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西尾維新&岩崎優次『暗号学園のいろは 2』雑感

「あなたと言葉(けん)を交わそう夕方さん
 いろはのいだよ リポグラム!」
「弱ったな 弱い者いじめは嫌いなのに
 遺憾の意だよ いろは坂くん」

(第十号『昨日の戦争は今日も戦争』より)




第八号『踊る戦争に見る戦争』


 物語の舞台は、来る世界大戦に備え新設された、暗号解読に長けた少女達を養成する高等学校──その名も暗号学園
 謎に満ちたM組の少女・洞ヶ峠凍の意に沿う形で、クラス(A組)の学級兵長の座を目指すいろは坂いろはは、東洲斎享楽絣縁沙とのチームいろは坂を結成し──更に朧そぼろ海燕寸暇との共闘により兵長選抜第一試験『頭脳破壊の四重奏(カステット・カルテット)』を突破する。
 そんないろはに対し、海燕を介して凍から伝言が届く。曰く、「実際の戦争を停めさせてやるから、ここに来て」──その行方は?

 というわけで単行本第2巻の各話感想。
 凍が直接登場するのは第四話以来、いろはとの対面は第三話以来となる。
 彼女はこの第2巻の表紙を飾り、登場人物紹介でもいろはと同等レベルにピックアップされている物語の主要人物ではあるのだけど、その立ち位置的に、いろはのクラスメイト達のようにコンスタントに登場(前話の朧さんのように、対立や共闘によって親睦を深めたりなど)することができないのがちょっともどかしいところでもある。
 暗躍型──黒幕タイプ。
 第五話より欄外に設けられた凍博士のワンポイントレッスンは、そんな「メインキャラであるにもかかわらず中々メインを張れない問題」に対する打開策的な役割もあるのだろう。大きな声じゃ言えないがね。

 いろはが凍に会いに行くというシチュエーションと共に、凍が暗号を出題しいろはが解くという流れは第二話と重なり、その上で、眼鏡の補助に頼ることなく素早く解読するところに彼の成長が表れている。

 それから、第三話に連なるいろはのダンス
 今回は暗号解読──ダンス動画に込められた、メッセージの解読──の過程で必要に応じて行われたものであるが、p18〜19の合計12コマの眼福たるや。可愛らしくそして妖艶に、様々な踊りを披露する彼の姿に、目の保養とはこういうことを指すのだなと。

 久々にいろはと凍の2人のターンだったけれど、
一見、裏を抱えた凍が無知で素直ないろはを誘導しているようで、奇しくも凍が見込んだ直観の冴えによって、いろはの方も決して一方的に踊らされているわけではない(ダンスは踊ったが……凍の目論見通り)、という現状のパワーバランス。
 むしろ凍の方がいろはに絆されている節もあり、話の転がりかたが中々一筋縄ではない。

 前巻に引き続き、各話の合間には『裸眼!享楽教室』が収録されている。
 ……「今の若い子には」って、あなたも高校一年生でしょうに。第一話で同い年の凍を小娘呼ばわりしていた件と言い、老成し過ぎている。


第九号『戦争は遠くにありて思うもの』


 凍曰く、とある大国の内戦に関わっているという、ひとりの踊り手が世界中のダンスを繰り広げる一本の動画
 そのメッセージの解読に着手したいろはは、とある直観に辿り着く。
「この子、世界に助けを求めてる──」
 その一方で、いろはと凍の接触を察知した東洲斎享楽。彼女の指示を受け、東洲斎派のひとり・夕方多夕が動き出し……?

 第三話以来の『解凍編(アイシーコールドリーディング)』発動──朧さんのを含めると第六、七話以来か。
 直観で辿り着いた真実を証明すべく、逆算するように解読する。

 その過程において、前話でいろはが行ったダンスの動作が重要なヒントとなる──小説とは異なり暗号をビジュアル化でき、かつ映像媒体とも異なり受け手が自分のペースで立ち止まり思考しながら読み進めることができるという点において、本作は漫画だからこその強みを存分に生かしている、漫画であることが最適な作品になっているんじゃないかなと思う。
 ……仮に『めだかボックス』のように原作者自身が書き下ろしたノベライズ版が発売されるのなら、その作風からして活字ならではの暗号が登場することは想像に難くないが、少なくとも、本作のアニメ化となると相当に困難を極めるというのもまた想像に難くない。それこそ難易度★★★★★を要しそうである。
(いずれにせよ、ノベライズやアニメの話題が現実的になる程度には、本作には続いてほしいものだ。単行本派だったけど今は本誌でアンケ入れてます)

