チート転生したけど転生先はテラだったseason2-2
○これまでの話
主人公はある日倒れ、転生の女神によってアークナイツの世界に転生してしまった。
それは、極東の南朝側、那古市に拠点を置く天鳳会の若き組長、稲葉みおとして。
町奉行の里中詩子や組の仲間と共に、敵対するヤクザと守護人奉行の陰謀と戦い、一応の決着が付いた。
話は変って、濱藤市の剣術道場師範である矢代孝四郎は、親友を訪ねて那古市にやって来る。
そこで亡くなっていた親友に一振りの刀を授かる。
同時に、彼は鉱石病に感染してしまい、ヤクザの世界へと身を投じる。
みおに気に入られた矢代は、みおの旅行へと同行することになった。
○本編
「それにしても、みおが旅行って珍しいね。しかもお熱になってる小説家がいるだなんて」
そこから組長の読んでいる小説の話になった。
小説の内容は、鉱石病や種族の差のない世界のSF作品である。
普通に考えて、鉱石病も種族の差もないなんてさぞかし幸せな世界だろう。
しかし、小説によるとそんなに単純な話ではなく、肌の色の違いでいがみ合い、国によるいがみ合い。人間の手による環境破壊やエネルギー問題、世界を滅ぼしうる兵器による問題などを抱えるそうだ。
「救われねぇ話だな。小説の中でぐらい幸せになってもいいだろう」
うっかり素が出てしまった。しかしサユリもその話に乗っかってきて「幾ら何でも人類に対して露悪的過ぎやしない?」と笑った。
組長は「それもそうなんだけどね、ちょっと気になることがあってね」と言って言葉を濁らした。
「なんだい、このサユリちゃんにも聞けない話なのかい?」
サユリも食い下がるが、組長は「ちょっとだからね」と言うに止まった。
そのちょっとの為に仕事もほっぽり出して、濱藤まで行く事になるのだけど。
街道は延びている。幾つもの移動しない村落を通り過ぎ、小さな移動都市も通り過ぎていく。
道は平坦ではないが、それでも交通量はあるのでそれほど支障は来さない。
朝出発して、到着は夜になっていた。
移動都市に入り、ホテルへと直行する。
「ふぅ、疲れたぁ」
組長が伸びをする。
濱藤の"警備会社"と合流し、ひとまず私の仕事はひと段落だ。
このホテルは剣術指南役であった頃、何度も利用したことがある。
尤も食事だのパーティだのに呼ばれた時の事なので、宿泊は初めてだった。
個人的には大浴場があるような旅館の方がよかったが、警備的にはこういうホテルがいいのだろう。
シャワーを浴び、二人との食事に合流する。
約束通り、曼鱗獣の蒲焼きである。
濱藤は南朝側の移動都市であるが、捌き方焼き方は北朝的なので那古市から来た組長には珍しいだろう。
久方ぶりの濱藤だ。しかしこの旅行が終われば、二度と足を踏み入れる事もないだろう。
弟子には連絡を入れた。
組長の用事が終われば会うことが出来る。
何を話そうか。何を伝えようか。
翌朝は早速、組長は小説家と話をする事になった。
小説家が一介のファンに会うのかと言えばそんなことはなく、小説家の方は組長へのインタビューをバーターにしてきたのだ。
取材とは仕事熱心だ――確かに組長は"例の一件"で顔も知られてしまったし、表沙汰になってないアレコレも知っているだろう。
小説家は指定時間にホテルのロビーに現れた。
どんな偏屈な人間が出てくるだろうと思っていたが、思った以上に若い小柄な女性だった。可愛い系の子で、挨拶から何から突飛な印象はなかったのだ。
小説家の名前は三倉紫苑、性別は公開してなかったし表に出てくる情報も少なく、謎の人物であった。
そう言う印象は組長も同じだったのだろうか。割と面食らったような顔をしている。
「こんなちっちゃい子が良く書くねって思った?」
挑むような眼差しに組長は、「ごめんなさい。でも思ってた人物像とあんまりにも違うから」としどろもどろになっていた。
「まぁそう言う顔される方が、何かと便利だからね」
作家はそう言って話を始めた。
組長は、あの小説が何処から着想を得たのか気になっているようだった。
「ひょっとして自分も同じようなの考えててパクられたとか思ってたり?」
「滅相もない! でも――何というか、小説読む前に見た夢に凄く似てたから」
「どうなんだろう? 人間の記憶って曖昧だから、後で知った事を昔から知っていたみたいに思う事あるじゃない? そう言う手合いって割と見てきたから信用してないんだよね」
「もし、貴方が同じような夢を見たことがあったりしたらって思って」
「いやぁ、そういうオカルトじみた話し好きなの?
