コロッケのお味は 【完全版】
私が時間をかけて作ったコロッケを当たり前の顔して次々と口に放り込んでいくあなたを見ながら「あなたのために作ったんじゃない、そんなにたくさん食べないでよ」と私がいつも心の中で思ってるなんて、あなたは知らない。
「なぁ、来週結婚記念日だよな?」とあなたに聞かれて「うん」とだけ返事をする。
ごめんね、その日は来ないんだけどね、ねぇ、ロシアンルーレットって知ってる?
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あの日、聞こえたのよ。「やっぱりサチに内緒でこんなこと続けるの良くないよ」ってユウコが言ったときのあなたの返事が。「あいつは気づいても何も言ってこないよ」って言ったよね。5年前のあの日、私の親友のユウコの誕生日に。
サプライズでユウコに渡すはずだった薔薇の花束は、家に帰る途中で通る橋の上から投げ捨てた。
私、そんなふうに思われてたんだね。何も言ってこないって、随分甘く見られてたんだ。
だけどそうね、あなたの望み通り私は何も言わなかった。あなたがユウコの香水の香りを纏いながら私を抱いた日も、クリスマスに仕事だと言って帰ってこなかった日も、プレゼントだと私に渡したネックレスがユウコにあげたそれよりも安物だと気づいた日も、どの日も私は何も言わなかった。
ただ毎日あなたのワイシャツや下着を洗い、あなたの部屋を掃除して、あなたのご飯を作り、あなたの夜に尽くして、5年間何も変わらない時間を過ごしてきた。
でもあなたが寝ぼけて「ユウコ」と呼ぶ声を聞くのが、そろそろね、限界。
いつか限界が来るのは分かっていたからあの日から準備をしていたわ。看護師の資格を取ったのもそのため。ナースの白衣を喜んだあなたには悪いけど、そういう理由だった。薬品庫の鍵を扱えるようになるまでと、私の限界が来るまでがうまく合ったのは幸運だった。だって刺し殺すとかはちょっとね、怖いから。
ねぇ、コロッケ、美味しかった?
今日はあなたのために作ったの。
どのコロッケがそうかって私はもちろん分かってた。だけどコロッケがたくさん乗った丸いお皿を運ぶのをあなたに頼んだのは何故かしらね。
涙が流れる目を見開いて、口から血を流し、部屋が振動するほどの断末魔の叫びをあげている私の顔をあなたの脳裏に刻みつける。
命が尽きる最期の瞬間に私は言う。
「ユウコ」
あなたはその名前を呼ぶたびに私を思い出すでしょう。
野やぎさんの企画に参加した冒頭三行の小説の完全バージョンを書きました。楽しかったです。ありがとうございました。
お気持ち嬉しいです。ありがとうございます✨