 いろはが眼鏡兵器を用いることを選んだ際に凍に述べた台詞「ボクは人助けを、楽しくやろうとは思わない」は、非常に目の覚めるような言葉である。前話で東洲斎さんが発した「戦争にも反則負けがあったらいいのにね」と言い、ときどきハッとさせられるような言葉を本作はぶち込んでくる。

 前話ではとにかくかわいさに溢れていたいろはだったが、本気の人助けということで、本話では凛々しい表情が目立った。第一話から読み返して強く思うところだけど、彼の多種多彩な表情も、本作の大きな魅力である。


第十号『昨日の戦争は今日も戦争』


 いろはは踊り手がダンスに込めたメッセージの解読に成功するも、眼鏡兵器を酷使した副作用でダウンし、意識を失ってしまう。
 目覚めた場所は保健室──そこにいたのは夕方多夕
 東洲斎享楽によって刺客として送り込まれた彼女は、いろはに視力を使わない暗号バトル『失言半減質疑応答』(★★★★★)を提案し……?

 冒頭は凍と東洲斎さんの一対一の会談。
 第一話から因縁が示されてきた2人だが、作品内ではここで初めての顔合わせとなる。
 いろはの前では述べなかった本音(?)を吐露する凍──胡散臭くて、真意が底知れなくて、それでも、彼の姿勢に感化されたのは本当なんだなと若干こちらをエモーショナルな気分に浸らせた直後に戦争屋としてのとんでもない発言をぶっ込んでくる。
 彼女の凍えるような冷血さと、東洲斎さんのおっかない表情から人情が隠し切れない様が、何とも対照的に映る。改めて第一話でどっちが悪役だったのかわからなくなるな……。

 場面を戻し、いろはと夕方さん。
 第四話で対決の布石が立っていた2人だが(「あと5つくらいレベルが上がったら遊んだげるよ」)、凍も驚くほどのいろはの急成長が功を奏してか、思ったよりも早く対戦することに。
 「功を奏した」というか、これじゃあ「裏目に出た」だけど……。

 失言半減質疑応答
 五十音(正確には46音)を2人でランダムに分け合い、お互いにそれぞれの23音のみを使用して質疑応答を行い──失言した方が負け、といったルール。

 ……なるほど! 原作者お得意のあのリポグラムを早くもここで切ってくるかあ!
 過去に同じ漫画原作の『めだかボックス』で繰り広げられた、五十(45)音の内、自分が一度使用した頭以外の音が二度と使えなくなるという制約のもとしりとりを行い、先に音を全て消費した者が勝ちとなるゲーム『消失しりとり(デリートテールトゥノーズ)』や、
 先に書き上げた短編小説3作品を、五十(46)音の内特定の10音を使わずに、それぞれ4パターンずつ書き直すといった企画の『りぽぐら!』
などを世に披露してきた西尾維新さんの新たなる挑戦になるわけだ。楽しみだなあ!(早口)(熟練の読者面)(そもそも熟練の読者ではない)

 早速お手本として、新旧ジャンプ6作品のあらすじを23文字縛りで述べるという離れ業をやってのける夕方さん。あなたは言葉(スタイル)使いですか。
(ところで、その世代の代表作というのは前提として、新旧ジャンプのうち新の方で、いろはが挙げた2作品がいずれも「鬼」にまつわる物語であることには、何か意味があるのだろうか。『約束のネバーランド』の作画を務めていた出水ぽすか氏は、その後『魔老紳士ビーティー』において西尾維新さんと一度タッグを組んでいるけれど、それは多分無関係)

 夕方多夕さん、ダウナーでありながら研ぎ澄まされた、東洲斎さんの懐刀といった印象で、切れ者感が凄まじい。
(「敬愛する目上の人物がいて、その人に尽くしている」「凄まじく有能だが、自分自身にはさしたる目的も向上心もない」などの点は、『めだかボックス』の阿久根高貴を連想させられる)
 東洲斎派の3人は、それぞれ異なるタイプの「かっこいい女子」だ。


