってるし…」

とかブツブツ言っていたので、
早々にまたエリカが来ることも無いだろうが、
妙な誤解を生まないように、今後は絶対にスタジオかカラオケを取ろうと思った。

そう思っていた矢先、
その日の夜勤の休憩中の深夜、エリカからメールが来た。

エリカ「歌屋、元気〜?こないだは歌ってくれてありがとう!また今度行くから、次のお休みを教えてくれる?」

さすがに少し怖くなった。
昨日の今日でまた片道1時間以上かけてこちらまで来るという。
単なる厚意とは思えず、何かエリカに執念じみたものを感じざるを得なかった。

だが、たまたま次の休みは東京でバンド関係の用事が入っていたことを思い出し、
その旨をエリカに伝えると、不服そうではあったが、渋々了承して、そのまた次の休みに会う約束をした。
根本的な解決ではなかったが、その時は少しでもいいから距離を取りたかった。

そうして大体2週間に1回のペースでエリカは横浜に来た。
こちらがエリカが住む町方面に遠征した時にはエリカも必ずと言っていい程ライブに来てくれた。
かなり変わった子だが、程よく付き合っていけばいいのかなどと、その時は楽観視していた。

季節は流れ、11月頃。
それまで遠距離で付き合っていた地元の彼女と別れた。
規制も出来ず、半年近くも会えない中で、お互いすれ違いが多くなっていたのだが、
彼女から「好きな人が出来た」とメールが来てからは早かった。
最後はほとんど自然消滅のような形で終わってしまい、
何とか仕事やライブには出ていたものの、
1週間程度であるが半ば抜け殻の様になってしまい、
職場の仲間や音楽関係の友人たちにかなり心配をかけてしまった。
夜勤組の面々や、仲良くしていた音楽仲間が飲みに連れて行ってくれたりして、
徐々に平常を取り戻していったが、その間、エリカからの連絡はほとんど見ても返してもいなかった。

ある程度元通りになり、溜まったメールを返そうと1件ずつ見ていくと、
エリカからのメールがとんでもない件数になっていた。
若干見るのが怖かったが、とりあえす数件見てみると、
やはり「何で返信くれないの?」とか「いい加減返事して」などの言葉のオンパレードだった。
気まずさもあったが、いろいろライブ関係でもお世話になっていたので、
返信が遅れたことの詫びと、彼女と別れて落ちていた旨のメールを送ったら、1分程でエリカから着信が入った。

私「…もしもし?」

エリカ「心配したよ〜!?ずっと返事くれないんだもん!
彼女と別れたの?」

私「お恥ずかしい話で…(苦笑)ガッツリ落ちてたわ」

エリカ「歌屋は悪くないよ!私、話聞くから!そっち行ったらまた飲んで話そうね!」

私「ありがとう…また頑張るから、いろいろよろしくね」

そう言って電話を切った。
その日は休みだったので、そのまま眠ることにした。

ケータイのバイブ音で目が覚めた。
布団に入って気付いたら眠っていたらしい。
誰かと思って画面を見るとエリカからだった。

私「もしもし、どうしたの?」

エリカ「歌屋?もしかして寝てた?メール見てないかな?」

私「ごめん寝てた。メールも見てないけど、どうしたの?」

エリカ「今さっき、横浜着いたよ!」

はぁ…?
横浜着いた?

エリカ「さっき電話で『話聞く』って言ったじゃん?
だから急いで準備してきた!
横浜駅から先の歌屋の家までの道順分からないから教えて!」

本当に言葉が出なかった。
一旦ケータイから顔を離して時間を見ると時刻は23時辺りに差し掛かろうとしていた。
エリカの自宅方面の電車は分からないが、
当時そこまで深夜帯の本数がなかった相鉄線はそろそろ終電間近の時間になっていた。

一瞬迎えに行かねばとも考えたが、
かと言って、そのままエリカを迎えに行って家に迎えようとも思えなかった。
それまでの押しの強さを考えたら、どちらかと言えばあまり深く関わるのは避けたいタイプの子だ。
最善手は何かと考えて、一旦横浜駅まで出向き、
最悪、朝まで駅周辺で付き合って、始発で帰ってもらおうと思っていた。

そこでエリカに「今から横浜駅まで出てくるから待ってて」とメールを送ったのだが、

エリカ「待てなかったからもう相鉄乗ったよ!
降りる駅教えて!」

と返信が来て、私は更に青ざめた。
そうされると自宅にも近付かれるし、かと言って自宅の場所を特定されたくもない。
でもこのまま放っといたら電車でどこまでも行ってしまうだろう。

もうお客が惜しいとか言っていられない。
どう思われてもいいと思って、

[今日は出ていけない。せっかく来てもらって申し訳ないけど、まだ終電間に合うなら今日は帰ってほしい。今は一人でいたい]

