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列 (前)

 小学生頃の話。

 当時、母方の祖父母と母と私の4人で、九州の地方都市で暮らしていた。
毎年夏の盆時期には祖母の実家がある海沿いの「ほぼ村」と言っても差し支えないようなド田舎に、祖母の先祖の墓参りついでに、祖母の親類も併せて数日滞在するのが通例になっていた。

 私にとって、この祖母の帰省はちょっとした苦しいイベントだった。

 流れとしては、曾祖母の命日でもあるお盆の時期に、私と祖母で前乗りして祖母の実家がある村に向かうのだが、
当時から激しい車酔い体質の私にとって、片道4〜5時間ほどかかるバスの旅は地獄以外の何物でもなかった。
 途中でバスの乗換えで1時間ほど休憩があったのだが、
その乗り換え地点に辿り着く頃には完全に車酔いが完了しており、おにぎりの一つも口にすることが出来ない。
 常にエチケット袋を携帯していないとまずいほどの車酔いと格闘しながら、数時間の旅を終えてようやく着いた祖母の郷里は、西側をちょっとした山があり、そのすぐ東側を海に挟まれた、猫の額ほどの小さな集落だった。

 もちろん、私が物心ついた頃には、電話も通ってもいれば、県道に車も走っているような場所ではあったが、
近くにおもちゃ屋さんもなければ、小さな商店がチラホラあるばかりで、あとは八百屋と魚屋、肉屋が1軒ずつあるような、
あとは老人を中心に、地元に旧くからいる人達ばかりがいるような、寂れた漁村だった。
ひ○らしを山間から海沿いに舞台変更したような感じだろうか(きっと分かりづらい…orz)

 更に、当時で築半世紀以上の歴史を持つ祖母の実家は、
汲み取り式の和式便所に五右衛門風呂という、現代なら考えられないオールドスクールな造りをしており、
私はこのどちらとも馴染むことが出来なかった。
 夏場の汲み取り式便所の噎せ返る臭いで、それまでの車酔いが再発し、五右衛門風呂の汚い浴室の雰囲気で追加の吐き気を貰うという、どうしようもないコンボを喰らう祖母の実家が嫌いだった。

 もう一つ嫌いだったのは、やたらと蛇が多い地域だったことだ。
恐らく、ハブ以外の殆どの国産種がいたんじゃないかと思うくらい蛇が多かった。
 特にマムシが非常に多い場所で、祖母の実家の庭先から、先祖の墓がある西側の山がちな土地、極めつけは汲み取り式便所の中からも這い上がって来たことがあったくらいだ。
 私も何回か行った中で、庭に植わっていたドクダミを摘んでいた時、子供のマムシがひゅっと出てきて、そのまま手を噛まれたことがあった。
 後日知ったのだが、マムシは幼体の頃のほうが毒を多く出すそうで、私の手も噛まれた患部が酷く腫れた。
その時は、遅れて自家用車でやってきた叔父の運転する車で隣町の病院で血清を打ってもらって事なきを得たが、
おかげで未だに蛇だけは、毒があろうがなかろうが触ることはおろか、生で見ることすら出来ないほど苦手になった。

 そんな全く(自分にとっては)いいとこなしの祖母の帰省だったが、
これについて行っていたのは、それなりの理由があったからだ。

 帰省は祖母の親族の集まりも兼ねていて、毎回親族郎党全てが集まるわけではなかったが、必ず来ていた人たちがいた。
 まずは祖母の弟に当たる人で、私にとっては大叔父に当たるシゲフミ(仮名)という人。
この人は当時、精神病の類で難病を患っており、隣町の療養所と祖母の実家を数ヶ月刻みで行き来する暮らしをしていたのだが、
別に会ったからといって変な事をされたりする訳でもなく、
むしろ釣りに連れて行ってくれたり、話し相手になってくれたりと、私にとっては、法事の準備などでバタバタしている祖母や母に代わって子守をしてくれる大好きなおじさんだった。
 シゲフミさんもいろんな釣り場に私を自転車の荷台に乗せていってくれたり、
アイスを買ってきてくれて海沿いの良い景色が見えるところで食べさせてくれたりと、大変かわいがってくれた。

