嘘ついてまで褒める人がいるから
「今日の舞台、どうでした?」
目の前の可愛い推しに言われて、嘘がつけない私は狼狽える。
「えっと……。いつもより長かったね」
「あ、そうなんですよ! ちょっと長いんです!」
ニコニコする推し。
推しとツーショットチェキを撮り、主人と一緒に小劇場を出る。
出て、周りにオタクがいないことを確認して、口を開く。
「え、ありえなくない?」
「なにが」
「今日の舞台。クッソつまらなくない? 何あれ。まじかよって思った」
「つまらないって言うなよ。合わなかっただけだろ」
エンタメを見て「つまらない」は禁句。面白く見る目を持たなきゃいけないのも、客としての使命だと思う。
「わかった。そうだね。じゃあ私には合わなかったって言うけど、それにしたってヤバくない? 波もなければオチもない。伏線回収もなんだかよく分からないし、そこで終わるの? ってところで終わるし。なにあれマジで。役者の人たち、あれで楽しいって思ってんのかな。あんたあれ楽しかった?」
「俺は最初から期待してない。役者の呼び名で、開始3秒でうんざりしてたから」
でたよ。
推しが出てれば舞台の内容はどうでもいい勢。
舞台のための役者ではなく、役者のための舞台になってる。
推しが見れれば満足な客って一定数いる。私の隣にも。
「あんたみたいな奴がいるから役者のレベルが上がらないし、あんなポンコツな脚本で舞台やろうって思っちゃうんだよ」
イライライライラ。
駅までの帰り道。ピリピリしながら歩く。
「金払ってあれはない。まじで時間の無駄だし、あのレベルの舞台ならもう行きたくない。本当に退屈だった。Xに書いてやる」
「書くなよ。好き嫌いはあるだろ。あんたに合わなかっただけなんだから、わざわざ書く必要ない。黙ってろ」
なんとしてでも推しを庇いたい主人。
「じゃあタグ付けはしないで書くわ」
つまらないって言うと役者が悲しむから、私には合わなかったって言う。
あくまで、個人の感想として。
最初から期待してない舞台を適当に見て、
「楽しかったです! 〇〇ちゃん可愛かったなぁ! 内容も良くて、おすすめです!」
そんなポストをしている人もいる。
推しのために。推しを喜ばせるために。
果たしてそれは、優しさなのか?
と、いつも思う。
褒めた方が伸びるんです!
そうかもしれないけど、全然面白くもない舞台を面白かったと嘘ついて。
いつもいつも嘘ついて。
いつか役者さんに気付かれるんじゃないか。
この人は私のために褒めているだけだって。
そこそこメジャーのアーティストさんと話したときに、「エゴサするか」という話になって、その人は「毎日5ちゃんねるを見てる」と言っていた。
Xよりもさらに匿名性の高い掲示板。
そこで、ボロクソ書かれているときもあるそうだ。
でも、間違いなくそれは、ファンの率直な意見。
匿名だからこそ言えてしまう暴言もある。
見れば嫌な気分になるはずなのに、その人は毎日毎日見ているそうです。
そして、もっと良いものを作ってやろうと気合を入れる。
褒めて伸びる人よりも、
逆境に強い人の方が伸びる。
役者さんたちの頑張りを想像できないわけじゃない。
でも、客だって頑張ってるからお金を払って、楽しむために見にいているんだ。
真剣に見ましたよ私は。
推しが出てれば良いとは思わない。きちんと舞台を観てる。
だからはっきり言わせてほしい。
「もう一回見たいと思う?」
「思わない」
じゃあそれが答えじゃないか。
良い舞台ならもう一回観たいと思うもの。
あんな舞台なら、二度と行きたくない。
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