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列 (後)

列 (前)|歌屋 #note https://note.com/fallin7458/n/n3b0ba022fae7
の続きです。


 サオリと話した翌日、祖母の実家の法事が執り行われた。
法事と言っても、午前中に檀家のお坊さんに家で読経を上げてもらい、それから先祖の墓を清めて参り、食事に行くくらいのものなのだが、
信心深い祖母にとって最大のライフワークでもあり、
本来だったらエミコの祖母、つまりは私の祖母の姉の仕事でもあるのだが、大病を患い、長距離での移動と法事の取り仕切りが出来なくなってしまったため、
代わりをかって出ている祖母を家族総出で協力していた、という感じだ。

 そんなこんなでドタバタして終わって、本来なら翌日に帰れる予定なのだが、お祭りは明日なのだ。
もちろん、我々が楽しみにしている肝試しも明日にある。
そのためだけに残るわけではないが、祖母としても地元のイベントがあるということで明後日まで残ってくれるそうだ。
 ただ、祖父と母、叔父は短いお盆休みが終わるそうで、明日の朝には叔父の車で帰るらしい。
 エミコの母は残れるそうで、明後日に帰りがてら我々も送ってくれるのだが、何もしないのが性に合わないということで、
タクちゃんのお母さんに相談した上で、お祭り当日にタクちゃん達の学校で催されるバザーに、焼きそば屋台の調理担当で急遽参加することになったそうだ。


                    ↑自然公園

           山(墓地) 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

            県道

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         |         |
         |         | 公民館
   祖母宅   |         |ーーーーーーー
         |          駐車場
         |               海→

             ↓小学校方面

ざっとだが、周辺の感じです(雑)


 図のように、祖母の実家から目の前に駐車スペースがあり、その片隅に件の公民館がある。
そこの先はすぐ海になっていたのだが、岩がちな地形だったのと、フジツボやカキが多数あり、それ以外にもそんなにきれいじゃなかったので、遊泳には向いていない海だった。
 県道を挟んで山がちな土地があり、段々畑のようになったその山は、周辺の方々の墓が並ぶ墓地でもあった。

 タクちゃん達の小学校は海母宅からは2kmほど離れた海沿いに建っており、たしかに小学生が徒歩で通うには少々遠い立地だった。
 歴史のある小学校のようで、以前はそこそこ生徒数もあったのだろう、当時私やエミコが通っていた都市部の小学校と大きさも規模も変わらない造りだったが、
その当時でほとんどの教室が空いている有様だったそうだ。

そして当日、17:50時頃になり、我々は小学校に向かった。

 我々の集合場所にはすでにサオリが待機しており、我々を見つけて手招きをしている。
各集合場所にはそれぞれ随伴する保護者がいて、我々の随伴はシゲフミさんだった。
我々を見ると、シゲフミさんは私とエミコにテレホンカードサイズの紙袋を手渡した。

