寵愛のいる旦那との結婚がようやく終わる。もし、次があるのなら緩やかに、優しい人と恋がしたい。 【創作大賞2024 漫画原作部門】


【あらすじ】
剣士の夢を捨てて愛する人と結婚したが、彼には愛する人がいた。彼と結婚して2年目の記念日。なんと、彼はわたしが妊娠三ヶ月だと、祝いに訪れた義理の両親に伝えた。わたしはそれに待ったを出し、わたし達が白い結婚だという証拠を叩き付けりた。慌てる彼と、わたしの両親から支援を受けていた義理の両親は慌てた。その隙にわたしは屋敷の外へと飛び出した。

わたしは迷惑をかけたくなくて元の家へとば帰らず、隣国ガレーンへと渡った。その国で出会った獣人のナサと恋に落ちる。


第一話
 今宵は結婚ニ周年のお祝い。今宵は結婚ニ周年のお祝い。夕食の席で旦那はわたしが妊娠して三ヶ月目だと、嘘の診断書をだして義親に知らせた。その話にわたしは「待った」をだして子供ができたと喜ぶ義両親に、男性と経験がないことを記した、医師の診断書を見せた。

 食卓のテーブルに置かれた、二つの診断書を見て義両親は声を上げる。

「これは一体、どういう事だ!」
「コール。あなた、どういうこと?」

「いっ、いや、そっちの診断書が間違っているんだ、リイーヤは妊娠している」

「いいえ。わたしは妊娠などしておりませんわ。彼の子を妊娠をしたのは、そこにいるピンクの髪色のメイドです。お義母様これを見てください」

 彼女を診察した医師に書かせた、診断書も見せた。

「な、なんて事を!」

 食堂で義父は旦那の胸ぐらを掴み、義母はメイドに詰め寄る。二人は必死よね、毎月わたしの実家の公爵家から多額の支援をされているのですもの。だからーー伯爵家は領地の管理だけで、公爵家ばりの裕福な暮らしができていた。

 それなのに旦那は平民出のメイドと浮気をして、そのメイドを妊娠させた。この事実をわたしのお父さまが知ったら毎月の援助は即打ち切り、慰謝料として領地も取り上げられて。没落への道しか残らないですわね。

「リイーヤ、頼む。嘘だと言ってくれ」

「嘘も何も。わたしが出した診断書に書いてあることは本当のことですわ。あなた、その診断書をよくご覧になって。そこに王族専用の侍医と、国王陛下の判が署名の横に押されているでしょう? お分かりになったかしら? ……フウッ。わたしは疲れたので、これで失礼します」

「待て、リイーヤ!」

 騒ぎ立てる皆さんを置いて離れに戻り、部屋に鍵をかけ、動かせるものを全て扉の前に置いた。これで入って来れないわね。ようやく旦那との結婚に終わりを迎えられる……扉の向こうで、わたしを呼ぶ義理両親と旦那を無視した。

 今夜、この屋敷を出ていく。明日、結婚記念日の祝いの会食にいらっしゃる、わたしの家族に真実を隠したい彼が、わたしを襲ってくるかもしれない。いま襲われて仕舞えば……一生ここから逃げれなくなってしまうし。早朝、早馬でお父様宛に届く手紙と白い結婚だということの診断書、離縁書が無駄になってしまう。

 初めてを、あなたにあげないわ!
 せいぜい、嘘偽りを言って足掻きなさい。

 寝巻きを脱ぎ捨て、長い髪を結び、乗馬服に着替えた。あの人から送られたメイドのお下がりなんていらない、少しのお金と足となる馬があればいい。

 部屋の入り口は無理に開けようとしてガタガタ音を鳴らす。出て来い、出てきなさいと煩く叫ぶ。わたしはそっと窓から屋敷を抜け出して、馬小屋で彼の馬の縄を解き鞍をかぶせて跨った。

