メリーさんがきさらぎ駅で遭難して泣いてしまうだけの話

 メリーさんとの付き合いは長い。
 私が小さな頃に買い与えて貰って、それからずっと一緒にいた。
 だけど高校生にもなって人形は恥ずかしいでしょうと言われてゴミに出したのだ。
「私メリーさん、今……あなたの後ろにいるの」
 そう言われて私は彼女を抱きしめ……そして元の居場所に座って貰う。

 母親はしつこい人間で何度も棄てるが何度も戻ってくる。
 やれやれ人形に惚れられるとは私も罪な女だ。

 私は希望の大学に合格した。
 きさらぎ大学だ。そして入学した学部はきさらぎ駅近くのサテライトキャンパスが主な活動場所となっている。
 そんなわけで、私はきさらぎ市で一人暮らしを始める。

 きさらぎ駅は流石に大きくて都会だ。家賃なんて払えない。
 だけど如月高速電鉄、通称如電(じょでん)の新きさらぎ駅から普通で三駅、川奈部如月駅の近くに良い感じのワンルームマンションを見つけた。
 荷物をまとめて発送して、あとは私とメリーさんと一緒に一人暮らしの始まりだ!

 と、思ったけど思いっきり寝坊した。
 最悪だ。新幹線の時間がある。
 身支度をして荷物を持って……メリーさん?
 メリーさんがいない!?
 すると母さんが暢気に「棄てたわよ」と言う。
「もう!」
 とは言え、メリーさんなら来てくれるだろう。私はそう信じている。

 新幹線に乗って○時間。私はきさらぎ中央駅へと降り立つ。
 きさらぎ中央駅からは地下鉄の南北線に乗って五駅できさらぎ駅、そこから如電の新きさらぎ駅で乗り換えて、そうやって新居に到着する。

 家の周辺は思ったよりも都会で、田舎暮らしをしてた私には信じられなかった。
 春休みはまだ続く。入学までに街に慣れておかないと――っと、その前に区役所に転入届を出さないと。
 川奈部如月駅から一駅で上きさらぎ駅だ。そこから歩いて西区役所。
 きさらぎ市は東西を上下で表現するので、ちょっと戸惑う。
 実際、学校のメインのキャンパスは下きさらぎ市にあって、下きさらぎ市駅と言うややこしい名前になっている。

 色々下調べしてきさらぎ市のことは知っているつもりだけど、思ったよりもずっと大きい街でびっくりする。
 服とか買うならきさらぎ駅で地下鉄に乗り換えて、東西線に乗って西きさらぎ駅だ。
 きさらぎ市は台地の上に出来た街なので、国鉄如月駅が出来た時、街の端に線路が通ったのだ。
 なのでざっくりときさらぎ市を西から見ていくと、上きさらぎ→川奈部如月→JRきさらぎ/如電新きさらぎ/地下鉄きさらぎ→西きさらぎ→中きさらぎ→きさらぎ市役所→きさらぎ城→東きさらぎ→本多如月→下きさらぎ市→きさらぎ東ホールと言った感じに並んでいる。
 南北は外きさらぎ→きさらぎ中央→北きさらぎ→JRきさらぎ→きさらぎ南→きさらぎ港→きさらぎ国際空港とある。
 勿論途中にはいくつも駅があるが、きさらぎと付くだけでこんなにあるのだ。

 西きさらぎ駅から中きさらぎ駅までアーケードが続いていて、商店街が結構大規模に広がっている。
 そこから脇に逸れたところにあるセレクトショップに入ると結構可愛いアイテムが見つかる。
 アーケードをぶらぶらしているのも楽しい。
 色々と美味しそうなものが売っているし、老舗も最新のグッズのお店も色々ある。
 人形のお店もあったから入ってみた。
 あぁ、これなんかメリーさんに着せたらいいんじゃないかな?
 可愛いドール服が目に入った。
 あぁ、メリーさん、今どこにいるのだろう?

 家に戻るとメリーさんから電話が入った。
「あたしメリーさん。これからバスに乗るの」
 え!? 実家からバス!? むちゃくちゃ時間掛かるヤツじゃん!?
 驚きつつも「大丈夫!? きちんとクッションとか用意するんだよ!?」と声を掛けた。

 心配だけどどうしようもない。
 10時間バスに缶詰か……新幹線代を置いておくんだった……
 取り敢えず明日の朝まで寝るしかない。
 と、言う事で、翌朝目が覚めるとメッセージが残っていた。
「あたしメリーさん……おしり痛いの……ぐずん……」
 あぁ電話に出られなくてごめんね……

 メリーさんからの着信は番号非表示なのでかけ直すことが出来ない。
 どういう意地を張っているのか分からない。

「あたしメリーさん……いま駅の近くに着いたの」
「何処の?」
「セブンイレブン新きさらぎ駅南改札前店……」
 また厄介なところに出たな……すぐ横に地下鉄改札があるから間違えると大変だ。
「今から行くからね!」

「あたしメリーさん……いま北きさらぎ駅にいるの……上きさらぎ方面じゃないの?」
「あー、そっちは違う方。戻っておいで!」

「あたしメリーさん……いま乗り過ごして南きさらぎ駅にいるの」
「あぁ……居眠りしちゃったのね!?」
 メリーさんが泣きそうだ。励まさないと!
「あぁそこの駅の近くで美味しいスフレのお店があるんだよ! 行ってみるといいよ! 朝ご飯まだでしょ?」

「あたしメリーさん……凄く並んでる……」
 そうだよなぁ……あそこは開店前から並ぶからなぁ。
 漸く身支度が調う。
 駅までダッシュだ!

