チート転生したけど転生先はテラだったseason2-1

○これまでの話
 主人公はある日倒れ、転生の女神によってアークナイツの世界に転生してしまった。
 それは、極東の南朝側、那古市に拠点を置く天鳳会の若き組長、稲葉みおとして。
 町奉行の里中詩子や組の仲間と共に、敵対するヤクザと守護人奉行の陰謀と戦い、一応の決着が付いた。
 みおの戦いは続く。


 鉱石病の暮らしが厳しいのは世界何処へ行ってもそうだ。
 極東のこの地に於いてもそれは例外ではない。
 私は剣術道場を開いていたが、それも閉じざるを得まい。

 感染の原因は古い友人を訪ねた時の事だ。
 彼には生き別れの息子がいて、その息子の所在を探していたのだ。その事で伝えたいことがあると言うのが理由である。
 彼の"事情"は知っているが、敢えて触れる事もない。
 一つだけ言える事は、その息子は数年前に事故で亡くなったということが、最近分かったのだ。
 それを報告するため、遠路はるばる那古市までやってきたのだ。

 彼の部屋に鍵は掛かっていなかった。
 刀鍛冶である彼の工房に立ち入ると、黒い粉が舞い上がる。
 その瞬間、それがオリジニウムダストだと気付いた。
 既に幾らか吸ってしまった。
 一刻も早く立ち去るべきだというのが通常考えられる対処だ。
 しかし、彼を確認したかった。

 私は息を止めて近付く。
 彼は――既に源石に置き換わっていたが、その手元に手紙と一振りの刀が置いてあった。
 私はそれを手に取ると、工房を後にした。

 手紙には、自分の願いを律儀に全うしてくれるのは私ぐらいだと書いてあり、そして自分が死んだ今、息子に伝えるべき意味はなくなったと書いてあった。
 手を煩わせた礼として、自分の最高傑作を持って言ってくれ、そして自分のためにそれを振るってくれと書いてある。

 鉱石病に掛かってしまったのは殆ど疑いようのない事実だ。
 そして、鉱石病の人間が他の移動都市に入る事は叶わない。
 例外は沢山あるが、一介の庶民にそんな都合のいい特例はない。
 なので、荒野で野垂れ死ぬか、移動都市の中で迫害を受けつつ、ひっそりと死ぬかのどちらかしかないのだ。

 一つだけ……鉄砲玉みたいな使い道があるなと思った。
 "悪い人間"が暗殺に感染者を使うとき、上手いこと書類を偽装して他の街へ送りつける。
 地の利のある都市へと送り込まれることは想像に難くない。
 遠からず死ぬのならば、せめて自分の街で死にたいし、剣の道に生きるのであれば戦って死ぬのも悪くない。

 ここには有力ヤクザ天鳳会がある。
 駄獣の賭博場に行けばゴロツキらしい連中はいくらでもいる。
 少しはキレのありそうな男に声を掛けると、「自分から鉄砲玉志願とは大層なこった」と一人の男を紹介される。

 その男はオニのヤクザで天鳳会に繋がりがあると言う。
 剣術には自信があるので、軽く剣技を見せると目の色を変えた。
「鉄砲玉なんてとんでもねぇ。お前ならしっかり働けるぞ」
 そんなわけで、彼の紹介で天鳳会の本部に足を踏み入れることになった。

 若頭代理というエーギルの男にも剣術を見せる。
 そこそこ剣の道にも通じているらしく、構えの隙のなさだの刀さばきの正確さを褒められる。
 よし、お前はボディガードとして働け。
 鉱石病の予防薬は事務所が用意してやろう。

 こんな流れ者にあり得ない厚遇である。
 流石に耳を疑うと、既に道場の事が知られていた。
 どうせ何を言っても信じないだろうと黙っていたから驚きだ。
「剣術先生が近くにいるなら姉御も安心だろう」

 それで早速仕事である。
 組長は若い女性で、迫力はそれほどでもないが、相当な術者らしい。
 いつぞ大きな事件に関わって、朝廷も一目置くとか言うのだから信じられない。

 事務所で彼女が仕事をしている間、部屋で刀を手にただ待つことしか出来ない。
「矢代さん。鉱石病大変でしょう」
 不意に組長が話しかけてきた。
 書類に目を通しながら話をしている。

「鉱石融合率はそんなんでもないので大した事ありません」
 仕事の前の健康診断で、「典型的な初期症状だね」と言われてたのだ。
 ロドス製薬の薬を貰って、毎日欠かさず飲んでいる。
「困ったことがあったら言ってね」
「ありがとうございます!
 組長は鉱石病が怖くないんですか?」
 うっかりと質問してしまう。
「怖いよ。でも空気感染しないって分かってるもの、ビビってても仕方ないじゃない。
 組長が鉱石病にビビって引き籠もってるって嫌じゃない?」
 事もなげにさらっと答えられた。
 どう答えたらいいか迷っていたら続きの言葉が来た。
「貴方も突然鉱石病になって動揺しているでしょう? みんな怖いんだよ。でも、恐怖は理性で克服出来るわ。
 それって剣術の道にも通ずるでしょ?」
 そこまで達観されると返す言葉もない。
「まぁ気楽にして。取り敢えず危険な連中はやっつけた後だし、ちょっと連れ回すけどそれぐらいかなぁ」