第十一号『泣く子と暗号には勝てぬ』


 いろはは夕方多夕が吹っ掛けてきた暗号バトルに応じる。ただ負けるだけでは済まないトラウマ級の負け方をすると予感しながらも、最小の言葉で助けを求めた、あの踊り手に応答するために。
 しかし、そんな彼に待ち受けていたのは、機先を制した夕方の、想像を絶する猛攻だった。


 冒頭で夕方多夕の自己紹介クロスワードが公開される。
 「名」を重要視しているらしく、ヨコのカギには古今東西の人名がびっしりと並んでいる。
 しかし初手で「好きな『幼馴染』は?」「東洲斎享楽」は強過ぎるでしょ。

『失言半減質疑応答』開戦、そして終戦
 作中で行われた質疑応答の回数は、実に57
 『めだかボックス』の頃から、ひとつのバトルやゲームを長引かせない(長くても3話くらい)のが原作者のスタイルではあったのだけど、これほどまでに膨大な手間と労力を込めたネタを、ほんの一瞬のために解き放つ様は圧巻としか言いようがない。
 夕方さんの凄まじい口撃がいろはを追い詰める様が視覚的にひしひしと伝わる2連見開きの画もまた圧巻。

 いろは坂いろは初の敗北・挫折回
 東洲斎さんの嗜めに乗っかるまでもなく、そこまでやるかってレベルのズタボロ具合だったけど、主人公の肉体もしくは精神がボコボコにされるのは西尾維新作品の恒例行事だ。況んや少年漫画をや。
(めだかちゃんも何度も血まみれになっていたなあ……)

 徐さんとの暗号バトルで敗北を認めなかった──引き分けとして辛うじてやり過ごしたいろはに、有無を言わせぬほどの圧倒的実力差を見せつけることで完全に白黒をつけるという点に関しては、先述した『消失しりとり』における黒神-桃園戦の反転バージョンとも言えるだろうか。

 ……にしても、ただ打ちのめすだけに留まらず、最後の最後に意趣返しで最大限の屈辱を与えるのは容赦がなさ過ぎてやべえよ。
 一読者としては、初見のルールかつ相手の得意分野であろう対決でここまで耐え続け、50問以上を答え抜いたいろはを褒め称えたい気持ちが強いけれど、これまでにない程に涙を流しながら、なお再起を心に誓う彼の姿は、個人的に本作で一番グッときたシーンでもある。

 それから、本話において忘れてはならないのは、夕方さんの質問によって引き出されたいろはのパーソナリティの掘り下げ、バックボーンの開示だ。

「父親属(しょ)す職を吐露しろ」「愉快なる絵描き」
「死に瀕した診断頻度を吐露しろ」「ぽきぽきいっぱい」
「普段より不断に頼れし隣人を吐露しろ」「今は亡き者」
「貯蓄を吐露しろ」「果敢ない枚貨」
「プロに如(し)く特色を所持す?」「ボム火器扱い」
「たびたび死に触れた?」「九回」
「児時頃に心をぶたれた?」「ある」
「隠言(おんごん)訓練所に腰を降ろした由を吐露しろ」「パパが行けって」
「軍力や軍団を不否(ふひ)とす由を吐露しろ」「その中で関わるゆえ」

 この辺りは特に重々しい……暗号学園に入学した理由については、第一話で凍に「学費がなかったし…入学試験もなかったし…他に行くところもなかったから…かな…」と意味ありげな答えを返していたけれど。

 いろはが最後の最後に夕方さんに行った質問もそうだけど、戦争というテーマが物語に絡むことによって、作品全体に薄暗い奥行きがじわじわと広がってゆく。
 彼らが暮らす学園の外には、一体どのような世界が広がっているのか。

 こちらは余談だけど、
 本話でいろはの誕生日が11月21日と判明したわけだけど、これは本作の第一話が掲載された週刊少年ジャンプの発売日である。
 めだかちゃんの誕生日である10月2日(こちらの情報が初めて開示されたのは小説版だろうか?)は、単行本第1巻の発売日だった。
 この辺りの遊び心も見逃せない。