シゲフミ「これはばあちゃん(私の祖母)から。
歌屋とエミコは、これをポケットに入れておいてな」

エミコ「これなに?」

シゲフミ「お守りだよ。昨日お坊さんが来てたでしょ?
あのお坊さんに作ってもらったんだよ。それ持ってたら歌屋でも肝試し怖くないから(笑)」

 何だか変なディスられ方だが、それだけ霊験あらたかなモノなんだろう。
情けない話だが、こういったグッズ系であっさり強気になれる単純な子供だった。
多分、今も。

 18:00を回り、保護者のリーダー(?)の方が、拡声器で肝試しの注意点を説明しだした。
要約するとこんな感じだったと記憶している。

・肝試し場所は墓地のある山にある自然公園で、そこに特設したコースで行う

・自然公園の頂上にある石碑に置かれてあるアイテムを取って折返し
それから元の集合場所に帰る

・1班から時間差で順々に出発し、元の集合場所に戻った班から公民館へ移動し、交代で入浴、終わったら準備された夕食を食べて公民館へ移動

ここで、リーダーの方が

「で、ご飯を食べて公民館に入ったら、

今 夜 は 絶 対 に 外 に 出 な い で く だ さ い 」

と、そこだけ一際強調して言った。

 一人の子供が「なんでですかー?」と聞いた。

リーダー「聞いてる人もいるかも知れませんが、
今日はお盆で、神様がこちらに降りてこられる夜です。
絶 対 に 外 に 出 な い で く だ さ い 」

 やはりそこだけ妙に強調して言っている。

 そして細かい説明が続いた後、班ごとに分かれて移動を始めた。
まだ日が昇っているので周囲は明るい。
子供の頃の夏、母が買ってきた花火をするのがたのしみだったのだが、いつまでも暗くならない夏の空を何度忌々しいと思ったことか。
 でも、こうして普段やらない事を出来るのは楽しい。
歩を進めていくと、水平線に沈みかけている太陽が見えた。
思わず、私とエミコは声を上げそうになりながら、その画を眺めた。
「こんな田舎は嫌だ」と言ったサオリは、
この街中では決して見ることの出来ない絶景にも飽きているのだろうか。
 今、こうして見蕩れそうになっている私とエミコも、ここに住んだらそう思うように飽きてしまうんだろうか。
そんな事をぼんやりと考えた記憶がある。


 30分ほど歩いて、全員が自然公園の麓に着いた。
すでに第一陣は出発する準備をしていて、我々の班もあと十分もせずに出発となった。
 班は全部で3班で、我々は2番目だった。
一つの班に4人ずつの子供がいたので、我々を入れて計12人くらいの子供がいた。
 順番が近づいてくると、シゲフミさんがサオリに提灯を渡したり、注意事項を教えていたりした。
ずっとクールに見えていたサオリだったが、小学5年生の女の子だ。
 我々の中では最年長ではあったが、実際は怖かったのだろう。
タクちゃんや私とエミコにも懐中電灯が渡され、いよいよ肝試しがスタートした。


 麓の駐車場から舗装された遊歩道があり、そこを緩やかに登っていくと、頂上付近に石碑と小さな祠がある。
 石碑の内容は失念したが、確か土地の成り立ちとか守り神らしき説明書きがあったと思う。
薄暗い登道で、時折脅かし役の大人たちの仕掛けでキャーキャー騒いだりしていたが、
所々に街灯もついており、何より誰かと一緒に周っているので大して怖く感じなかった。

 
 しばらく登道を登っていると、件の石碑前に着いた。
そこの祠の前に、誰か保護者のお手製だろうか、小さいお手玉が置いてあった。
随伴していたシゲフミさんが「それを持って帰るんだよ」と言ったので、エミコが取った。
 折返しは、元きた道順ではなく、北路の反対側の下りルートを下っていくコースだった。
そこでも脅かし役の保護者の仕掛けなどがあるはずだが、
下り始めて間もなく、脅かし役と思しき保護者の方(以下:Wさん)が、息を切らせながら駆け足で下りの道を登ってきた。

W「シゲフミさん!」

シゲフミ「Wさん?どうしたのそんな慌てて」

 Wさんは、シゲフミさんを私達から少し離した場所に誘導して、何やら小声で話しだした。
所々しか聞こえなかったのだが、Wさんが

W「クリガミ(?)さんが…出たらしい…」

 それを聞いた瞬間、シゲフミさんの顔から血の気が引いたのが分かった。
隣のタクちゃんとサオリもよく聞こえないからか、一体何があった?という顔をしている。

w「他の子達はもう公民館に行かせたけど、まだこの子らが残ってたと思って。
なんでもUさんとこの奥さんがそれらしいのを見たらしい。
ほら、あそこの奥さん、外から来た人だったろ?
だから…」

我々は何を言っているかが分からなかったが、
話を終えたらしいシゲフミさんとWさんがこちらへ来て、

シゲフミ「ごめんごめん、ちょっと予定が変わってね。
これから公民館に戻るんだけど、歌屋とエミコも一緒に来てくれ。
ばあちゃんには俺から言っとくから」

W「ちょっと面倒なことになってね。
Kさん(祖母の旧姓)にはおじさんからも言っとくから。
とりあえず早く下りようか」

 何だかよく分からなかったが、お泊りまで一緒に出来るようになったということが分かって、私とエミコ、タクちゃんは喜んだ。
サオリだけが何となく不穏な顔つきをしていたような気がするが、ともあれ我々は公民館を目指して帰ることとなった。