私は単純に、そう言う世界でどんな問題が生じるかって考えただけだよ。
私の好きな言葉に、"優れたSF作家は自動車を発明する。卓越したSF作家は渋滞を予言する"ってあるのよね。
まぁ私、これでも売れっ子作家じゃない? だから慎重に考えただけだよ。
もっと言えば、慎重に考えれば誰でも思いつく可能性はある。
私とそう言う人との違いは、私はそれをきちんと文章に残したってことかな。
それだけのこと。それ以上でも以下でもない」
組長は今ひとつ納得している顔をしてない。
「ひょっとして、経験したことしか書けないとか言う手合い?
経験しないと書けないなんて二流の言い訳だよ。
想像力と推論能力のために人生の何に時間を掛けるかというのは大切だけど、人と違った経験したってだけで何か書けるなら、作家稼業なんて犯罪者だらけになるじゃない。
貴方だって、私なんかよりよっぽど凄い経験してきてると思うけど、それだけで作家業が務まるとか思ってたりする?」
割と歯に衣着せない子だ。
組長は割と泣きそうな勢いだ。
「ねぇ、貴方、本当にあの事件の首謀者なの?」
そこまで言われるとつらいだろう。
それからああだこうだと取材は続いた。
勿論、組長にも言えない事は多い。
名前を伏せたりするけど「それって○○って人だよね?」みたいな事まで出てくる。
「貴方、ジャーナリストにでもなるつもり?」
「私、調べ始めると割と熱籠もっちゃうタイプだからさぁ」
頭を掻きつつ笑い、そして真剣な眼差しになる。
「最近、ちょっと不味いことになったんだよ。
軽い気持ちで北朝との密輸について調べてたんだ。
別に密輸なんて普通でしょ? 今時、高校生だって忍者の持ってくるゲームを遊んでる。
だから、その辺の人間関係とか調べてたんだよね……」
どうもこの子はアタリを引いてしまったらしい。
密輸は御法度ではあるが、あくまで名目上である。
密輸なんて誰だってやっている。いつぞ食べた寿司だって寿司屋お雇いのトランスポーターと言うか忍者が運んでいる。
忍者って言ったって様々だ。要人暗殺なんてやってしまう連中もいれば、鱗獣やらゲームやらを運んでいる連中もいる。
実際、サユリだって忍者だ。
運び屋には運び屋の機微がある。どこで袖の下を渡すとか、どういう手続きがあるとか、誰に気をつけるべきかとか様々だ。
移動都市の外を移動するのだって様々な困難がある。
誰しもそれを織り込み済みで密輸しているのである。
とはいえ、これは絶対にやったらヤバイと言うのは幾つもある。
刀剣等の武器、アーツユニット、純正源石の類は流石にお上も黙っていない。
どうやらこの作家先生は、刀剣密輸の情報を握ってしまったらしい。
濱藤は北朝に割と近いから、この手の情報だの物資だのが出入りしやすい。
迂闊と言えば迂闊だ。
「ヤクザの親分なら匿ってくれるでしょう? 私死んだら、続き読めないよ?」
エキセントリックなお嬢さんだ。
「北朝のこういう情報を役立てられそうだし」とも付け加える。
「いや、私、別に好き好んで北朝を敵に回してる訳じゃないし……」
しかし、そこまで言いつつも組長は彼女を黙って見過ごす事も出来ないでいる。
イライラしたように頭を掻くと、「あー、もう! しょうがない!」と彼女の同道を許したのである。
荷造りにまで同行することになる。
離れて早々暗殺されるなんて寝覚めが悪いから――組長は笑顔で私とサユリにお願いしたのだ。