 もう一人、毎回会うことを目当てにしていたのが、
祖母のお姉さんの娘親子で、私と1歳違いの女の子のエミコ(仮名)だった。
系譜上で言えば従姉妹に当たるのだろうが、同じ九州に住んでいたにも関わらず、こういう時か法事くらいでしか会えないような間柄でもあった。
 エミコは活発な女の子で、蛇を素手で捕まえてきたり、
祖母の実家前にある海の岩場から岩牡蠣をごっそり取ってくるような野生児だったのだが、
見た目は可愛らしい容姿をしており(記憶の中では)、なかなか女子と遊ぶ機会のなかった私にとっては、エミコと海や釣りなどをして遊ぶのが祖母の帰省に付き合う一番の理由でもあった。

 そんな祖母実家への帰省で、未だに忘れられない思い出がある。
確か、小学2年生位の頃だったと思う。

 初日は祖母とシゲフミさんと一晩を過ごし、一日遅れて二日目に叔父の車で祖父と母が到着し、その日の夕方にエミコ達母子が到着するのが常だった。
3日目か4日目に法事と墓参りがあり、最終日に帰るという日程だった。

 もう一人、近所に住んでいた1歳年上のタクちゃん(仮名)という男の子も遊んでくれていた内の一人で、
休みのタイミングが合う時はよく遊んでもらっていたのだが、
2日目にエミコが着いて、タクちゃんと合流した際に、タクちゃんからこんな事を言われた。

タクちゃん「僕の小学校で、いつもは夏休みにA市(隣の市、祖母実家から車で更に2時間ほど)のキャンプ場に行くんだけど、今年は何かあって行かないことになったんだ。
 代わりに今年は学校でお泊り会があって、肝試しとかあるんだけど、歌屋くんとエミコちゃんも参加しない?
お母さんたちに訊いてみたら『お泊りは無理だと思うけど、肝試しくらいなら大丈夫だから』って」

 タクちゃんの通っていた地元の小学校は、過疎もあるが生徒数がとにかく少なく、
1、2年生が合同で授業を受けてるような小さい小学校だったのだが、親御さんたちの厚意なのか、夏にはみんなでキャンプに行ったり、他にもいろんなイベントがあるとのことで、
我々がお盆時期に帰省しても1、2日も遊べないような感じだったのだが、今年はずっといるという。
それも『肝試し』なんていうイベントのお誘い付き、だ。

 私もエミコも断る理由もなく、二人して
『お母さんに訊いてくる!』
と祖母宅に走ったのだが、母たちに話すと、どうもしっくりしない顔をしている。
 子供ながらに『何かまずいことでもあるのか』とエミコと二人で訝しんでいると、法事の準備をしていた祖母が出てきて『何事か?』と訊いてきたので、私とエミコの母が説明すると、祖母も『…う~ん。。。』と唸っている。
その場にいる中での最高権力は祖母にあるので、祖母から反対されたら誰にも庇うことは出来ない。
 エミコもそれを分かっているので、半ば泣きそうな顔になりながら祖母の応えを待っていると、

「行かしてやりゃいいじゃろ」

と、祖父が鶴の一声を出してくれた。

※以下会話、本当は凄まじく地元の方言で訛っているのでなるだけ標準語に直してます

祖母「いや、だけどお父さん、あんたも分かってるだろうけど、ここら辺の子供じゃないんだから…何があるやら心配よ?」

祖父「俺はそんなのは知らん。それに歌屋もエミコも子供だから、こんな暇な所に4〜5日もおったら、それこそ退屈で耐えられんぞ。大人のワガママに付き合わせとるんだから、せめて遊べる時は遊ばせてやらんかね」