「さあ、行きましょう」

 わたしは馬を走らせ一気に屋敷から駆け出す。屋敷の門を通るとき、わたしに気付いた門番は驚いた表情で声を上げて"奥様!"と呼んだ。

 振り向かない。絶対に追いつけない。わたしは振り向く事なく、真っ直ぐ馬を走らせた。





 しばらく走らせて、見えてきた国と国との境。

 わたしは乗ってきた馬を降りて、通行税を国境を守る警備騎士に払い国境を越えた。……ここまで来れば大丈夫だと、越えた国境先にある故郷リルガルド国をしばらく見つめた。

 お父様、お母様……ごめんなさい。わたしは二度と、リルガルド国には帰りません。だって、この結婚はすべて……わたし一人のわがままから始まったから。

 彼と結婚をする前まで、わたしは名門と言われる騎士家系で育ち。幼頃から剣を握り――国王陛下とリスガルド国の為に、五歳上の兄と同じ騎士団に入り、一生を剣に捧げると決めていた。

 進む道も王都の騎士学園に入学、卒業後に王族直営の騎士団養成所に入団の準備を始めていた。そんな矢先、一週間後に開催される舞踏会に出てくれとお父様に頼まれた。

 開催される舞踏会は国王陛下の愛娘、王女の大切なデビュタントの日だそうだ。陛下は願われた――貴族みんなに娘のデビュタントを祝ってほしいと……その願いを叶える為、国王陛下の近衛騎士として勤めるお父様はわたくしに頭を下げた。

『嫌よ、お父様。舞踏会に出るなんて』
『リイーヤ頼む、私の顔を立ててくれ』

 いくら騎士家系の生まれだからといって、女がてらに剣を握る跳ねっ返り令嬢として。貴族の間にわたしの名だけが一人歩きをしているのを、お父様は知っているのでしょう。

 しかし、お父様は頼むとわたしに何度も頭を下げた。

 国王陛下の近衛騎士――これからの父の仕事の関係もある。そのことを考えると、これ以上はわがままを言えず参加をすることにした。舞踏会なんて十五歳のデビュタント以来だ。


