見出し画像

『ぬっぺふほふの体重計』(#2000字のホラー)

「最近の体重計って高性能ですよね」
林さんはそう言って話を切り出した。
趣味で怖い話を収集している僕に、友人が紹介してくれたのが彼女だった。
「体重計ですか?」
僕は聞き返した。
ファミレスで待ち合わせし、自己紹介を済ませた後も彼女は「どこから話せばいいのか」と考え込んでいた。
それで出てきた言葉が体重計だから、僕は少々拍子抜けしてしまった。


「最近の体重計って凄いんですよ。体脂肪率も測れるし、スマホと連動もするんです」
「はぁ」
「何人もユーザーを登録する事もできるんです。ユーザーごとに体重も記録できる。ファミリー向けですね」
林さんは少しだけ笑った。


「大学生の頃、私はかなり太ってたんです。慣れない一人暮らしで不摂生な生活だったんでしょうね。それでダイエット頑張ろうって体重計を買いました」
なるほど、ダイエットは成功したようだ。今の林さんはモデルめいてスタイルがいい。


「そうしたらある日、変なことに気づいたんです。・・・体重計に私以外のユーザーが登録されていたんです。私は一人暮らしでした。体重計を使う人間は私しかいません。ユーザー1が私。でも知らないユーザー2が登録されてたんです。その体重は私の2倍以上ありました」
「それは奇妙な話ですね」
「ええ。しかもユーザー2は私よりも熱心なんです」
「熱心?」
「毎日欠かさず測ってるんです。毎日体重のデータが記録されてる。いつの間にか測られてるんです」
「誰かが忍び込んで体重計を使っていたということですか?」
「私も最初はそう考えました。でも体重を測るためだけに忍び込むなんて変だし、何も盗られたりもしていません。しかもそのユーザー2の体重は毎日ほとんど変わらない。変化がないんです。だからきっと誤作動だろうと思いました」
彼女はアイスティーから机に落ちた汗を撫でる。
落ち着かないそぶりだ。


「しかしある日、ユーザー2の体重が増えていたんです。そしてそのひと月後、さらに半年後も。体重がきっちり2.1kgだけ増えている」
「きっちり2.1kgだけ?」
それは一体何を意味するのだろう。
「そんな時、私の大学の友人が事故に遭い亡くなりました。・・・ひどい、事故で」
彼女の表情が曇る。
「・・・お気の毒に」
「ええ・・・その、そうしたらユーザー2の体重が増えてたんです。また少しだけ」
林さんはアイスティーに口をつけ一気に煽る。先程まで上品にストローを使っていたのに。
「私は気付きました。前に体重が増えていた時も、その前の時も、前日に近所で交通事故があって人が死んでいるんです」
事故のたびに体重が増すということだろうか?


「そしてある夜、私のアパートの目の前で大きな事故がありました。トラックが横転して、3人も亡くなって・・・」
彼女はまたアイスティーを煽った。
既にコップの中身は氷しかないに関わらず。
「家の前で事故だなんて気分が悪いし、その日はさっさと寝てしまおうと思いました。電気を消しても外のパトカーの赤い光が部屋の中に刺してきたのを覚えています」
僕は林さんの手が小さく震えていることに気づいた。

「深夜も回ろうかという頃、私はふと目を覚ましました。パトランプの赤い光はまだ回っている。そんな中、部屋の片隅に何かがいることに気付きました。ピピッ、て体重計の電子音がしたんです。誰かが体重計に乗っていたんです」
今や彼女は全身をぶるぶると震わせていた。
机まで揺らす勢いだ。
「もの凄く太った女が体重計に乗ってたんです。ぶよぶよの肉の塊めいた全裸の女が」
林さんがこちらを見た。
その顔は死人めいて白い。
「肉塊に手足と首だけが生えたような姿が、赤い光の中に見えました。そして・・・女はただ一言『また太っちゃったわ』とだけ言ったんです」
彼女はアイスティーのコップをぎゅうと握りしめた。
割れんばかりの力だった。

「・・・気づいた時には、私はパトカーの中にいました。半狂乱でアパートから飛び出した私を警察官が保護してくれたんです」
彼女は大きく息を吐いた。
林さんの顔色は悪く、ほとんど土みたいな色をしていた。
目は血走り、あらぬどこかに向いている。


「その全裸の女に心当たりは?」
「ありません。アパートに幽霊が出るなんて話もないし、事故物件でもありません。ただ私は次の日には体重計を捨てて、引っ越し先を探し始めてましたよ。あの夜以来、その女は見てません」
「なるほど。興味深い話です」
それにしても林さんの周囲で人が死にすぎではないだろうか?その死にも例の太った女が関係しているのだろうか?


「それが、その・・・信じて貰えないかも知れませんが・・・」
林さんがおずおずと言った。
「それから少し後、気づいたんです。私の体重も少しずつ増えてるって。その、周囲で人が死ぬたびに」
「何ですって?」
「昨日も駅裏で強盗殺人があったでしょう?案の定、少し体重が増えてました」
林さんが充血した真っ赤な瞳で僕を見る。
「だから私、頑張ってるんです、ダイエット。部屋にいたあの女みたいにならないように」
そう言って林さんはニタリと笑った。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?