祖母「……本当に大丈夫ですかね…?」

祖父「お前は心配しすぎなんだよ!それに何があるっていうんだ?」

 そんな感じで祖父母の言い合いが始まってしまい、
なんとなくバツが悪くなったので、私とエミコはお互いの母に促されて、連れ立って外に出た。
 
 祖母は信心深い人で、祖母の一族は元々この地域一帯の地主だったそうだ。
近隣の畑も元々は祖母の一族の土地で、ドが付くほどの田舎なので高値ではないが未だに土地を農家に貸しているらしく、
周りの老人たちから我々は「ぼっちゃん」「おじょうちゃん」と呼ばれていた。
 当時もなんとはなしに感じるものがあったが、今思えばどこか封建時代の感覚を引き継いでいるような雰囲気があった。
それに、当時はよく分からなかったが、祖母の地元には独特の土着の信仰のようなものがあったらしい。

 今ならば何かしらの土地柄とか、そこに基づく土着の信仰なんかがあって、それが元で反対されているのかとも考えられるが、当時の我々は単純に祖母が地元の子達のイベントに参加を許してくれないことが不愉快で、不可解だった。


エミコ「歌屋のばあちゃん、一回言い出すとなかなか聞かないんでしょ?」

私「うん…それでもワガママ言うと怒り出すから、いつも黙ってる…」

エミコ「だから歌屋はおっきくならないんだよ!男ならやるときゃガツンとやらなきゃ!っていつもうちのママも言ってるよ!」

私「…だって、ばあちゃんもこわいもん」

エミコ「っもうこの子は!しょうがないから今日一緒に寝てあげようか?(笑)」

私「っちょっと!そんなに臆病じゃないよ!」

エミコ「ど〜だろ〜ね〜(笑)なんだったら一緒にお風呂も入ってあげよっか〜?(笑)」

 そんな子供じみた(実際子供だったが)やり取りをしつつ、近所をブラブラした後、我々は祖母宅に戻った。


 夕食時になり、大人数で食卓を囲んだ時、祖母から
「肝試し、行ってきなさい」
と言われ、私とエミコは声を上げて喜んだ。
 どうやら、祖父とシゲフミさんが祖母を説得してくれたらしく、特にシゲフミさんの説得がかなり効いたらしい。

シゲフミ「当日は俺もお手伝いで参加するし、お泊りはさせれないけど、タクくんたちも学校じゃなくて、そこの公民館でお泊りらしいから、すぐに会えるよ」

 そう聞いて、少し驚いた。
公民館というのは、祖母宅から出て歩いて30歩くらいの所にある場所で、少々広い造りにはなっているものの、何か集会じみたものがあっているのは見たことがなかった。

シゲフミ「今年のお盆はこの地域の30年に一度のお祭りみたいなのがあって、それの関係で子供達も外に出られなかったんよ」

祖母「シゲフミから言われるまで忘れとったよ。
もうそんな時期だったとは…年は取りたくないねぇ…
だから、余計に行かせたくなかったんだが、一応、身内が付いてるんなら大丈夫だとも思うから、行っといで」

 私とエミコは改めて声を上げて喜んだ。
それを見て祖父母、母、叔父、シゲフミさんで笑った。
しかし、シゲフミさんが急に真面目なトーンで話しだした。

シゲフミ「でも、姉ちゃんが言う通り、この子らはここら辺の子供じゃないから、一応アレは用意しとかんとな」

祖母「そうね…明日、〇〇さん(檀家)とこに行くから、ついでに作ってもらっとかなきゃね」

 ?何の事だ?
と思ったが、我々は諦めかけた肝試しへの道がつながったことへの喜びの方が大きかったので、さして気にしていなかった。


 翌日、タクちゃんに「参加出来る」と伝えた。
タクちゃんも大層喜んでくれて、早速上級生のリーダーに我々のチーム分けを依頼する電話をしてくれた。
 私とエミコ、あとはタクちゃんと別の上級生の子と同じチームになった。
タクちゃんがその子を呼んでくれたらしく、電話から15分くらいしてその上級生はこちらに来てくれた。

 その上級生はサオリ(仮名)という、当時小学5年生くらいの女の子だった。
サオリの実家は集落の中にある和菓子屋で、私も何回かサオリ家で作られたと思しき節句の祝菓子を食べたことがあった。