 そして迎えた舞踏会当日。 
 会場では貴族のご子息、ご令嬢達は誰も声を掛けては来ない。わたくしも舞踏会が終わるまで壁の花でも気にすることはなかった。

 国王陛下の賛辞も滞り無く終わったことだし、お父様の顔も立てたからと、従者を呼び屋敷に帰ろうとした。そんなわたくしの側に影が落ちる。

『僕と一緒に踊ってはくれませんか?』

 とつじょ現れた見目麗しい男性にわたくしは困惑した。

『すみません、わたしは帰りますので他の令嬢をお誘いください。皆さん、あなたに声をかけられることをお待ちしておりますわ』

 お断りを入れてその場を離れようとした、わたしの手を掴み、強引に会場の真ん中へと連れ出した。

『なっ、手を離してください!』

 デビュタントのダンスで嫌な思いをしてから、自分の手に触れられるのは苦手だ。『コレが女の手か?』とダンスを踊った後に言われて周りに笑われたからだ。

『離して、女なのに酷い手だって、跳ねっ返りの公爵令嬢だと思っているのでしょう?』
『私は気にしない、君の手は綺麗な女性の手だよ』

『え、』

 彼は手慣れた仕草でわたしの手の甲へキスを落とした。生演奏が奏でられてワルツが始まる。

『さぁ、僕の手を取って』
『えぇ……(なんて、強引な方なの)』

 この剣だこの手を嫌がらないなんて……彼と踊る最中、前で流れる金色の髪に青い瞳、微笑んだ顔に心を射抜かれて、恋を知らないわたしは彼に恋心を抱いた。

 舞踏会から一週間後には彼からデートの申し込み。さらに、一ヶ月後には婚約の申し出があった。彼は伯爵家コール・デトロイト。貴公子と貴族の中で噂される伯爵家の長子だ。

 その申し出に初めは伯爵家だからと、わたしに苦労させたくないと両親は反対をしたが、彼と一緒に説得をして承諾してもらい、半年後に彼の婚約者になった。

 今日はどんなドレスを着ようかしら。

 その婚約にわたしは浮かれて毎日欠かさずしていた訓練もせず。剣も握らずドレス選びと美容に明け暮れた。仕舞いには騎士団養成所の入団も花嫁修行が有るからとお断りした。

 初めての恋に浮かれた……わたしの命よりも大切な剣を捨てても、あなたの側にいたいと願った。彼もわたしだけを見てくれると信じきっていた。

『リイーヤ、綺麗だ』
『コール様』

 会うたびに囁かれる彼の優しい言葉を鵜呑みにして、花嫁修業が終わった三ヶ月後に彼と結婚した。


 そして迎えた初夜――わたしは大人びたナイトドレスに身を包み、彼が訪れるのを心を張り詰め待っていた。数時間後に訪れた彼はわたしにこう言ってきた。

『その格好……期待させて悪かった。私は君を抱くことはない』
『どうして?』
『私には心から愛する、リリィがいるんだ』
『……リリィ?』

 彼には数年前から寵愛するメイドのリリィがいるのだと。彼女は平民でお義理父様から許しがでず結婚が出来ないと告げられた。

 しかし伯爵家では跡取りが必要だ。彼女との関係を続けるには、何も口を出さない形だけの妻が彼には必要だったのだ。あの舞踏会で剣に明け暮れ男性などまったく興味もなく、公爵家で家柄も良いわたくしに彼は目を付けた。

 剣さえ握らせておけば何も言わないと思ったのだろう。彼は悪びれもせずこう言いのけた。

『これで君も周囲から何も言われずに剣が握れる、君も助かっただろう? 君は剣を取り、私は彼女を取る。跡取りだって君の子だと彼女が産む。君も私に遠慮なく好きな人を作ればいい』

『……!』

 言いたいことだけを言い彼は愛しの彼女の所へと戻って行った。寝室にぽつんと取り残された大人びたナイトドレス姿のわたくし……。

 ――あなたは、わたしが剣を捨てると思わないの?

 貴方に恋心を抱いたとは思ってくださらなかったの。それ程まで彼の頭の中はそのメイド一色だったなんて……今更後悔しても遅い、騎士団養成所よりも彼を選んだのはわたくしだ。

 愛も、剣も掴めなかったわたしには何も残っていない。残ったのは馬鹿な女だけ……両親に"彼に愛されているわ"と浮かれていた、あの頃のバカなわたし……恥ずかしくてたまらない。

『うっうう…………うっ……』

 その夜、自分の愚かさに恥じて声を殺して一晩中泣いた。次の日、彼に今日から君の部屋だと離れに追いやられた。この結婚に国王陛下に祝辞をいただき、わたしのわがままで両親の反対を押し切り結婚したゆえ、両親にも言う事ができなかった。

 一年が過ぎた……相変わらずの一人ぼっちの生活。
 わたしは剣を握ることなく、何もすることがなく、離れでメイドが選んだ本を読んでいた。次に手に取った本は、リルガルド国の法律に関する本だった。

 え? リルガルド国は結婚すると離婚は許されない、とされているが。二年間の間に子供ができなかった場合と、どちらがの死亡で離婚ができる事を知った。

『これが、本当なら……』

 あと一年、待てばあの人と離縁できる。

 離縁したあと、迷惑をかけてしまうから公爵家に帰ることはできない、1人で生きていこう。わたしはここを出たあとのことを考えて、屋敷の離れで剣を握り、体を鍛えることにした。――そして、白い結婚まま二年が経ち、準備してた書類を見せつけ、屋敷を出た。

(……ここにいるくらいなら、1人の方がいい)

 それに。わたしからの手紙を受け取ったお父様が、離縁の書類を国へ提出してくれるはず。わたしは馬を走らせ『できたら。剣を握れる職に就きたいわ』『そうなると、冒険者かしら?』と。故郷リルガルドよりも栄えたガーレンの王都へと向かった。


 結婚していた旦那と離縁して、隣国のガレーン国へと来てから半年が経ち、この生活にも慣れたと思う。

 わたしが今、住んでいる国は高い城壁に囲まれた王都ガレーン。若き国王ドラーゴ・ガーレンが納める産業、鉱山、剣と魔法が栄えた大国。ローレンス大陸一、最強騎士団を保有している大国で、有能な冒険者も沢山この国のギルドに在籍している。

 王都の中央の高台には王城が建ち、東南西東に区切られた王都を見下ろしている。このガレーンの王都は北区には亜人種族が住み。高貴な貴族と商人は西区と東区。一般人が住むのは南区がある。

 大昔。北区、獣人地区は奴隷地区とも言われていた。
 数年前に国王がかわり奴隷制度は廃止したが、北区に住む亜人達は国が発行する、永住権、通行証、契約書が必要となる。

 わたしは。ガレーンにくればすぐ冒険者になれると考えていた。だが、この国の冒険者ギルドに登録するためには、この国の永住住民権が必要となり、それを取得するのには最低でも一年以上はガレーンの王都に住まなくてはならない。