 それからボディガードとして働くことになる。
 彼女の出先、彼女が交渉だの会合だのしている後ろで、いつでも刀を抜けるようにしている。
 彼女が幾ら声を張ったところで、男ほどの迫力はない。ただただ強そうな男が後ろに立つと言うのにも一定の意味があるようだ。
 特に大きな事はない――とは言え、彼女の命を狙う人間は後を絶たないのだが。

 特に自慢する話でもないが、ボディガードに就任して早々、突撃カマしてきた鉄砲玉を――そいつも感染者だったが――切り伏せたのは、私のヤクザ生活にいい方向に働いた。
 尤も、その話に尾ひれが付いてしまったのだけど。
 ついでに剣術について学びたいと言う若い連中に稽古を付けてやっている。今やすっかり先生扱いだ。

 ある日、事務所に電話が掛かってきた。
 若頭代理が出ると「あぁ、お奉行ですか」と案外機の抜けた声だ。
 お奉行って、どこの奉行だよと思っていたが、若頭代理は電話を組長へと渡した。
「詩子、最近調子良さそうじゃない? 町奉行で何か困ったことでもあったの?」

 この街はヤクザとズブズブなのだなと思った。
 そして、その奉行と組長の関係がかなりこざっぱりしたものなのだと言うのも分かった。
「うんうん。じゃぁ例のお寿司屋さんでね」

 彼女は時間までにキッチリ仕事を済ませた。
 ヤクザなのに事務仕事っぽいことしてて、何だよこの人と思ったものだ。しかし電話での指示だの何だのを見ていると、これがこの人の本当の姿なのかもしれない。

 組長と一緒に寿司屋へと向かう。
 寿司屋は貸し切りになっている。
 寿司屋そのものは他の組員が守っているので、私は運転手と一緒に車で待機だ。
 お奉行の顔も見える。組長と同じぐらいの年頃の女性だ。
 それなりに事情がありそうな気がする。

「組長はちょっと前から随分と成長したねぇ。爆発事件で目が覚めたんだろうね。
 組長としての自覚も出てきてて頼もしいよ」
 年老いたヴァルポの運転手も勿論組員だった。
 組長のことは割と昔から見ていたという。
「昔はどうだったんですか?」
 運転手は「おっと、昔話しすぎると組長に殺されちまう」とはぐらかした。

 丁度その頃、別の組員が寿司折りを持って来た。
「姉御の差し入れだ」
 どうせ大したものではないだろうと思ってたが、有鱗獣だの周鱗獣だのが入っているちゃんとした寿司だった。
 一流の寿司屋がいい加減な寿司を出している筈もなく、十二貫がどれも美味かった。

 お奉行とどういう話をしていたのか知らない。
 知らないし、一介のボディガードがとやかく言う話ではない。
 とは言え、二人は笑顔で手を振って別れていた。

 組長は多少酒が入っていた。
「矢代さんってお酒飲まれますか? お土産に一瓶だけ貰っちゃったんだけど、このまま家に持って帰ると喧嘩になっちゃうから」
 そう言って貰ったのは、クルビアのオリジムシビールだ。
「すっごく美味しかったから!」
 そう話す姿は組長と言うよりも、世間で見掛けるただの会社員のようだった。

 運転手に勧めなかったのは、運転手が下戸で有名だからだそうだ。
 まぁ、下戸が運転手なら事故もないだろうよ。

 組長が屋敷に戻り、私は宛がわれた個室に入る。
 一応、刀の腕は見込んで貰っている。それなりに揃っている部屋だ。
 尤も、軽い旅行で出掛けた先での出来事、特に荷物らしい荷物はない。
 家から持って出た護身用の打刀と脇差し、それとアイツから"預かった"刀。
 特に買い物で困る事はない。家の者が組長の買い物のついでに買って来てくれる。
 屋敷に付いている組員もいるから、男が入る用の風呂だのなんだのも揃っている。
 感染者になって人生終わったものと思っていたが、そうでもない。勿論、自由ではないのだが。

 例のビールを飲む。
 王冠を開けると、芳醇なホップの香りがする。
 程よい苦みと、麦の味が口に広がる。
 瓶をしげしげと眺めるとボブ農場と言う所で作っているようだ。
 ラベルには防護服にチェーンソーを持った男、三匹のオリジムシが描かれている。
 そんなものもあるのか。
 普段はサケ(世間では極東酒と言うが)を飲む事が多いので、ビールもいいものだなと思った。

 気分は悪くないが、どうにも寝る気分にならない。
 こんな時は、アイツの刀を眺めてみたりする。
 刃文の美しい刀だ。鍔はシンプルだが、幾何学模様が綺麗に打ち込まれている。柄は白く艶のある交鱗獣の皮、漆黒の柄糸が捩り巻きされている。

 アイツはどういう思いでこれを託したのだろう?
 アイツは刀工としてちょっと名の知れた存在だった――しかし、ここ十年は新刀を生み出すことはなく、世捨て人のような生き方をしていた。
 それ故、今では忘れ去られた存在だ。
 そして、そんなアイツがいつ感染したのかも分からない。
 感染したから隠居したのだろうか? それとも何かあったのだろうか?