が、その途中、


ぶおっ……


という音と共に、生ぬるい風が吹いてきた。
雨の日の前の蒸し暑い夜に感じるような、湿気を含んだ風だった。

何か、いかにもって感じの雰囲気に、一同顔色を曇らせながら先を急いでいると、
エミコが立ち止まって、木立が生い茂る方をぼんやり見ている。
私が「どうしたの?」と問いかけると、エミコは
「なに、あれ?」と呟いたので、私も同じ方向を見た。

暗かったのでよく見えなかったが、じきに目が慣れてくると、白い生地のようなものが見えた。
よく見ると、死者が葬式で着る、白い浴衣のようだった。

それを着た人が、数人で列を成して、木立の中を歩いている。

あれも肝試しの保護者か何かかな?
とか思っていると、シゲフミさんが「どうした?」と言って、我々が見ていた方へ視線を向けた。

「…!?急げ!!

と、大きくはないが、聞こえるくらいの小声で、
しかしはっきりと我々の耳元で言い放った。

その瞬間

列の集団がこちらを振り向いた


エミコもそれを見たらしく、私とエミコは駆け足で先の道を走った。
タクちゃんとサオリに見えていたかは分からないが、
我々が走り出したのと、さっきのシゲフミさんの声で動揺したらしく、一目散に走り出し、
気がついたら麓の駐車場まで着いていた。

 駐車場に着くと、数名の保護者と、我々の後に出発する予定だった班の子達が待っていた。
どうやら、我々が出てしばらく経ってから出発したそうだが、随伴していたWさんの元に「クリガミさん(?)」が出たと報告があったそうで、石碑まで行かずに引き返してきたらしい。
 そして、我々がまだ上にいると気付いて、走ってこちらに来てくれたという。
何が何だか分からなかったが、少なくとも私とエミコは謎の列を見た。
それが「クリガミさん」なんだろうか?

 とにも無事下に着き、後の班の子達と一緒に公民館へ向かった。
着いた頃には前に出発した子達はみんな公民館の中に入っており、
中で保護者が作った食事を食べているようだった。
予定では公民館前の駐車スペースで食事と花火が執り行われる予定だったのだが、これもクリガミさんの影響なのだろうか?
 我々も公民館に入ろうとしたが、その前に公民館前に立っていた大人に塩のようなものを振りかけられ、両方の肩を軽く払われてから中に通された。

 予定では入浴があったはずなのだが、皆風呂には入っていないという。
公民館の中はかなり広く、ちょっとしたお寺のお堂くらいの広さがあった。
そこに全員分の布団が敷かれており、先に着いた子達は布団の上に座って銘々話をしている。
 
 それから三人大人が入ってきて、泊まりについての説明を始めた。
どうやらここにいてくれるらしく、トイレに行きたい時や、何かあったら声をかけてくれといったようなことを言っていた。
 それからしばらくして、もう一人大人が入ってきたのだが、どうやら私とエミコを呼んでいるので行ってみると、
エミコはすでに横になって寝落ちそうになっていた。

ように見えたが、起こそうと揺すってみると、驚くほど体が熱かった。
熱があるように思った。

 それを大人たちに伝えると、シゲフミさんが入ってきて、
「さっき渡したお守り、どうした?」
と訊いてきたので、ポケットを漁ると、何か濡れた感触があったので取り出してみると、


紙袋は水に浸したかのようにびっしょりと濡れていた。


どこかで濡らした記憶は無いし、そこまで汗をかいていたこともない。
一体何故…?と思っていると、シゲフミさんから、エミコのお守りも取り出すよう言われたので、
なんとも恥ずかしかったが、エミコのスカートのポケットを漁った。
 今はぐったりしてるからいいものの、もし起きていてこんなことをしたら、確実にエミコからスケベ扱いされてげんなりするところだ。
程なく、スカートのポケットからエミコの分のお守りも出てきたが、やはりそれもぐっしょり濡れていた。