そう送ったのだが、その直後から鬼のような勢いで着信が入りだした。
予想はしていたが、夜中の事でもあり薄ら恐ろしい。
電話が途切れたと思ったらメールが飛んでくる。
何とか合間を縫って着信拒否は出来たのだが、
メールはどれだけ拒否設定してもアドレスを変えて送ってくる。
埒が開かないと思い、致し方なく自分のメールアドレスを変更したら、今度はショートメールで送ってくる。
さすがにここまでくると本格的に怖くなってきて、
どうにかショートメールの拒否設定を探すが見つからない。
悪戦苦闘してなんとかショートメールの拒否設定をし、
ケータイが鳴らなくなってようやく少し落ち着き、
エリカから送られてきたショートメールを見ずに削除した。

どれだけ好意を持たれていたとしても、
エリカの行動には到底同調できなかった。
確かに彼女と別れてひどく落ち込んでいたが、だとしてもメンヘラに執着されるのは御免被りたい。
わざわざ来てくれた事に対して、悪いことをしたとは思っても、
その後の行動でエリカは自分の中で恐怖以外の何者でもなかった。

ある程度時間が経ち、落ち着きを取り戻したら、
急に睡魔が襲ってきたので横になった。

ふと目が覚めると、身体が動かない。
金縛りのようだ。
電気を点けたまま寝ていたようで、部屋の様子はよく見える。
それまでも何度か金縛りはあったが、趾の一本も動かせない。

早く解けないかと思って横になっていると、
突然誰かに、掛け布団の上から「バンバンッ!!」と叩かれた。

そして耳元で

おきてよ

と聴こえた。

そこで金縛りが解け、バッと跳ね起きた。
慌てて部屋を見回すが、もちろん誰もいない。
玄関を見ても、ちゃんと鍵はかけてある。
誰かが忍び込んだ形跡もない。
エリカの件でそこまで疲れていたのだろうか。

そう思っていたら、またケータイが鳴った。
ドキッとして画面を見ると、公衆電話からだった。
嫌な予感しかしないし、出たら確実に後悔する。
分かっていながらも、私の指は切電ボタンではなく、発信ボタンを押そうとしている。
そして発信ボタンを押し、受話口を耳に当てた。

おきてよ

と、エリカの声がした。
反射的に切電ボタンを押し、ケータイの電源を切って、
そのまま横になり、いつの間にか寝ていた。

気が付くと朝になっていた。
すぐに覚醒し、昨夜の出来事が一瞬で脳裏をよぎったので、
ケータイの電源をオンにすると、着信お知らせがすごい勢いで入ってきた。
全て公衆電話からだった。
あれからエリカはずっとどこかの公衆電話からこのケータイに電話をかけ続けていたのだろうか?
だとしたら本当にゾッとする。

明け方くらいまではかかっていたようで、それからは諦めたのかかかって来ていないようだったので、
新たに公衆電話の着信拒否設定をしたのだが、
それでも不安だったので近くの携帯ショップに行き、
番号を変えてもらって、知人たちへ電話番号とメアド変更の旨を連絡してその日は一日潰れた。

数日の間は横浜駅でエリカに遭遇しないか不安で、自宅から自転車で職場に通っていた。
自分でも情けない話だと思うが、これは味わった人間でないと分からないと思う。
暴力や心霊的な何かを恐れるのとはまた違う、
「生きた人間が起こす、今に活きた恐怖」とでも言えばいいのか。
とにかく訳もなく恐ろしいのだ。
生理的な面に訴えかけてくる、得も知れない怖さがあるのだ。

しばらくはライブ会場でエリカと会わないかと不安だったが、
今よりネットも発達しておらず、エリカの住んでいた地域ではライブも入らなかったので、
エリカと会うこともなく、それ以外でもいろいろあったため、徐々にエリカの事も次第に忘れていった。

時は流れ、今から8年ほど前。
2度めの上京前の冬、たまたま音楽関係の仕事で地元から東京方面に出向いた時、
これまたたまたま小さいライブに出る機会があり、
初めてエリカと会った街で歌うことになった。

その時にはエリカとの1件も忘れていたのだが、
エリカとも会わず、普通に楽しくライブをして、その後地元に帰った。
帰り着いたその日の夜、疲れて眠りこけていたら、金縛りにあった。

意識ははっきりしていたが、身体がどうしても動かない。
疲れすぎたのかと思いながらそのまま横になっていると、
横浜の時と同じ様に、掛け布団の上から身体を「バンバンッ!!」と叩かれた。

一瞬で跳ね起き、同時にあの時の記憶が蘇ってくる。
何ともマヌケな話だが、そこで先日歌った所はエリカと会った街だということも思い出した。
少し青ざめていると、耳元で

おきてよ

と聴こえた気がして、改めて青ざめた。

それからしばらくして2度めの上京をし、
エリカと出会った街にも用事で昼に何度か訪れたが、
あれからエリカとは会っていない。
当時知り合ったミュージシャンの人々とも疎遠になってしまったので、
今エリカがどうしているのかも分からないが、
あの時エリカを招き入れていたら、今頃どんな状況になっているのかと考える時が今でもある。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?