 この刀がいつ作られたのかも分からない。
 売ればそこそこのカネになっただろう。そうすれば鉱石病の治療も出来ただろうに。

 今日ばかりは胸のもやもやが取れない。
 刀をしまい、警護の詰め所へと向かう。
「矢代先生、ご苦労様です!」
「先生は例の旅行に同行されますよね?」

 話を聞くと、組長が旅行を検討していると言う噂話が立っていた。
 噂というか、幹部連中に自分が暫くいない間の指示を出しているという。
 初耳だが、知らないと言う顔をしててもみっともない。
「組長から指示があるまで狼狽えるな」
 そう言って話は収めた。
 だが話に出てきたのは濱藤の移動都市である。それに私が一番動揺している。

 濱藤は私の道場のある街である。
 ある程度見知った連中には手紙を出したが、感染者と知ると大体は返事も寄越さない。
 人望はある方だと思ってたが、鉱石病とは恐ろしいものだ。

 まだ決まった話ではないが、濱藤に行けるとなると、少しは今の事情を知りたい。
 道場は一番見込みのある弟子に任せたので、何もなければいいのだが。
 その弟子は、娘が出来たばかりだ。
 感染者が顔を出しにくいけれど、挨拶ぐらいはしたい。
 結局、その夜はまんじりとも出来なかったのだ。

 翌朝、組長を連れてある会合場所へ。
 その社内での話だ。
「矢代さん。実は、来週からちょっと旅行へ行くんだけど、一緒に付いてきてくれる? 手続き関係は、昨日の子が全部済ませてくれたから、問題は何もないんだけど」
 組長からの提案を心待ちにしてないと言えば嘘になる。
「謹んでお供します」

 そう答えて一呼吸を置いて彼女は語りかける。
「濱藤って貴方の元々いたところでしょ?」
 そう言われてきょとんとしてしまう。
「話さなくても分かるよ」
 彼女は微笑みながら続ける。
「私の用事が済んだら、少し時間をあげる。少しぐらいは片付けなきゃいけない事あるでしょ?」
 まだ入って間もない感染者にここまでしてくれるものかと思い、自然と涙が溢れた。
「一生、貴方の為に働きます!」
「そんな大袈裟な!」
 組長は笑って済ませたが、私は感謝で言葉にもならない。

 当日までに旅の準備を片付ける。
 私としてはそんなに持ち物はない。
 打刀は"預かり物"の方を持っていこう。いつまでも観賞用ではアイツに申し訳ない。

 当日は一人のトランスポーターが迎えに来た。
 中年の女性でサユリと言った。皺が見えてきているが端整な顔立ち。若い頃はさぞかし美人だっただろう。
 それにしても、隙を一切感じさせない立ち姿には感服した。それでいて、組長を「みおちゃん」と軽い調子で呼んでいる。
 どうも先代の組長から使っているそうだ。
「矢代孝四郎……名取家の剣術指南役も落ちぶれたものね」
「あれは自分からやめたんだ」

 古い話になる。名取家という守護人奉行の倅に剣術を教えていた時期がある。
 お世辞に性格のいいタイプの人間ではなかった。
 父親は立派な人なのに残念な事だ。
 剣の道、人の道を教えてきたつもりだが、ある日刃傷沙汰になったのだ。
 彼は権力でもみ消そうとしたが、父親はそれを許さなかった。
 勘当まであと一歩のところで、私が身を引いて譲って貰ったのだ。
 あの判断が正しかったのかはまだ迷う所がある。

「それじゃぁ行きましょうか濱藤へ」
 サユリの運転で車は動き出す。
「着いたら曼鱗獣の蒲焼きを食べましょう?」
 彼女の提案に組長は後部座席から頸を突っ込んで来る。
「えー、昨日櫃まぶし食べたばっかりだよー」
 娘っ子みたくサユリに懐いていな……古い仲だからだろう。
 櫃まぶしは曼鱗獣の蒲焼きの那古風といった食べ物だ。昨日は組長のおごりで食べさせて貰った。
 そう言えば、曼鱗獣の捌き方は南朝と北朝では違うという。
 南朝は「腹を割って話そう」の腹開き。北朝は「切腹を連想する」ので背開きだと言う。

「美味けりゃいいじゃねぇか」
 独りごちてしまう。
「濱藤の曼鱗獣は美味いからね!」
 サユリは上機嫌だった。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?