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推しのギタリスト(チャラ)の配信ライブは、アーカイブを必ず主人と見る。

リビングの大画面テレビに推しが映る。

「今回バンドで出る人少なかったからハズレ回なんだけどね、バシャさんって人よかったよ」

ライブが好きなわたしは、ライブだったら楽器が見たいと思う。オケで歌うならアイドルを見たほうが楽しい。
中途半端なシンガーソングライターがオケで歌ったときの失望感。歌だけで勝負するなら半崎美子さんくらい人を感動させられる歌唱力がほしい。

バシャさんまで進める。

「あんたの嫌いな奴見たいな」

「あのデブい女? やだよ、クソつまらんから」

「だから見たいんだよ。またチャラ男と一緒にやってんだろ? そういう方が見たいんだよ、この前全然見なかっただろ」

わたしが大嫌いなシンガーソングライターを見たがる主人。

「えー……仕方ないなー」

仕方なく動画のバーを移動させて、そいつのライブに合わせる。
テレビには、チャラと嫌いなシンガーソングライターが映る。

「チャラ男、顔怖いな。なんだこれ」

「あ、やっぱりそう思う?」

テレビに映るチャラは不機嫌そうで、キレてんのかなと思うくらい、仏頂面でギターを弾いている。

「顔怖いよね、それもあってあんま見たくないんだよね。まぁ、デレデレしててもムカつくから嫌だけど。前までもうちょっとにこやかに弾いてたと思うんだけど、わたしがブチ切れたのバレてるのかなーって。申し訳ないなと思うよ一応」

「あんたみたいなの、同担拒否って言うんだよ」

「同担だったら客同士だから仲間じゃん。でもこの人は演者側でしょ? ムカつくでしょ普通。今だって客見てるよりチャラ見てる時間のほうが長いし、客もライブも舐めすぎでしょ。
1回誰かに本気で嫌われたほうがいいんだよこのタイプは」

「この女は……なんなんだ? シンガーソングライター?」

「分からない。ど素人じゃない?」

「シンガーソングライターだったらもうちょっと歌上手くないとダメだろ」

あー……なるほど。と、思う。
なんの関わりもない主人が、歌を聞き、下手くそだと判断した。

「アコースティックだから盛り上がらないわけじゃないよね、まじで歌もパフォーマンスも下手くそだよね。ロックバンドが演奏中に盛り上がるんだとしたら、良いアコースティックは演奏後が1番盛り上がるでしょ」

「もういいや、飽きた。バシャって人見よう」

主人はアイドル。わたしはロックバンド。
ジャンルは違ってもお互いライブ慣れしている。
ライブとして良いのか悪いのか、意見を交わしているこの時間がとても好き。

バシャさんまで進める。

「この人ねー、パフォーマンスすごいんだよね。KAKADOって小箱じゃん? それでこのパフォーマンスをしてるってとこがすごいの。度胸あるよ。少し尾崎感あるし」

「この前も思ったけど、これバリバリ尾崎意識してるだろ」

「やっぱそうかな? わたしが尾崎好きすぎるからそう思うのかなって思ってたけど。なにが似てるって感じるんだろ」

「歌い方というか、こぶしだろうなぁ。あー、これ、ここ」

「そうそう、ここ。めっちゃ尾崎感」

尾崎豊が大好きなわたしと、尾崎豊世代の主人。
尾崎感のあるアーティストは問答無用で好きになる。

首筋に汗を垂らしながら、吠えるように歌うバシャさん。
後ろでギターを弾く推しも、首を前後に揺らして、足を開いて、体全体で音楽にノリながらギターを弾いている。

「この人のときのチャラ、わりとノリノリで好きなんだよね。他の人のときは結構地蔵で弾いてるから。ベースの人の方がよっぽど良いパフォーマンスしてる」

「ダメだなチャラ男」

「まぁベースの人が目立ってるからバランスとれてて良いとは思うよ。両方動いたらゴチャゴチャするし。でもさ、サポートなんてそっちの都合であって、見てる人間にとってはサポートかそうでないかなんて関係ないからね」

