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推しの命日



アルバムに貼られた、冷たくなった推しのギタリストを撫でる。

「命日……あれから1年ね」

アルバムにいる推しを前に、手を合わせる。

わたしの推しは1年前に死んだ。
推しの分身のクソホストに殺された。

ここに貼られた推しは、まだ元気で、潔癖で、ひたすら前向きにギタリストの道を歩んでいた頃のもの。

「はぁ……」
ため息が出る。

綺麗だったのよ。すごくすごく綺麗で、汚れ一つなくて、真っ白。
この人、ギター以外のことに興味ないんじゃないかなって心配になるくらい、ギター以外の話なんてしたことなかった。
すごいなって思った。
こんなに綺麗な人がこの世界にいるんだなって。

そう思ってたのに、あいつは現れた。

クソホストはわたしの目の前で、推しのギタリストにナイフを突き立て、ズタズタに切り裂いて殺した。

血だらけになって倒れた推しを、呆然と見ていたわたし。体が硬直したように動かなかった。
推しの周りにできた血溜まりは、時間の経過とともにどんどん広がっていった。
助けた方がいいのか、助けない方がいいのか。あのクソホストは誰なのか。怖くて怖くて、どうしたらよかったんだろうと。
一体どれだけの時間、あそこに立ち尽くしていただろう。

あの日の光景は、今も脳裏に焼きついて離れない。

でも大丈夫。

そっとアルバムの推しに顔を近づける。

そのまま匂いを嗅ぐ。

無臭。

ほら、大丈夫。
血の匂いはしない。クソホストの体液にまみれた匂いもしない。ここにいる推しはいつまでも潔癖で、わたし以外の人は触れることもできない。
写真の中にいる推しは永遠だもの。
ここにいる推しだけが、大好きなわたしの推し。

推しが死んだ後、クソホストは推しのふりをするためにギターを始めた。

偽物の推し。
推しと顔が似ているせいで、まわりはみんな騙されていった。

「ギタリストを続けるためにホストやってるんだ」

そう言いながら。
まるで、「夢を追うために仕方なくやってます」とでも言いたいみたいに。

わたしは騙されない。知ってるよ。

クソホストの本当の目的は、ギタリストで集客した女の子の一部を、ホストクラブに引き摺り込むこと。そこで金を使わせること。

1人、デブな女性アーティストがクソホストに引っかかった。

「あぁ、この子が次のターゲットか」

いかにもホストにひっかかりそうな見た目。
クソホストは本職の力を発揮して、その子を一瞬で撃ち落とした。
まるで、「女なんて俺の魅力ですぐに落ちる」とでも言いたそうに。
クソホストの店に行くのも時間の問題だろう。いや、もう行ってるかもしれない。


クソホストによって殺された推しのギタリスト。

「会いたいな……」

アルバムをめくる。
推しのギタリストばかり貼ってある。

死んだ推しは戻ってこない。
ずーっとずーっと好きだったのに、どうして殺されなきゃいけなかったんだろう。
クソホストは推しのフリをしてギターをやってるけど、どんなにギターが上手くなったって、絶対にわたしの推しにはならない。

クソホストが推しに似てくるたびに、あの殺された日の光景がフラッシュバックして、拒絶反応を引き起こす。

わたしが好きなのは、お前じゃない。

周りの奴らがどんなに騙されていったって、わたしは騙されない。

わたしが大好きだった推しは、もう死んだんだ。

アルバムの中にしか、いないんだ。

何も知らなかった頃に、戻りたい。





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