 公民館の入り口に、昨日の法事で来ていたお坊さんが来ており、
我々をこちらへ連れてくるように、とシゲフミさんに言っていた。
シゲフミさんはエミコを抱き上げて、
「歌屋は歩けるか?そうしたらついておいで」
と言われたので、私はシゲフミさんとお坊さんについて公民館を出た。


 外に出ると、表に停まっていた車に乗せられ、そのまま車は走り出した。
数十分ほど走っただろうか、車はお寺に着いた。
 エミコはずっと寝ていたのか、何も喋らないままだった。
私も何が起こっているのか分からず、一緒に乗り込んだシゲフミさんも何も話さなかったので、ほとんどずっと黙っていた。
 お寺について、お堂に通されると、お坊さん(以下:和尚)が、
「お祓いをするから。大丈夫、何も心配せんでいいよ」
と、優しく言った。
「お祓い」と聞いて、さすがに怖くなって泣きそうだったが、
シゲフミさんが「大丈夫、和尚さんに任せたら安心だから」と言ったので、それを信じて任せることにした。

 エミコは眠っているのか、シゲフミさんに抱かれたままぐったりしていた。
むしろ私としてはそっちの方が心配だった。
いつもは寝付くか、おばさんに怒られるまでは始終騒がしいエミコが、まるでゼンマイの切れた人形のように何も反応しない。

 和尚の読経が終わる頃、ふとエミコを見ると、すっかり寝入っているようだった。
私は特に何かが変わったような感じはなかったが、和尚から「終わったぞ、もう安心だよ」と言われたので、もう大丈夫なのかと思って、ふと気になることを訊いてみた。

私「和尚さん、さっきのは何だったの?おばけ?」

和尚「ん〜…おばけ、というか、神さん、みたいなもんかなぁ」

私「神様だったら、なんでこんな怖いことするの?」

和尚「神様だからといって、みんな優しい神様だけじゃないんだよ。
歌屋くんの担任の先生は優しいかい?」

私が首肯すると、和尚は笑って続けた。

和尚「それならいいけど、他の校区の先生達まで、歌屋くんのことを面倒見てくれるかい?」

私は首を横に振った。和尚は続ける。

和尚「どっちかと言ったら、そんな感じに近いかなぁ。
神様ってすごいイメージだけど、みんなの面倒を見たり、みんなのお願いを聞き続けるのは辛いから、自分の守れる人たちだけしか面倒見ない神様もいるんだよ」

私「神様がえこひいきするの?先生がえこひいきはダメって言ってたよ」

和尚「あはは!その通りだね。神様が依怙贔屓しちゃダメだよな。
でも、そういうものなんだよ。歌屋くんだって、みんなが頼ってくれても、全員の面倒は見られないだろ?
ここの神様も、そういう神様なんだよ」

 しっかりとは理解できていなかったかも知れないが、
子供心ながらに何となくは分かった。
要は「よそ者」だったから、なんだと思って、少し寂しくなった。
 それを察したのか、和尚が続けた。

和尚「でも、歌屋くんにはお母さんもおばあちゃん達もいるし、街に帰れば学校のお友達や先生たちもいるだろう?
エミコちゃんもたまに会えるだろうし、一人ぼっちじゃないんだから」

 当時、片親ということもあり、軽いいじめにあったりして、それが少し解決したばかりの時期だったので、
余計に泣きそうになったのだが、
祖母から事情を訊いていたシゲフミさんが頭を撫でて「泣くな」と言って笑ってくれたので、なんとか涙を堪えた。

私「でも、なんでさっきエミコは体が熱くなってたの?
僕はなんともなかったけど」

和尚「それは多分、エミコちゃんが女の子だからだと思う。
ここの神様は、女の子の方が好きな神様だからね」

私「スケベな神様だね(笑)」

そう言うと、和尚もシゲフミさんも一緒に笑って、
「もう遅いから、向こうに布団を敷いてあるから寝なさい」
と言われたので、社務所のような所に通されて、横になろうとしたら、