 わたしは乗ってきた馬を売り、安い家と、バイト先を北区に見つけた。





 バイト先はミリア亭といい、北区に唯一ある食堂。
 早朝七時から四時まで週七日働く。その七日の中、一日だけ午前中はお休みで、お昼過ぎから四時までが仕事だ。

 わたしはミリア亭の表から裏に周り、裏口の扉を開けた。

「おはようございます、ミリアさん」
「おはよう、リーヤ」

 挨拶を終えてエプロンを付けて厨房に入ると、この店の店主ミリアが聞いてくる。

「リーヤ、今日の気まぐれは何を作るんだい?」

「今日の気まぐれですか? えっと。ケチャップのオムライスとカボチャのスープ、あとはサラダを作ろうと思っています」

「ケチャップのオムライスか、いいね!」

 ミリア亭で働き始めて三ヶ月を過ぎた頃に、店主のミリアが作ってくれたわたしのメニュー。

「【リーヤの気まぐれご飯】」

 調理が上手くなりたいとミリアに相談したわたしに、調理は愛情を込めて丁寧に手順よく作っていけば美味しくなる。"リーヤは手際と包丁の扱いが上手いから、すぐに上手くなるよ"と言ってくれた。

 ミリアはポンと胸を叩き、あとは"この私"を見て経験を積む事だね。店にある材料はどれも使っていいし"足らなかったら領収書きって商店街で材料を買っておいで!"と言ってくれた。

 日替わり定食だけのミリア亭にわたしのメニュー『【リーヤの気まぐれご飯が】』できたのだ。


 ――ここガーレンで、ミリア亭のミリヤさんに出会えてよかった。

 いまから半年前。北区に来てすぐ家を見つけたわたしは、働く所を探していた。中央区の商店街で"北区に住んでいます"と言うだけで、すべて断られてしまった。

『北区? そんなところに住んでいちゃ。獣人臭くて商売あがったりだよ』

『ごめんね、うちじゃ雇えないよ』

 世の中はこんなにも冷たい……疲れはてたわたしの前に『【賄い付き・アルバイト求む】』北区にあるミリア亭という定食屋の窓に貼られていた。わたしは賄い付きにひかれて準備中のミリア亭の扉を開いた。

 カランコロンと、使い古された真鍮製のドアベルが鳴る。

『すみません、表の紙をみました』

 ミリア亭の店内は魔石ランプがいくつも吊り下がり、店の中を照らしていた。店内はカウンター席とソファー席、二十人くらい入れば、満席になりそうなレトロな作りのミリア亭。

『すみません、誰かいませんか?』

 もう一度ことをかけると、奥から白いエプロンを付けた、茶色いショート髪と瞳の優しい印象の女性があらわれた。

『ごめんね、店はまだ開店準備中なの』

『ち、違うんです……わたし、店の前の張り紙を見てきました、ここで雇ってはいただけませんか?』

『表の張り紙? ああ、働きたいのね――やる気はあるなら雇ってもいいけど。今から働ける?』

 ――いまから?

『は、はい、大丈夫です』

『私は店の名前と同じミリア、あんたの名前は?』

『わたしの名前はリ、……リーヤと言います。ミリアさん、よろしくお願いします』

『リーヤか。もうすぐ店が開店するから、よろしくね』

 と、ミリア亭は十一時にオープンした。



 働き始めて気付く、ここは亜人区。
 店に来るお客の殆どは亜人だった。そして、ミリア亭のメニューは日替わり一品だけ。

 わたしの仕事はお冷と、手拭きタオルを運ぶ。
 ミリアさんが作った料理を運び、会計する。

 ――これなら、わたしにも出来るわ。

『ごちそうさま、ミリア』
『あいよ! またおいで』

『あ、ありがとうございました』

 お客はわたしを見て『新しい子?』と聞いてくる。
 わたしが『そうです』と答えると"頑張りな"と言ってくれた。わたしは嬉しくて『はい、ありがとうございます』と返事を返していた。

(北区の人が、優しい人ばかりでよかった)

