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『大木と苗木の影』(#2000字のホラー)

「大きな木があったんですよ、近所の墓地に。まさに大木でした。樹齢200年はあったんじゃないかな」

山本さんはそう話を切り出した。
怪談話を収集している僕に、友人が紹介してくれたのが山本さんだった。
変わった話があるということで、喫茶店で待ち合わせたところだ。


「お墓全体を覆うような大木でした。夏の暑い日に墓参りした時は、木陰で休憩したのを覚えてます。しかしその木も5年ほど前に伐られてしまって」
山本さんが悲しそうな顔をした。
「それは残念です」
「ええ、本当に・・・。その木を伐るよう言い出したのは、墓地の隣家の関さんという方でした。あの木から葉や枝が庭に落ちて掃除が大変で、いっそのこと伐ってくれないかと・・・。まぁ、言いたいことは分かるんですが、それからが問題です。関さんが伐採の業者を紹介してくれたのですが、その業者曰く伐採には100万円以上かかるって言うんです」
「高額ですね」
「そんな大金、自治会の経費からは出せません。先方にそう伝えると、なら80万でいいって言うんですよ。それで皆気づいたんです。何かおかしいぞって。・・・どうやら関さんと業者が組んで伐採費をぼったくろうとしてたようです。こうなると、そもそもの落葉が邪魔だって話も怪しいもんです。関さんが早く伐れ伐れと急かすもんだから、自治会も考えました。別の良心的な業者に頼んで、とっとと伐ってしまったんです。常識的な金額でね。こうなると関さんも文句は言えない。金も得られず残念がってたみたいですよ」
「なるほど、自治会もやりますね」
「しかし、それから関さんが奇妙なことを言うようになって・・・」
山本さんの顔が曇る。

「暗いって言うんです」
「暗い、とは?」
「外にいても室内にいても、自分の周囲だけ薄暗いって言うんですよ。まるで自分が何か大きな影の中にいるみたいだって」
「影の中?」
「ええ、関さんはそう言ってました。でも、そんな影は周囲の人には見えません。そうしたら彼と組んでた例の業者も似たようなことを言いだしたんです。デカい何かが自分の後ろにずっといるって・・・。どんなに明るいところにいても、自分の後ろにいるものが影を作るんだって。気が変になりそうだと周囲に漏らしてたそうです」
「それは一体どういう・・・」
「分かりません。ただその数ヶ月後に二人は亡くなりました」

「亡くなった?二人とも?」
それはあまりに奇妙だ。
「ええ。しかもその亡くなり方が変なんです。まず、関さんは路上で亡くなっていました。ぺしゃんこに押し潰されて」
「なぜそんな死に方を」
「白昼の路上で、潰れて死んでいたそうです。何か大きなものの下敷きになったように。しかしそこはただの田んぼ道で、周囲に重いものなんてないんです。警察も首を傾げていましたよ。結局、大きなトラックか何かに轢き潰されたという事になりました。しかしタイヤ痕もないんです」
「・・・業者さんの方は」
「彼はもっと奇妙でした。関さんが亡くなったその日の晩に、自分の部屋でやはりぺしゃんこになって亡くなりました。部屋ですからね。そんな重いもの無いんですよ」
まるで墓地の大木の呪いだな、と僕は思った。しかし、人間が突然潰れるなんて考えにくい。話に尾鰭が付きすぎてやしないだろうか。

「私は、関さん達が墓地の木を伐った事で罰を受けたのだと思います。そう確信しています」
話の真偽を疑う僕の前で、山本さんはキッパリと言った。
「なぜ確信が持てるんです?」
「私にも、影が見えるからです」
なんだって?今、彼は何と言った?

「墓地の木を伐ったのは私なんです。自治会が雇った業者というのは私です。格安価格でやらせて貰いましたよ」
そう言って彼は笑った。自嘲的な、奇妙な笑い。
「それからです。太陽やライトに照らされた時、足元に小さな影が見えるようになりました。細い枝のような影。おそらく苗木です」
「苗木の影?」
「はい。そしてその影は少しずつ成長しているんです。苗木から若木へ。数年かけてゆっくりと。今では私には自分の影が見えません。成長した木の影によって、自分の影がすっぽり隠れてしまっている」
山本さんは背後に目をやる。
そこには何もない。
しかし彼はそこに何かあるのを確信しているようだ。

「おそらく私の背後には、あの墓地の大木がある。それが影を作る。関さん達は背後の木が倒れてきて、その下敷きになって死んだのでしょう。しかし何故か私の背後の木は苗木からの始まりで、倒れるまで猶予があります。なぜ私にだけ猶予があるのかは分かりません。日頃の行いが良かったからかなぁ」
山本さんは声を出して笑った。
何が愉快なのか僕には分からない。

「今でもその影は見えるのですか」
「ええ」
山本さんは笑顔のままだ。
「店の照明に照らされて、今その影はちょうどあなたにさしてますよ」
何も言えないでいる僕に、山本さんは続けた。

「もしよろしければ、また数ヶ月後に会いに来てくれませんか。私の木がその間にどれだけ成長したのか、お話したいんです」

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