シゲフミ「おじさんは今から戻らないといけないから、明日の朝に迎えに来るけど、エミコと一緒に朝までここで寝ておられるか?」

と言われたので、大丈夫、と言って、そのままエミコと同じ布団で眠りについた。


 翌朝、日が出てから和尚が起こしに来た。
横を見るとエミコも目を覚ましたようで、体調を聞くと何ともなさそうだったのでほっと安心した。

エミコ「昨日のこと?あんま覚えてない。
公民館から出たとこまでは覚えてるけど、それから寝ちゃったみたいで。
一回夜中に目が覚めたけど、歌屋が横で寝てたから、あたしもそのまま寝ちゃった(笑)」

 和尚から朝食を出してもらい、しばらくしてシゲフミさんが迎えに来てくれて、そのまま祖母の実家に戻った。
 帰り着くと、祖母とエミコの母が心配そうに出迎えてくれて、何度も「大丈夫か?」と訊いてきたが、特に具合が悪かった訳でもないので大丈夫だと言うと、二人共心底ほっとしたような顔をしていた。

 それからしばらく家の中を掃除したりして、昼前にシゲフミさんに家の鍵を渡して、我々は祖母の郷里を後にした。
途中どこかで食事をしたような記憶があるが、よく覚えていない。

 家に帰り着いたその日の夜、私は熱を出した。
39度ほど出たので、翌日病院に行かされたものの、原因不明とのことで、解熱剤を出されて3日ほど寝込んだ。
 同じタイミングで、別の街に住んでいるエミコも高熱を出して寝込んでいたらしい。
4日目に熱は嘘のように退いて、私は元の生活に戻った。


 翌年からは祖父が癌になって入院したり、それを受けて祖母がかなり弱ってしまったりあって、盆と年末の帰省はなくなった。
 その翌年に祖父が亡くなり、葬儀が終わって私と母は公営住宅の抽選が当たったことと、長男の叔父が所帯を持ったこと、叔父夫妻に子供が出来たことなどもあって、祖父母宅を出た。
それからいろいろとあったのだが、それはまた、別の話。


 そんな祖母の郷里だが、最後に行ったのは数年前。
祖母が亡くなる前に、郷里の土地を処分する話が出たので、長男である叔父の名代として、一度だけ出向いたことがあった。
 それまではシゲフミさんが療養所と家を行き来しながら家と墓を守っていたそうだが、私が土地の整理に出向いた数年前に難病に罹ったそうで、療養所のベッドから全く動けない状態になっていた。
 土地の整理の際にシゲフミさんを見舞いに行った時、
シゲフミさんは動かなくなった体を必死に動かそうとして「俺は元気だぞ!」と見せてくれた。
それを見て涙が出たが、結局祖母が逝去するのと時を同じくして旅立ってしまった。

 土地の整理と家屋敷の処分で、すでに更地になっていた祖母の実家の前で土地の登記を見ていた時、
近所の老人が遠巻きに数名こちらを見ていた。
こちらが気付いて軽く会釈をすると、一人老婆が近づいてきた。

老婆「ここの人ですか?」

私「あ、私ここの家のR(祖母の名前)の孫です」

老婆「あぁ〜Kさんとこの!あたしはそこの畑のもんです」

 よく見ると、子供の頃に見たような気がする。
ただ、どことなく歓迎はされていないような表情に見えた。

老婆「最近はシゲフミさんも見ないし、お家も取り壊されたみたいですが、Rさんは何かあったんですか?」

私「実は祖母ももう長くないみたいで…それで今回、家も取り壊して、土地も返そうと思いまして。それで自分が叔父の名代で来たんです」

すると老婆は不意に

老婆「土地を返す、って…どうされるんですか?」

あからさまに焦ったような言い方だったので、

私「あ、ちゃんと県に返しますんで。これまで通り畑をしてもらえるようにするから大丈夫ですよ」

 そう答えると、老婆はあからさまにほっとしたような顔をして「ほぉ〜、よかった」と言った

私が気にし過ぎなのか、それともどこか偏見の目を持っているのかも知れないが、
こちらは祖母のお迎えが近くて鬱屈しているのに、古い付き合いの人間の体調よりも、自分の畑の方が心配なのかと思って、正直、気分が悪かった。