 ミリアさんは厨房の流し台で洗い物をする、わたしに『あんたは珍しいね』と言った。

『珍しいですか?』

『綺麗な外見してるからさ。ここのお客を見て、逃げ出すかと思っていたよ』

 と、ミリアさんは笑った。

『初めは驚きましたけど……お客さんはみんな優しい方ばかりでした』

『そうだろ? 北区のみんなは優しいんだ。それなのに他の区の連中はあいつらは嫌がる。この王都を……北区の門を守るのに必死に戦っているのにな……昔と同じで、貴族達はまだ亜人達を下に見てるんだよ。私からしたら外見は違うけどみんな同じさぁ』

 そのミリアさんの言葉、わたしにもわかる。
 騎士学園の同級生に獣人の方が何人かいた。彼らは話してみると楽しく、みんな優しかった。――それに、彼らは周りの目を冷たい言葉を気にせず、学園卒業後は自分たちの国の、騎士に乗るために戻っていった。

 カランコロンと最後のお客も帰り、あとは店を閉めて終わりだと思っていた、だけど。ミリアさんは店の時計を見上げ。

『そろそろ、アイツらが来る時間だね』

 それだけ言うと、店の食料保管庫に入っていった。


  時刻は午後二時ちょい前。
 再び、カランコロンとドアベルが鳴り店の扉が開いた。閉店した店に客が来たと、わたしは洗い物の手を止めて、厨房からでた。

(ええ⁉︎)

 ミリア亭に来たのは。黒いロープ姿の長身の男性、草色のシャツとズボンの上にゴツい鎧を身につけた、身長が2メートルくらいある男性二人と、可愛い子供が二人が入ってきた。

 その人達はわたしには気が付かず、前を通り過ぎると。
 ポフ、ポフと図鑑で見たことがあるトラ、ライオン、リザードマン、竜人の姿に戻り、一斉に厨房に向けて声を上げた。

『ミリア飯!』
『ミリア、腹減った!』
『腹ぺこです』
『ミリア、ご飯!』
『ミリア、僕にもご飯!』

 奥の倉庫にいるミリアさんにご飯を催促して、手にしていた武器を店の入り口に置き、彼らは好きなテーブルに座った。私が通っていた学園にいた獣人とは違う、盛りあがった筋肉、リザードマンは長身で鱗状の長い尻尾。竜人の二人は頭に黒いツノと、小さな鱗状の尻尾がついている。

(この人達は誰なの?)

 驚きで、彼らをみつめていた。

『リーヤ、そんな所でボーッとしないで、出来上がった料理を運んで!』

『は、はい!』

 ミリアさんに呼ばれて料理を取りに慌てて厨房に入った、その姿にようやくわたしの存在に気付いた彼らは、

『『はぁ、リーヤって誰だ?』』

 と声を上げた。みんなは厨房に入ったわたしを追っかけて、カウンターに集まりジロジロと見てくる。

『違う匂いがしていると思ったら……また懲りずに人間を雇ったのか?』

 と、眉をひそめたのは、たてがみが綺麗なライオンの獣人。

『シッ、シシ、今度はいつまで続くやら』

 と笑う。1番ガタイのいいトラの獣人。

『とても綺麗な方ですね、私としては長く続くといい』

 と、言う。きりりとした瞳のリザードマン。

『可愛い、おねーちゃん!』
『綺麗な、おねーちゃん!』

 と、可愛い竜人。


『あ、あの今日から? ……今日だけ? 働かせていただいています、リーヤです』

 みんなに頭を下げた途端に、カウンターから質問攻めを受ける。"歳は?""どこ出身?""どこに住んでいるの"まで聞いていた。トラはわたしの見た目からか……お前の外見と姿が育ちが良さそうだな、家出か? と聞かれて違うと反論した。