第十二号『堪忍は無事長久の基、怒りは暗号と思え』


 学園唯一の貴族階級の肩書を持つクラスメイトの濃姫家雪(のうひめ いえすの)に対し、これまでにないレベルの怒りをぶつけるいろは。
 その理由は、彼が夕方多夕から聞き出したエピソードにおける、濃姫がかつて東洲斎享楽に課した、とある“罰ゲーム”にあった──

 東洲斎享楽が“ケツ”にこだわる理由が、今明かされる!(没あらすじ)

 前話でを流したいろはが、本話では激怒を見せる。
 「その人を知りたければ、その人が何に対して怒りを感じるかを知れ」とは某ハンター漫画の某フリークスさんの教わりではあるけれど、こうした挙動によって、いろは坂いろはとはどういう人物なのかというのがますます顕になっていく感じだ。

 いろはの東洲斎さんに対する評「打ち解けてみたら意外といい人」
 凍に対しては「半信半疑」(前話参照)だったのに……、いつのまにか2人への信頼度が逆転しておる。
(加えて前話では、学級兵長に最も向いていると思う人物は誰かといった問いに対しても、東洲斎さんだと彼は答えていた。兵長選抜第一試験で彼女が見せたリーダーシップを思えばこれも納得である)

 そんな東洲斎さんのために──彼女が味わった尊厳破壊のために、いろはが濃姫さんに立ち向かうわけだけど、そんな彼の前に濃姫さんの一派が立ちはだかる。

 濃姫騎士団・母倉乱数籤(ははくら らんすろっと)
 濃姫家御用聞き・膾商(なます あきな)
 濃姫家食客・羊狼川食穂(ようろうかわ しょくほ)

 東洲斎さんと同じように、濃姫さんも複数名のクラスメイトを身内に抱えていた。
 いろは窮地! ……かと思いきや、朧そぼろ海燕寸暇絣縁沙──彼が兵長試験の過程で関係を築いた3人が後方より現れる。
 第一話のような多対一には、もうならない。
(しかしこの一連の様子を女子校的と称する要塞村鹵獲さんよ)

 朧さんと海燕さんの加勢は、昨日の敵は今日の友を地で行く展開で、彼女達の不敵な佇まいも相まって頼もしさが凄まじい。朧さんは直後に笑いのツボが浅いというチャームポイントが判明しちゃったけれどね。
 絣さんの厚い友情も魅力的だ。……いつの間にかいろはとあだ名で呼び合う関係になっておる。
(さらには、巻末にこの2人の触れ合いを描いた4コマ漫画『縁ちゃんといろいろ!』が収録されている。とてもかわいらしいので次巻以降も続いて欲しいな……)

 いろは初の激怒に始まり、いろは初の暗号制作に終わる本話、様々なクラスメイトが顔を出す賑やかさもあって、個人的に好きな回のひとつである。

 ……それにしても、濃姫さんの「おしりのり」は恐るべきパワーワードだ。


第十三号『笑中に解答あり』


 濃姫家雪に暗号バトルを申し込んだいろはは、これまでとは異なり、初めて出題者側に回ることに。
 紆余曲折を経て完成したのは楽譜にまつわる暗号。彼が“音”を勝負の題材に選んだ理由は、濃姫のとある秘密が関わっていて……?

 vs濃姫さん、着。
 濃姫さんの自己紹介クロスワードを経て、冒頭から間を置かず明かされる彼女の重大情報。
 彼女が直視したという、眩しい暗号って何だろう。『悲鳴伝』の怪人を連想するけれども。

「…ボクは、踏み躙られたからと言って、踏み外そうとは思わない」
どんな音色よりも芯に響く、いろは坂いろはの揺るぎないスタンス。
 これには濃姫さんも思わず笑みを浮かべ……って、笑みが凶悪!(しかし一切悪意のない純粋な感情表現であるのは伝わる……なぜか伝わる)

 しかし、彼の信念も実力差は覆すには至らず、濃姫さんがあっさり勝利……かと思いきや、事件の張本人である東洲斎さんが突如現れ、2人のバトルを中断させる。
 そのときの見開き画の格好良さよ。
 登場するだけで全てを持っていく、圧倒的な存在感が、作画の圧倒的説得力をもって示されるのがたまらない。