そして、老婆はおもむろに語りだした。

老婆「ここのお家もいろいろあっててなぁ。
土地は持ってらっしゃったけど、長男のシゲフミさんも若い時に精神病にかかってねぇ。
テレホンショッピング?というのかね?あの電話で買い物をするのは。
あれでどこそこから要りもしないものまでいろいろ沢山買いなさったようで…
当時の旦那さん(おそらく曽祖父)からたいそう怒られて、療養所に入りなさったというし。
おかみさん(おそらく曾祖母)はそこで車に撥ねられて亡くなられるしで。
やっぱり土地の神さんから離れたからいかんかったんかもしれんなぁ…」

私「え?」

 全く聞いた事のない話だった。
シゲフミさんが仕事をせずにいたのは、体調が悪くて勤めに出られないから、祖母から家守と墓守を引き換えに生活の保証をされているとしか聞かされていなかった。

 老婆はそれを察したのだろうが、一言
「あぁ〜知らんじゃったか…」とだけ言った。

 聞いていてむかっ腹が立ってきたが、こちらの顔色を見ていた老婆は気付いたのか、
「あ、それじゃこれで…」
と言って、元いた場所に戻って他の老人たちとこちらを見ながら何やら話し込んでいた。
 大方土地のどうこうやら、こちらの家の話でもしているのだろうが、私は一刻も早くここから出て行きたかった。
畑の敷地やらをざっと確認して、逃げるようにそこから出ていった。
それから祖母の郷里には一度も行っていない。


 祖母の葬儀が終わり、荼毘にふす前に母にその件を話したところ、ため息交じりに語ってくれた。
老婆が話した通り、シゲフミさんは若い頃に対人関係のトラブルからうつ病のようになってしまい、今で言う買い物依存症になったそうだ。
 当時は今のように精神疾患に対しての理解がほぼほぼ無く、土地持ちの家の息子に面と向かって罵詈雑言を吐くような者はいなかったが、いわゆる仲間はずれのような仕打ちをされて、曽祖父が隣町の療養所に入れたらしい。
それからシゲフミさんは準禁治産者にされていたそうだ。

 祖母やエミコの祖母(祖母の姉)は、それでもかわいい弟のことが不憫でならかったのだろう、
いつか戻ってきても、どうか仲良くしてやってほしいと周りに頭を下げて回ったそうだ。
 それもあってか、時折帰ってくるシゲフミさんに対して、
周りの大人達は表面上は仲良しのご近所として接していたようだが、今の話を聞くとそれすらも胡散臭い。

いつだって、人の心なんて、そういうものだ。

 最後にエミコに会ったのは、祖母の郷里の土地整理の確認に行ってしばらくした後。
祖母の葬儀の際に20年近くぶりに再会した。

 二児の母になっており、子供もそこそこ大きくなったので、旦那さんに預かってもらって葬儀に参加したと言っていた。
 そこまで積もる話もなかったが、いろいろ思い出話をしている内に、帰省時のあの夜の事を思い出したので話した。

エミコ「あれはあたしも未だに覚えてるよ。
何か森?ってか山の中だったよね?
白装束みたいの来た人が6〜7人ぐらいいてさ、
あたしと歌屋だけ気付いてたっぽかったよね…

あれ見てから、急に眠くなったっていうか、熱出た時みたいに体と頭がボーっとなってさ。
あの公民館みたいなとこ着いてから、本当にいろいろ覚えてない(笑)
あたし今でも霊感とかないけどさ、あれが人生唯一の心霊体験だったわ」


 今でもあの時の原因は分からないが、今はもうあまり思い出したくないものでしかなくなった。
心霊体験どうというより、土地そのものが思い出したくないレベルで。
土着の信仰があろうが、土地独特の文化があろうが、
自分としては、あんな閉鎖的な感覚で生きていきたくない。
 あの老婆達は、我々が祖先の土地を手放した後も、きっとあのムラで変わらず過ごしているのだろう。
どこにも出ず、どこから出てこられるのも認めず。
きっと死ぬまでそうして生きていくのだろう。

土地の神様も怖いのかも知れない。
それでも、人の心ほど恐ろしいものはない。
それだけは確かに言える。
その心が、土地の神すらも作ってしまうのだ。

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