ギター周平
「ギター! 周平!……いや違うな。ギター!! 周平!!」
「なにしてんの?」
「ギター周平の練習」
「は?」
推しのサポートギタリストのソロパートが増えたので、アーティストの人たちはみんな、ギターソロに入る前に「ギター! 周平!」を繰り出す。
「ライブって作り込むものでしょ? 本気で作りにいってるアーティストなら、たぶん家で【ギター周平!】の練習してると思うんだ」
想像するとシュールだ。
「そんな練習しないだろ」
「いや、してるね絶対。特にこのバシャって人はね、絶対やってる。練習してないとこんな感じに盛り上げてソロに入れないよ」
「だからってなんであんたが練習してんの」
バカだな。
「【ギター周平!】の練習を私もしておけば、アーティストが【ギター周平!】の練習をしてきたかどうかが分かるじゃん? 周平って言いにくいのよ。Sから始まるからさ、歯から空気が抜けて力が込められない感じで。しっかり練習しないと聞こえにくくてダサい感じになるの、練習してて気づいたんだけどね。で、今度のライブ行くから、そこで前回のライブと比べて【ギター周平!】がどのくらい進化したか見るの。そういう変化を見つけるの楽しいじゃん」
「変態か」
「アーティストって歌うだけじゃないんだから。パフォーマーなんだから。役者と同じで練習してるでしょ。本気でやってる人なら絶対【ギター周平!】の練習するから。練習した上で、本番のライブでは、いかにも練習なんか全然してなくて自然な流れでやりました感を魅せるんだよ。それを見て、すごいなって思うの」
「この数字は何?」
机の上に置かれたノートを見て、主人が言う。
ノートには、アーティスト名がそれぞれ書かれていて、その横に80とか50とか、数字が書いてある。
「【ギター周平!】の点数」
「は!? そこまでやるの!?」
そこまでやるよ。
「自分がライブを見てどう感じたかが大事だから、記録しておきたいの。次のライブ見たときにこの点数が変わってたら、アーティストが変わったのか、自分が変化したのか、どっちにしろ見方が変わったわけじゃん? 【ギター周平!】だけを切り取ったってその変化が分かるわけじゃん? 面白いじゃんそういうの。あんたには分かんないよ」
「あぁ、分からない」
「プロだったら客に「演技上手いな」なんて思わせないよ。「もともとこういう人なのかな」って思わせる。作り込んで、自然に演じ切れたアーティストが100点ね」
あるアーティストの横に、100と記入する。
あるアーティストが言っていた。
大きなステージでやったって、それで終わりじゃない。通過点に過ぎない。
一回一回のライブを大事に、続けていくしかない。
それは客も同じで、同じ場所で、同じ人で、同じ曲を歌っているのを見ていたら、
いつか飽きる。
じゃあ飽きないように、なにか工夫をと。
自分を飽きさせない工夫。
自分を楽しませる工夫。
自作グッズを作ったり、写真をプリントしてアルバムに貼ったり。
「楽しい」を、アーティスト任せにしない。
「みんな【ギター周平!】って呼ぶからね、見てると楽しいんだ。【ギター周平】っていうブランドみたいで。私も呼びたいな。ギター! 周平!」
ノートのアーティスト名の1番下に、
【堀江圭子】と書き込んだ。
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