 いろはと東洲斎さんの関係が結び直されると共に、明かされる東洲斎さんと濃姫さんの現在の関係と、過去の事件の真相。
 ……幼少期の他愛もない罰ゲームを今に至るまで守り続けていることと言い、夕方さんを幼少期のあだ名で呼び続ける(“たゆたん”──前々話で本人から嗜められた)ことと言い、袂を分かった凍との復縁を純粋に望んでいたことと言い、この悪役令嬢、どれだけ過去に対して義理堅いんだ……。
 過去に囚われている、と表現するのはこの場合適切かどうかわからないけれど。

 まあ、そんな彼女の駆け付けもあって、2人の対立・対は平和的に解したのだった(濃姫さんに本格的に目を付けられた、いろはの明日が気掛かりだが……)。
 ……“平和”的、に。
 その平和が束の間であると言わんばかりに、兵長選抜第二試験として、『暗号学園殺人事件』なるタイトルが告げられて、次話に続くのだが。

(ところで、直前の『裸眼!享楽教室』のきょらりん……東洲斎さんの台詞が「さあ! これであなたもノンストレス!」なのは、濃姫さんのかつてのあだ名「のんのん」に掛かっているのだろうか?)


第十四号『へぼ将棋王より飛車を暗号化』


 第二回・学級兵長選抜試験が開始される。
 最初の暗号『馬鹿詰み地雷原』(★★★☆☆)を苦労しながらもなんとか解き終えたいろはは、小芝井躾(こしばい しつけ)雁音嚇音(かりがね かくね)目々蓮馬酔木(もくもくれん あしび)真蟲犇蝌蚪(まむしひしめき おたまじゃくし)が所属するD班にて、兵棋演習(マダミス)『暗号学園殺人事件』(★★★★★)に挑むことに。
 これまでと異なり、勝者は各班につき一人のみ。この勝負の行方は……?

マダミスことマーダーミステリーとは

中国で大ブームになっている「Murder Mystery(マーダーミステリー)」というジャンルのゲームです。殺人などの事件が起きたシナリオが用意され、参加者は物語の登場人物となって犯人を探し出す(犯人役の人は逃げ切る)事を目的として会話をしながらゲームを進めます。

それぞれの役柄のバックボーンや事件当日の行動などがシナリオとして用意されており、まさに自分自身が推理小説の世界に入ったような体験ができます。各シナリオは一度体験するとすべての謎が解けてしまうので一生に一度しかプレイできないことも特徴です。

https://rabbithole.jp

とのこと。
(私は↓で初めてマダミスというワードを知った)


 本作で行われるゲームの内容としては、
暗号学園に潜入したスパイを見つけ出す使命を持って入学するも、志半ばで殺害された勿忘草和音(わすれなぐさ わをん)なる架空の人物をめぐる筋書きの中で、ゲームを遊ぶ各生徒が和音のクラスメイト(=実在するA組の生徒)を演じながら、それぞれが抱える目的を果たすべく、他の生徒達と討論していく……といった感じ。

 クラスメイトを演じるにあたって、ゲームの制作者である洞ヶ峠凍が用意したカードを使用するのだけど、そのカードにはキャラクター設定だったりそのキャラごとの勝利条件と敗北条件だったり固有スキルだったりが細かく描かれている。それがあまりにも魅力的過ぎて、全キャラ分公表、何なら商品化してくださいという気持ちだ。

 作中で全容を拝めるのはいろはが演じることになった朧そぼろさんのカードのみ。彼女本人は重いバックボーンを背負っている風のミステリアスな少女なのだが、これ……仮に本人が目にしたら、逆鱗に触れたりしない……? ミステリアスをいいことに自由にキャラ付けしちゃう凍、あまりにも怖いもの知らずである。
(もっとも、2人には接点があるので、凍はある程度朧さんの秘密を知っているのかもしれないが)

 更には、別グループの東洲斎さんが手に取ったいろはのカード(当たり前のように彼を選んでいる!)も上半分だけ明かされている。親しい間柄である彼には果たしてどういうキャラ設定を……こっちはもっとやりたい放題だった
(こういう役目を負う人物もゲームに必要であるとは言え……そりゃ「なかばの仲間」になるよ)
「好きな食べ物:麺類」「地雷:尊厳破壊」「憧れの先輩」の存在など、普通に事実が含まれているのがこれまた質が悪い。何気に「所有モルグ:1億」も前話と繋がってやがる。
 「狡獪情報」こと固有スキルも気になるところだ(東洲斎さんは扱わないだろうけど、敗北を無理矢理引き分けに持ちこむ強スキルを所持してそう)。