 我々と合流したサオリはかす巻(カステラをロールケーキみたいにあんこを入れて巻いたような和菓子)を一箱持参してきており、
「これ、おじいちゃん達から。Kさん(祖母の旧姓)家で食べてもらうようにって」
と言って、私に渡してくれたので、お礼を言い仏壇に上げにいった。
我が家では、戴き物はまず仏壇に上げて、ある程度して食べるのが暗黙のルールになっていた。
 後に知ったのだが、サオリの祖父母は農家をしており、そこの農地も祖母の祖先からの土地だというので、祖母の祖先がどれだけのものだか未だに想像がつかない。
 タクちゃんとサオリの元に戻った我々は、肝試しの日の話題で話し始めた。

サオリ「君たちは知らないだろうけど、タクは今回のお祭りの事とか何か聞いてるの?」

タクちゃん「いや、あんまりお父さんとかも教えてくれないけど、今年はここから出られないんだよね?」

サオリ「そう。最後にあったのはうちのお父さんが小学校1年くらいの時なんだって。お母さんはギリギリ小学生じゃなかったから分かんないって言ってた」

タクちゃん「確か、そこ(公民館)でみんなで寝るんでしょ?なんで学校じゃないのかな?」

サオリ「あんた…あんなとこで寝たいと思うの?絶対オバケ出るって!あたしは嫌だ」

私「え、タクちゃんたちの学校、オバケ出るの!?」

タクちゃん「うん。めっちゃ噂あるよ。学校自体古いし、夏休みでも、夕方前にはプールとか運動場から追い出される」

サオリ「ここから結構遠いのもあるしね。田舎だから、よそから人来たらすぐ分かるけど、変なのがいないとも限らないし、『危ないから』って。
だから早く帰ってきなさいって。いつもそんな言われてる」

私・エミコ「夕方前?」

サオリ「うん。大体17時くらいまでには帰ってこいって言われてるかな。みんなそれくらいまでには帰ってるよ。部活とかもないから」

タクちゃん「俺も来年から野球始めるけど、隣町の野球チームだよ。毎回お父さんかお母さんから送り迎えしてもらわないと…めんどいんだよね〜」

サオリ「君たちは普通に街(都会、の意)の子だから、そんな事ないんだろうけど、ここは田舎だからね。だから、私は高校は絶対街の方に行くんだ。全然面白くないんだもん(笑)」

 当時、よく意味は分からなかったが、今なら痛いほど分かる事だ。
あるのはいくつかの商店と海のみで、他には何の娯楽もないような過疎地だ。
色気付き始めた若者からすれば、そんな場所より華やかな街での生活の方が断然魅力的だろう。

サオリ「そんなことより、今度のお祭りだけど、お父さんたちが話してたんだけどさ…

出 る ら し い よ 」

そう言って、サオリは両方の手の甲を前に垂れて、うらめしや〜のポーズを取った。
それを見て私は「ひぃっ!」と情けない声を上げた。
タクちゃんとエミコが笑うのを見て、サオリは続けた。

サオリ「いや、ホントに出るらしいんだって。前回も出たって、うちのお父さんが言ってたんだから」

エミコ「出るって…幽霊が?」

サオリ「そう。ここはそういう土地なんだって。詳しいことは知らないけど、他の上級生の男の子とかは肝試しとは別に何か度胸試しとかするみたいだよ。多分無理だと思うけど」

私「どうしてですか?」

タクちゃん「肝試し終わった後に公民館でお泊りがあるって言ってたじゃん?その時、大人も何人か公民館にいるらしいんだけど、他にも大人が何人かでここらへんを回るんだって。理由は分かんないけどね」

サオリ「多分、歌屋くんのおばあちゃんとかなら知ってるんじゃない?」

私「ん〜…何も話してくれなくて」

サオリ「うちの親も。まぁ、特に何もないんじゃない?
肝試しが楽しかったらいいよ(笑)」

エミコ「(私を指差して)この子、す〜ぐ泣いちゃうから(笑)ま、何かあったらアタシが助けてあげるから」

私以外の一同でひとしきり笑った後、しばらく話して解散した。


次回に続く

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