「あたしメリーさん……スフレおいしい」
「ほんと美味しいよね!」
 メリーさんの機嫌が直ったようだ。

 と、駅まで着いたら新きさらぎ駅にて線路内に侵入した人がいて現在不通だと言う。
 バスで睦月駅まで移動して、そこからJRで行くしかないか……
 と、思ったけど朝のこの時間だ、代替バスが凄い行列になっている。

「あたしメリーさん、きさらぎ駅まで戻ってきたの」
「ごめんね、私まだ暫く行けそうにないの。中きさらぎ駅の近くに可愛いお人形屋さんがあるから行ってみたら。
「うん……」

 バスに押し合いへし合いで乗り込み、やっと睦月駅……なのだけど……
「あたしメリーさん……今、きさらぎ商店街にいるの」
 あぁ、商店街と逆の方向のビルの中なんだ……
 私は必死で説明していると、一本電車を見逃してしまった。
 時刻表通りじゃないの!?
 電光掲示板には赤い文字で「車両トラブルによりダイヤが乱れております」と出ていた。
「もう! なんでこんなことに!?」

 一本見逃したのがデカかった。そのあと一向に電車が入ってこない。
 しかしそれにしてもメリーさんからの電話がないな……

 取り敢えずキヨスクで何か買おうと思ったのだが、めぼしいモノは売り切れている。
 カロリーメイトを囓り、缶コーヒーを飲む。どこのサラリーマンだよ。

 そしてやっと電車がやってきた。
 乗り込んだ直後着信だ
「あたしメリーさん……いま……」
「ごめん! やっと電車に乗れたの! もう少ししたらかけ直して!」
 可哀想なことをしたな……

 するとメールが入ってきた。
 他の人形と一緒に自撮りした写真だ。
「あたしメリーさん……今、お風呂に入れてもらったの」
 それはそれはいいことだ。
 服も違う服になっているので、洗濯して貰っているのかもしれない。

「あたしメリーさん……今、きさらぎ焼きにチャレンジしているの」
 きさらぎ焼きは小麦粉や卵で出来た生地を薄く伸ばして焼き、様々な具材を包んで四角い形にして紙に巻いて食べる、クレープみたいなきさらぎ市民のソウルフードだ。
「何処のお店?」
「潮汐亭……ドールのお店の人に教えて貰ったの」
「大正解だよ!」

 しかし、ドールの店から潮汐亭となると随分西寄りだな。
 そう思って西きさらぎ駅へと向かう。
「あたしメリーさん……今、きさらぎタワーにいるの」
 おいおい、きさらぎ駅に戻ってきてるじゃねぇか!
「えっ!? えっ!? 潮汐亭の方にいたんじゃないの?」
「割引券貰ったから……」
「そ、そうなのね。楽しんでおいで」

 私はとって返してきさらぎタワーの方に向かう。
 きさらぎ駅から少し南に歩いたところにある。
「あたしメリーさん……ここはどこ?」
 マジで何処だよ……
「写真でいいから送って!」
 と、いうことで暫く待っていたらJRきさらぎ駅の北口改札。
 なんでそこまで移動するんだよ。
「そ、そうだ! コメダ! コメダがあるよね? そこで待ってて!」
 私は大急ぎできさらぎ駅のコメダへと急いだ。
 北口からちょっと東に行ったところにあるのだ。

「あたしメリーさん……シロノワールとカツパン、あとコメチキとクリームコーヒーを頼んだの」
「おいやめろ!!!!」

 このままではまたメリーさんが泣いてしまう。
 急がなければ。
 息を切らして店に駆け込むが……いない!? どこにいるの!?
 その時メールが入ってきた。
「あたしメリーさん……こんなに沢山たべられない……」
 ほら、言わんこっちゃない!
 だが、窓に映る風景はなんか違う。
 ひょっとして、きさらぎ駅にコメダってひとつだけじゃないの?

 スマホを取り出して調べると、七つほどあった。
 でもメールは返信してもエラーが出るし、どうしたものか……虱潰しに行くしかない。

 四つ目の店舗に入るとき、メールが届いた。
「あたしメリーさん……となりのお姉さんが食べてくれた」
 完食の皿の前に一人の女の人がピースしている。
 誰だそんな聖人!? と言うか、こんな美人なお姉さんがアレ完食する!? マジ何者?

「あたしメリーさん……あたしお姉さんの子になる」
 電話が入ってきたとき、さっきの美人のお姉さんがメリーさんをよしよししている光景が目に入った。

「おい、ちょっと待てや!」
 私が声を荒げると美人のお姉さんがケロっとした顔で笑う。
「ほら、来たでしょ?」
 メリーさんがいくらかいい顔をしているように見える。
「こんな可愛い子を手放したらダメよ」
 お姉さんは颯爽と去って行った。

「メリーさん、今日は何処に行く?」
「きさらぎ動物園! 今スタンプラリーやってるんだよ!?」
「よし分かった! 手を離すんじゃないよ!?」
「見失ったら探してくれる?」
「絶対探すから!」

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