 先にマダミスの方に触れることになったけれど、前半の『馬鹿詰み地雷原』パートも、縁ちゃんの速さへのプライド(そして友情──これが尊いってやつか)、解凍編・常温によるとてもあざやかな推理の切り返し、いろはの「おしりのり」爆速回収(縁ちゃんもびっくりの速度! 解読は遅かったけど)、あまりにもスタイリッシュな対戦相手選択コマンド風の見開き画(画力エグっ!)、班決めにおける東洲斎派と濃姫派の冷戦跡などなど、見所がたくさんで大変面白かった。


第十五号『桂の暗号歩の解読』


 第三回・学級兵長選抜試験──『暗号学園殺人事件』が幕を開ける。
 勿忘草和音が殺害された一件の重要参考人にして、学園に忍び込んだスパイである朧そぼろ役を演じるいろは。それぞれに配られたダイイングメッセージの暗号カードを交渉材料に臨む彼だったが、捜査主任の夕方多夕(役の小芝井躾)被害者友人の牡丹山春霧(役の雁音嚇音)情報通の沼田場愁嘆(役の目々蓮馬酔木)第一発見者の羊狼川食穂(役の真蟲犇蝌蚪)が繰り広げる、熾烈な情報戦に圧倒され……?

 まずは何と言っても冒頭の掴みである。お決まりの決め台詞を発していろはに成り切る東洲斎さんのインパクトが抜群過ぎる。
 顔に似合わず、ノリノリだ。
(彼女を見て吹き出す朧さんも見逃せない)

 それから、いろはが対戦する4人のクラスメイトの自己紹介クロスワードと、各々が所有する眼鏡兵器の詳細がここで公開。
 原作者ならではの多重ミーニングが込められた各兵器の名称に、バリエーションに富んだ設定(冨み過ぎるあまり「眼鏡」を逸脱している……!?)は、異能バトル漫画で摂取できる類のワクワク感がある。

 そして本編だが……                              

……………………………………………………………………

…………………………………………「難(ムズ)ッ⋯」

 これぞ天才たちの暗号頭脳戦……!
 元々高度な暗号を解読していく作品ではあるのだが、異なる人物を演じる4人の討論、その驚異的な情報の洪水にはひたすら圧倒されるばかりだ。情報を一つずつ読解しようとすると頭がパンクする他にない……これこそが『頭脳破壊の四重奏』では?
(一応言っておくと、把握することすら難しいレベルなのはp158〜159の見開きだけであり、その後にいろはが順を追って推理していくところ自体は難なく読み進められる。あくまで読者として推理しろと言われると挫折するってだけで──つまり、私のような雑兵にとっては割と平常通りだな!)

 問題の見開きに関して言えば、個人的には非常に画的な魅力を感じるページでもあるのだ。
 吹き出しを駆使した漫画演出。
 弾み、跳び交う言葉の跳弾。
 『失言半減質疑応答』の二連見開きしかり、西尾維新原作漫画言葉を画として魅せる表現にはとんでもなく惹かれるものがある。
(かの有名な、『めだかボックス』の江迎ちゃんの長台詞や安心院さんのスキル600連発についても言えることだけど、あれらは漫画で行うからこそあそこまでの衝撃を視覚的に演出できる──仮に小説で同じことをやったところで漫画ほどのインパクトは得られない──という意味において、個人的には立派な漫画表現であると思っている)

 そんな原作に応える岩崎優次さんの作画能力の高さに関しては、もうここまで来ると一切疑う余地がないのだが、それにしても、話を重ねるごとに(東洲斎さんではないが)尻上がり的に飛躍しているように感じられるのは気のせいではないはず。ギアチェンジとはこのことか。


第十六号『王手飛車解き』


 情報の洪水をあざやかに整理し、犯人(役)を導き出した朧(いろは)。
 果たして4人との議論を巧みに誘導し、己の勝利条件(「殺人犯にスパイ罪をなすりつける」「死人を出さない」)を手繰り寄せることはできるのか。
 そして他のグループから勝ち上がってくるのは……?


