見出し画像

アルツハイマー型認知症の母のこと

母のもの忘れが気になり出したのは1年前、父の目が見えにくくなったと同時期だった。

最初は、「父の目のことがショックで、一時的に不安定になっているのかな」と思っていたが、徐々に「着ていくはずだった上着がない」、「置いていたはずの財布がない」など、置いた場所を忘れてしまうので探しても見つからない、という状態が繰り返し起こるようになった。

普段、私は両親と離れて住んでいるので、日々の母の様子は分からない。そのため父に、「お母さん、こんな感じのことが多いの?」とたずねると「最近、特にそうなったな」と言い、一緒に住む父はすでに母の今までにはない変化を感じとっているようだった。

そこからが大変だったように思う。「頭がおかしくなった」、「前より忘れっぽくなった」と話し、だんだんふさぎこんでいった母は、買い物などの外出もあまりしたがらなくなった。父は視力の低下のため一人では買い物ができない。そのため、代わりに私が買い物に行こうとすると「なんで真理子が買い物に行くの?私だってできる!」と、怒鳴るのだ。もともと怒りっぽい母ではあるが、「おかしくなった自覚はあるけど、自分はまだまだできることがたくさんある。だからあんたに手伝ってもらわなくても結構よ」と思っているのか、母はサポートされることを嫌がり、市の認知症専門の相談員も家を訪ねてくれたが、相談員のことも拒否したようだった。

そんな中、大きな転機となったのは、母の自動車免許の更新だ。私は、「危ないから絶対に更新しないでね」と伝えていたが、母自身は免許を更新しようと思っていたらしい。だが、免許更新の講習で受けた試験が29点と低く、結果を見て心配した警察が市の支援センターに連絡、支援センターの相談員から私に連絡があり、私から警察に電話をするようにとのことだった。担当警察官からは「お母様は、今日は何月何日ですか、とか、少・中学校レベルの簡単な問題にもほとんど回答できていませんでした」とのことで、更新は難しい状況で免許を返納するよう、その警察官が家に来て直接母に説明をして下さったのだった。その際、「病院に行って、一度診てもらったらいかがですか」という話も出たようで、これまで何度も「病院に行こう」と母に伝えていたのに、父や私や相談員の話はあまり聞き入れない母も警察官の言うことは聞き入れたようで、免許の返納も通院もするということになった。

6月に母と私で脳神経外科に行った。いろいろな検査を経て、医者との診察になった時、母の脳の写真を見ながら、脳の萎縮が起こっている説明を受けた。「アルツハイマー型の認知症」とのことだった。やさしい雰囲気のその医者は、症状の説明だけではなく、今後どのように生活をしていったらいいのかを紙に書きながら丁寧に母に伝えていた。「園芸とかいいですよー。散歩もね」、「会話をしたり、日記を書くこともいいですよー」など、その時は母も「そうですねー」とにこやかに話を聞いていたが、その後待合室で「ばあちゃんやじいちゃん(母の両親)もお父さんも大丈夫なのに、なんで私だけ(認知症に)なったの?」とポツリと言った。咄嗟に返す言葉が出てこず、「でも、薬を飲めば進行が抑えられるみたいだから、毎日薬を飲もう」とだけ伝えた。母は無言だった。

母の場合、「忘れる事が多くなった」、「頭がモヤモヤする」などの自覚や「アルツハイマー型の認知症」がどのようなものなのか多少理解しているものの「なんで自分が、自分だけ、認知症になったのか」と、考えてしまうこともあるようで、だが一方で「自分はまだまだできることがたくさんあるから、他者からのサポートは受けたくない」という思いもある。でも実際は、今はゴミ捨て(生ゴミや燃えるゴミを分別したり、何曜日に何を出すか分からなくなってしまった)ができなくなってしまったり、冷蔵庫の中の整理も難しくなっている。加えて、もともと怒りやすいタイプではあったが、輪をかけて攻撃的になったり、かと思えば機嫌が良くなったりと、気分や感情の波もありすぎるため、そんな母と一緒に暮らす父も、自身の視力のこともあるのにストレスを多く抱えていそうでならない。

私としては、父も母も一刻も早く要介護認定の申請をして、介護保険サービスを受けながら家で生活ができればいいなあと思っているが、特に母が拒んでいるためどうにもできず、焦りが募る。だが、役所に相談したり、申請の方法を調べたり、できることは今から準備をしていきたいと思う。

私は母親との折り合いが悪く、今は「毒親」という言葉もあるが、本当に母親が大嫌いだった。だが今、認知症になった母と関わると「大嫌い」という感情も湧かず、好き嫌いを越えて、目の前にいる母の状態、何度も同じ話をする、突然怒鳴る、可愛らしく笑う、といった「そのまんまの母」をただただ受け入れている感覚がする。普段は一緒に生活をせず、離れて住んでいるからこそ客観的になれているのかな、とも感じるが、ただ、人生の中で、母との関係は、今が一番おだやかかもしれない。




この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?