「それはたしかに」

「ライブ作ってる一つのパーツなんだから、それなりにはしてほしいよね。このときのチャラは大丈夫」

ギターを始めるまで、サポートなんて仕事があることも知らなかったわたし。

なんかすっげー愛想のないギタリストがいるなと思ったら、サポートだった。

サポートだと知らなければ、「なんだこいつ。やる気ないな」と思われて、サポートだと知ってれば、「サポートならそんなもんか」と許せる。

でも、その「許し」は、優しさではないと思う。

「なんだこいつ、服脱ぐのか」

ステージにいるバシャさんが上半身裸になっていた。

「あぁ、この人こういうパフォーマンスするの、2回に1回くらい。最初見たとき引いたけどね、一周回ってもう慣れた。わたし男の裸なんて2人しか見たことないからびっくりしちゃって」

「嘘つけ。何人も見てるだろ」

「は? いや、まじで全裸を見たことある男は2人だけだよ。あんたともう1人」

「……」

黙るなよ。


ステージ上では演奏中なのになぜかビールが差し入れられていた。それも、バンドメンバーを含めた全員分。

「なんだ? ビール持ってるぞ」

「このあとのチャラ、めっちゃ性格出てて面白いんだー。みんなビール受け取るんだけど、1人だけギリギリまで演奏してるから。金の鳳凰だからね、真面目、頑固、一拍遅い」

同期された音楽が流れる中、バシャさんからドラムの人へ、ベースの人へ、ビールが渡されていく。

ギターだけが演奏を続ける。
そんな推しのもとにもビールを渡しにいくバシャさん。

弾き続ける推し。
渡そうとするバシャさん。
チラ見して弾き続ける推し。
それでも渡そうとするバシャさん。
受け取ろうとする推し。
でもやっぱりやめて演奏を続ける推し。
グイッと押し付けるように渡すバシャさん。
「いいのかな? ギター弾かなくていいのかな?」と、オドオドしながら演奏を止めて、仕方なく受け取る推し。

爆笑である。

「ね! めっちゃ面白くない? そういうパフォーマンスなんだからさっさと受け取ってウェーイカンパーイすればいいのに、超まじめ!! わたしには絶対ない部分だからさ、もうこういうところが大好き!」

「楽しそうだなあんた」

カンパーイ! が終わって一口飲んだあと、誰よりも早く演奏に戻るクソ真面目な推しのギタリストを見ながら、

人や周りの空気に影響されず、音楽とかギターとか、人ではないものに執着している推しを見るのが、わたしは好きなのだなと思う。

バシャさんの出番が終わった。

「よかったでしょバシャさん。やっぱライブってこれだよね。発表会じゃないんだからさ」

「まぁそうだな。あんたが嫌いな奴とは大違いだな」

「あ、この人はマサさんね」

次のアーティストの準備が整うまで、別のアーティストさんがMCをして繋ぐ。
一度映像を消して音楽を流す配信ライブもある中、こういうMCで飽きさせない工夫があるところも、このフェスを見続けてしまう理由。

「マサってやつは好きなのか?」

「前CDとグッズネットで買って届いたじゃん? 宛名の「堀江圭子【様】」の【様】をニ本線で消してた人だよ」

「あの常識ねぇアホか」

「爆笑したよね、そっち消すんだって。たぶんインディアンだよ。アホだから仕方ない」

「あんたと一緒か」

宛名の「堀江圭子【様】」の【様】をニ本線で消しちゃう人。

凡ミスならいいけど、もし何かを勘違いしているとしたら、今後のために教えてあげた方がいいのだろうかと主人に真剣に相談して、結局なにもしなかったけど、

「そっち!? え、そっちについてる【様】を消しちゃうの!?」と、なかなか笑わせてもらいました。


アーカイブを見ながら、主人と一緒にあーだこーだ批評する。

今回も我が推しは最高にカッコいい。

嫌いな人もいるけど、総合的に見れば楽しくて、結局何回も見てしまう。

楽しいを作り出せる人はすごいなと。
楽しいを作り出せる人に、感謝する。

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