 冒頭で飛び出すのは東洲斎さんを演じる夕方さんによる第一話パロ
 敬愛する幼馴染の役を務めながら、いろはを演じている当人の補佐に回る彼女の心境は如何に。
 そして朧さんがまた必死に笑いを堪えている……彼女のこのムーブ、この巻だけで既に3回目である。
 前話ではいろはの脳内に出現して彼に突っ込みを入れたりもしていたし、この子、シリアスなキャラから面白キャラにジョブチェンジしていやがる……!

 まあその分、本編においていろはが実にかっこいい朧さんを演じてくれたので、彼女もよしとしてくれるに違いない(「知らんがな」)。
 いろは演じる朧そぼろの、推理を披露し、場を納得させ、固有スキルも駆使して荒ぶる殺人犯を追い詰めていく様は、さながら名探偵のようだ──もちろん彼女は名探偵ではなくスパイなので、その推理には偽りも含まれているのだが。

 感想としては、極めてスマートかつスムーズで、読み応えのある解決編だった。本作のテンポの良さがとても心地よく機能したというか。
(その分、多くの細かい設定や補足をワンポイントレッスンに任せる形になり、凍が小声どころか大声で解説することになってしまったことに関しては甘んじて受け入れよう)

 ここで、いろはと争った各キャラクター達についても述べておきたい。
 まずは小芝井躾さん。
 彼女の自己紹介クロスワード④「言われたい『性格』は?」「いい加減な子」にはとても惹かれるものがある。
 様々な実力者が集う1年A組においても、小芝井さんが漂わせる底知れなさは屈指のものであるように思う。
 夕方さんを本人に限りなく近い空気感で再現していろはを恐怖させた彼女だけど(苗字の読みからして、西尾作品あるあるのコピー能力者系の資質を持っているのだろうか)、ひょっとすれば素の実力でも彼女に拮抗し得るんじゃないかとすら思わせられるほどには。
 第二話でいろはに語った入学動機は「なーんか楽しそうじゃん? 私の理由は常にそれ!」。その言葉に違うことなく、(まー楽しかったからいっか!)と、彼女は満足したように兵長試験を戦い切ったのだった。

 次に雁音嚇音さん。
 第二話で語られた入学動機は「暗号を解くのが好きだから」。かなりの推理小説マニアであり、いろはに軽く聞かれただけでトークに熱が入り自分の世界に浸ったり、推理フェイズで牡丹山春霧を演じている最中にも、真相が判明した高揚感から演技を忘れて素で解説をし始める様が非常に可愛らしい
普段の姿もチャーミングだけれど、牡丹山さんに成り切ったツインテールの姿もとびきりキュートで、かと思えば前々話でいろはに宣戦布告を受けた際のキリッとした表情も強キャラ感バチバチで最高である。実際、彼女が所有する眼鏡兵器『機械駆使(メカクシ)』(←このネーミングが素敵)は、驚くべきことに使用者の解読能力を低減させるという完全なるデバフ性能であり、にもかかわらず『席替えテトロミノ』では中位、『馬鹿詰み地雷原』では恐らく上位の早さで解読を終えていることから、彼女が相当な実力者であることが窺い知れる。
 彼女の自己紹介クロスワードは、①「好きな『行動』は?」「自然界の観測」が示すように、そのほとんどが自然界のワードで埋められているのだが、唯一その括りから外れた⑦「思い出の『文房具』は?」「練り消し」が異彩を放っている。そこに彼女の重要なエピソードが隠れているのかもしれない。嚇音だけに(拙)。
 マダミス決着時には洞ヶ峠凍との接点を窺わせる独白をしており、推察するに彼女もまたいろはと同じようなことを凍に言われて(そそのかされて?)、学級兵長を志したのだろうか。
 大きな声では言えないが、個人的に密かなお気に入りキャラでもあるので、再び彼女にスポットが当たるときを心待ちにしている。