『いいや、お前はどう見ても家出だろ?』
『わたし、家出なんてしていません!』
『十五歳くらいだろ』
『二十歳で、成人しております!』

 と反論した。そのあとも厨房からカウンター越しに、トラと言い合いをしていた……周りは呆れた顔と笑い顔。

『信じてください。ほんとうに二十歳ですわ!』

『ハハハッ、採用だ! リーヤはコイツらまで怖がらないなんてな、明日から働きに来てくれ』

『いいんですか? 嬉しい、よろしくお願いします』

 ようやく仕事が決まった嬉しさのあまり「これで家の雨漏りが直せるわ」と、余計な言葉が口からポロッと漏れてしまう。

 それにみんなは反応して。

『あぁ? 雨漏りだって?』
『シッシシ、お前んち、雨漏りするのか』
『それはいけませんね。狭いですが私の部屋に来ますか?』

『おい、ロカ。俺達の宿舎にこの子を呼ぶきか?』

『シッ、シッシ、それはやめとけ。人間の騎士団員に見つかると、この前みたいに始末書とこっ酷く怒られるぞ』

『アレは私の妹でした。あちらが勝手に勘違いをして声を上げただけで、私は悪いことなどしておりません!』

『そうだったな』

『ねぇ、ねぇ、リーヤの家は雨漏りするの?』
『雨漏りするの?』

 カウンターから、ピコンと可愛い男の子が覗いた。

『そうなの……この近くに家を買ったのはよかったのだけど……寝室がね、雨漏りしてしまうの』

 見た目はボロいけどタイル張りのキッチン、お風呂とトイレ付き。リビングダイニング、そして寝室にする予定の部屋がこの前の雨で雨漏りすることが分かり、いまはリビングに布団をひいて寝ている。

『おーそれはいけませんね。私のベッドで今日から一緒に寝ましょう』

 ……え、男性の方と同じベッドで、

『む、無理です……わたし、男の方とベッドで寝るなんてできません』

 半年前までは結婚していたけど白い結婚だったから、男性と一緒に寝るとか、その他のことはしたことがなくて焦って頬が熱い。

『照れた姿も、可愛い』
『……うっ』

『はいはい。ロカはリーヤが可愛いからってナンパしないの。みんなもお喋りはそこまでにして、折角の肉が冷めちまうよ! リーヤはみんなに肉を運んで』

『はーい』

 厨房に入ると焼きたての分厚いステーキが並んでいた。ミリアにこれがアサト用、ナサ用、ロカ用、リヤとカヤ用だと言われたのだけど、みんなの名前はまだわからない。

『これがアサトさん? ロカさん?』

 お皿を持って困るわたしを見かねた、トラの彼が指をさして教えてくれた。

『リーヤ、オレがナサで。あっちのテーブルにいるのがアサトとロカ、チビがリヤとカヤだ』

『ありがとう、ナサさん』

 カウンター席はナサ、向かい合わせのテーブルはアサトとロカ。奥の六人掛けのテーブルにはカヤとリヤ、みんなに分厚いステーキを運んだ。

『リーヤも、好きな場所で食べな』
『いいんですか? ありがとうございます』

 わたしまでお肉をもらって、カウンター席にいるナサの隣に座った。

『いただきます……モグ、んんっ、柔らかいわ』

 こんなに美味しいお肉は久しぶり、うきうき食事を始めると彼はカウンターに肘を付き、じっとわたしの食べ方を見てきた。

『あの、ナサさん、なんでしょうか?』

『いや……リーヤは食べ方が綺麗だなって思ってな、こうか? それともこう?』

 ナサはさっきまで、フォーク一本で豪快に食べていたのに、わたしの食べ方に興味にあるのか見様見真似を始めた。それもわたしよりも綺麗な食べ方で、

『ナサさんのフォークとナイフの使い方が、わたしよりも上手いわ』

 言い方が変だったのか、ナサが噴き出す。

『ブッ! オレを"さん"付けなんて呼ぶな、照れ臭いし、むず痒い、ナサだ、ナサって呼んでくれ』

 男性の方を呼び捨てで呼ぶのも初めて。
 一呼吸置いて、彼の名前を呼んだ。

『……ナ、サ、ナサ』
『なんだ? リーヤ』

『よ、呼んでみただけ、それだけ……』
『シッシシ、そうかよ』

 笑ったナサの笑顔が素敵で、名前を呼び捨てにするのは初めてのことで、照れ臭くて“えへへっ"と照れ笑いした。

 その様子に後ろのソファー席から、

『あーナサ! 私を置いてリーヤをナンパですか? ずるいです』

『アホかロカ、お前じゃあるまいし……オレはナンパなんてしてねぇよな』

 ナサがわたしに意見を求めてくる、それに笑って答える。

『さぁ、どうですかね?』

 彼の琥珀色の瞳が開かれて、おもしろそうに笑い。

『おお! シシシ、リーヤも言うね』

 久しぶりの楽しい食事と、お腹の底から笑えた。

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