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サイコパス



「まず、ひよこをミキサーにかけるのよ」

「は?」

男性の前でピヨピヨと鳴く1羽のひよこを鷲掴みにしてミキサーの中に入れる。

「え、ちょっと……なにを……」

「液体にするの」

フタを閉めて、スイッチオン。
グワンと動き出す鋭い刃は、ひよこをものの数秒で赤い液体に変えた。

「うわぁ……」

「そろそろできあがりかな」

スイッチを止めた。
ひよこは見事なまでに綺麗な赤い液体になった。
絶句する男性。

「どうしたの? 青白い顔して」

「可哀想じゃないですか! ひどすぎでしょ、死んじゃったじゃないですか」

「可哀想? 死んだ? なにが? だってこの液体はひよこでしょ?」

「は?」

「さて問題よ」

「え」

「ミキサーにかけた後のひよこは、ミキサーにかける前のひよこから、いったいなにが失われたのでしょうか」

「なにがって……」

「ポールワイスの思考実験よ。重さや物質はなにも変わっていないのに、何かが失われた気がする。さて、なにが失われたのでしょうか?」

「え……命とか……」

「はいブッブー。命とか魂とかは科学では証明できないものよ。ポールワイスはこの思考実験の答えとして、「生物学的組織と生物学的機能が失われた」と答えた。つまり、重さや物質はなにも変わってないけれど、生物として生きていくための機能や組織が破壊されたということ」

「はぁ」

「ポールワイスは科学的な答えを出したけど、この思考実験の面白いところは、非科学的な答えを求めたときに、生命について考えるきっかけになることなのよ」

命? 魂? それってなに?

「ひよこの姿、ひよこの鳴き声、ひよこの未来。それだけじゃないわね、もしこのひよこがブロイラーとしてのひよこなら、得るはずだった鶏肉としての価値、それで発生するお金。卵用鶏なら産むはずだった卵も失われたわね。死ぬってそういうことだと思うのよ。たいしたことじゃない。だから別に死んでもいいのよ」

「なにがいいんですか。なにかを失うとかじゃなくて、単純に殺したら可哀想だって話ですよ」

「私ね、可哀想とか全く思えないの」

「え」

「それどころか、生き物が死んでも悲しむって感情がまるでないの。よく、飼ってる犬が死んで泣いてる人いるじゃない? あれがね、全然理解できないのよ」

目の前の赤い液体を見て思う。これはひよこには変わりない。ひよこの形が赤い液体に変わっただけ。

「生き物が好きでね、犬とか猫とか、鳥とか魚とか、今までいろんな生き物を飼ってきて、いろんな生き物の死を見てきたの。でも、泣いたことなんて一度もなかった。残念だなとは思うけど、全然悲しくない」

「まじで言ってるんですか?」

「ええ。だって、所詮動物でしょ? 人間だったらね、痛みも分かるし、一緒に過ごしてきて生活を支え合っていたりするから、それは悲しいし、泣くと思うの。まだ、身近な人が亡くなった経験はないけどね。でも動物は、死んでも困らない。ミキサーにかけられて、痛みはあるのかもしれないけど、分からないじゃない。分からないものにどうしてみんな共感して、死んでもなにも困らないものが死んでるのに、なんで悲しむのか、私、全然分からないの」

「……」

「飼ってるペットが死んだとき、思うのは「なぜ死んだのか」ってこと。寿命なら安心する。そうでなければ原因を調べる。死んだ理由が分からないと気になっちゃうから。だから、解剖したいの」

「解剖……」

「お腹を引き裂いて、何か悪い物でも食べたのかなって、調べてみたいの。純粋な興味よ。でも、なぜかみんな、私がそんな話をすると絶句するの。ねぇ、どうしてかしら?」

サイコパス。

「あとね、猫を電子レンジにかけてみたい。卵を電子レンジで温めると破裂するじゃない? あんな感じで、猫も破裂するのかなって。バーンって、どのくらい音がするのかなって。もちろんやらないわよ。なんかの罪になるし、電子レンジも壊れちゃうし」

罪になるから。レンジが壊れるから。
だからやらない。
可哀想だからやらないわけじゃない。

「どこか大切な感情が欠落してるなって気づいてるわよ。だから私は大丈夫。でもね、私は動物に対してだけで済んでるけど、これが人に対しても同じだったらって思ったら、自分で自分のことが怖くなる瞬間があるの」

友達を殺して解剖してしまった高校生の事件を思い出す。

「あなたにもない? そういうとき」

「ないです」

「そう。でも、ポールワイスはひよこをミキサーにかけるなんて思考実験を思いついたでしょ。それに、死体を解剖しようと思う人がいなければ、医学は発展しなかった。だからね、ちょっとサイコパス気質な人ほど、チャレンジャーだと思うのよね」

液体になったひよこ。
生物学的組織と生物学的機能が失われたひよこ。

じゃあ、生物学的組織と生物学的機能を復活させることができれば、ひよこは再び動き出すということだ。

ひよこは死んでない。生きている。
生物学的組織と生物学的機能が失われているだけ。

「このひよこはね、生きてると思うの。科学が発展したら元通りにできると思うから、冷凍庫で保存しておくわね」

ひよこを冷凍庫に入れた。

ふと気づく。

それなら、好きな人を殺してミンチにして、冷凍庫に保存しておきたいな。

科学が発展したら、いつでも会えるから。

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