警備会社の警護は、ホテルとその周辺の契約だから、そこから離れるというのは危険な行為ではあった。
「まぁ矢代のおっちゃんも強そうだしいいんじゃない?」
サユリはあっけらかんとしている。
彼女の家に着く。
案外普通の家だ。小さな平屋でささやかな庭がある。
若い子が自分の収入で買うにしては豪勢だが、しかし新進気鋭の作家としてはかなり控えめである。
「おっきい家とかそんなに必要ないでしょう? モノ書くだけなんだから」
それが彼女の持論であった。
組長は家の"雰囲気"から罠があると察知した。
どうやっているかは分からないが、絶対にあるといって譲らない。
でも三倉先生は「でも、荷物あるし」と言ってこっちも譲らない。
「他に入れる所とかありますか?」
「縁側とか?」
縁側の雨戸は当然内側から閉まっているので、外からはどうにもならない。
「乱暴するけど許してね」
組長はアーツユニットを雨戸にかざすと、雷光がきらめいた。
次の瞬間、かなり派手に扉が消し飛んだのだ。
「何てことするの!?」
「これから生活棄てようって人が何を気にしてるの?」
無茶苦茶だった。
組長は扉の内側にも罠が仕掛けてあったのだと説明し、「玄関よりは突破しやすかったから」と笑う。
笑い事ではないのは三倉先生の方だが――ぶつくさと言いながらも荷物を取りに部屋へ入っていく。
そしてこの時、組長もサユリも、そして私も気付いていた。
敵の気配に。
「*極東ヤクザスラング*!!!!」
スジモンどもが奥の部屋から飛び出してきたのだ。
私は三倉先生を庇い、脇差しで応戦する。
打刀を振り回すには狭すぎる。
サユリは後方から手裏剣を投擲して援護してくれる。
しかし背後も忙しそうだ。
家の外からもヤクザだの鉄砲玉だのが雪崩れ込んでくる。
危ないと思ったが、組長は自分のアーツを使い、それらの敵を一掃していく。
戦闘は一瞬だった。
大した強敵もいない烏合の衆だ。
組長はスカートの塵を払い、三倉先生の手を握る。
「エキサイティングね」
三倉先生は震えながらも強気だ。
「エキサイティングなのがお好き? ならもっとお好きになりますよ!」
組長が楽しそうだ。
「それいいね。何かで使っていい?」
「さてと、残るは矢代先生の用事だね」
組長的には大団円直前みたいな顔をしている。
しかし、どういう顔で会えばいいだろうか?
道場では色々と気にする連中もいるというので、結局ホテルで話をすることにした。
約束の時間、弟子がやって来る。
他のメンツは気を遣って離れた所でお茶をしている。
一番目に掛けて、そして期待に応えてくれた優秀な弟子だ。
朗らかな挨拶から本題に入ろう――しかし何をどう話せばいいのか?
役所的には遠方での感染は客死扱いだ。
なので、私の手紙を証拠にして登記の変更などはつつがなく終了した。
とは言え、彼の顔色がすぐれない。
どうしたんだと問い詰めるが、「お師さまが気にするような事じゃないです」と言うばかりだ。
長年見続けてきた彼の事は分かる。
素直な男だからそれでも言えないというのは余程のことなのだ。
「言いたくなったら伝えてくれ。
道を踏み外す前にな」
それが最後の言葉だと思うと少し寂しい。
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