 その次は目々蓮馬酔木さん。
 彼女については、第二話でいろはに入学動機を聞かれたときに、あどけない(無)表情で「【コンプライアンス違反】」と答える様が非常に不気味に感じられて、何か深い闇を抱えていたりするんだろうなと思っていた。
 その印象を大きく変えられたのが前話である。
 いろはの(図々しい)取引を図々しい取引で返答し、何より彼から受け取った★5の暗号カードを見るや、ポーカーフェイスと思われたその表情から焦りが露骨にあらわれたのを見て、私の中の「やばそうな子」というイメージが一気に「面白い子」へと移り変わった。
(似たような感じで印象が変化したキャラ、他にもいるが……)
 不気味だと思って申し訳ない(自己紹介クロスワード②から目を逸らしながら)。
 第十二話では徐綿菓子の友人であることが判明している。同話でひとりマイペースにケーキを食べている姿がかわいらしい。それから、第1巻を再読していたときに気付いたことだけど、第七話でいろはが戦略(ゆめ)を語った際に、普段とはかなり異なる真面目な表情を見せている。思うところが大きかったのだろうか。

 最後に真蟲犇蝌蚪さん。
 個人的にネーミングtier最上位に位置する彼女だが、そのおどろおどろしい、混沌とした名前の印象から乖離するような、真っ直ぐで、シンプルに好感を持ちやすい人物像である。
 推理フェイズでは、いろはにも決して劣らぬ熱演っぷりで羊狼川食穂役──●●役を全う。それでいて、決着時に「役を楽しみ過ぎました」と内省する。一体どれだけ真面目なんだ。
 所有する眼鏡兵器と、自己紹介クロスワードを見る限り、に精通しているようである(名前的には雁音さんの方が音要素を感じるが)。
 彼女が第二話で語った憧れの暗号兵の詳細も気になるところ。

 やや長くなったが……終わってみれば、学級兵長の座をかけてガチで争った彼女達ではあるけれど、同時にみんなゲームを楽しんでいたところがいいなあと思う。
 各々の使命も背景も一旦忘れて(私などは、各キャラに愛着が湧くあまり、第二話における凍の「こいつらの大半は嘘つきで、連中は学園の地下深くに眠る500億Mを狙っている」発言なんて自然に気にも留めなくなってしまっていた)、あくまで10代の少年少女が賑やかに、年相応に友達と遊んでいただけであるかのような、和やかで爽やかな結び。

 ……そんな和やかな雰囲気をぶち壊すように、ベールを脱いで現れた新たなる敵・匿名希望(とくめい きぼう)
 まるで、「おどれら平和ボケしとる場合かこのボケが」と釘を刺すがごとく、凶悪に。
 第二巻のラストに登場したクラッシャー的な存在という意味では、どうしても『めだかボックス』の雲仙冥利を連想してしまうけれども──いやでも、関西弁で反則使いという点で言えば鍋島猫美か?(※反則王の名誉のために言っておくと、彼女はそういう反則はしません)
 あの2人の合体版とか、勝てる気がしないぞ。
 そんな絶大なインパクトの幕引きをもって、第三巻へ続く。


(以下ちょっとした余談とお気持ち)

 本話が収録されている2023年16号の週刊少年ジャンプにおいて、『キミと青いヨルの』という一本の読切漫画もまた掲載されたのだが、そちらについて、週刊少年誌で初めてマーダーミステリーを描いた作品として、雑誌内で紹介を受けているのが微妙に納得がいかない。数号前から暗号学園が先にマダミスを始めたじゃん。

集英社によると、「週刊少年漫画誌にマーダーミステリーの漫画作品が掲載されるのは、今回が初めてです」と説明した。

おいおい

 漫画内のキャラクターがマダミスを実演する『暗号学園』と、読者に実際のゲームを遊んでもらうための導入部分として描かれたそちら(「続きはWEBで!」みたいな感じ。実際のゲームの評判は大変良いみたいです)とで別種であることは理解しているけれど、それにしても……うーん、腑に落ちない。
 せめて、ほんの少しだけでも『暗号学園』に言及してくれても良かったのでは、と思ってしまう。
(それともあれか? 匿名希望さんのプレイングが原因か?) 

 しかし実際のところどうなのだろう。マダミスという題材が偶然にも被ってしまったのか。それとも読切に合わせる形で、編集部からの要請を受けて『暗号学園』にマダミス展開が持ち込まれたのか。 
 前者なら完全な事故だが、後者なら流石に本作が不憫過ぎると思う(まあこれ以上妄想であれこれ述べてしまうと、流石に【道徳条例】)。

 ともあれ次巻も楽しみだ。アスタラビスタ。

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